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今までとこれから

ムードメーカー

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「さぁ寝よう! 今すぐ寝よう!」

 トマスがはしゃぐ。

「あなた、いつも一番遅くまで寝ているじゃない!」

 ドリーのツッコミがさく裂した。

「良いんだよ。『みんないっしょに』だろ?」
そんなツッコミなど、どこ吹く風って感じだ。

 みんなの肩の力がフッと抜けた。

 僕が言ったルール『みんなは一人のために、一人はみんなのために』を、曲解しているようだけど、この場合、概ね間違っていないので、否定はしない。

 それにしても、重苦しい空気が弛緩している。トマスがたった一言添えただけで、だ。

 彼には、その場のムードを一変させる何かがある。思えば、昨夜の食事の支度も、トマスがノリ出した途端、周囲の子たちもイキイキとしだした。作業中は、何とか手を抜こうというズルいところが散見され、その度にゴンズに引っ叩かれていたけど、それだって、周囲の子の笑いを誘うのに一役買っていた。

 困ったやつだけど、憎めないやつ。

 そんな、僕が抱いたトマスの人物像も、当たらずといえども遠からずといったところだろう。

「はぁ~。何か、ドッと疲れたわ」
ドリーが、額に指を当てて頭を振る。

「何! それは大変だ! 寝よう!」
トマスがドリーを寝室に引っ張って行こうとする。

「何か、ヤラシイ…」
ドリーがサッと引く。

「ち、ちげぇし!」
トマスが、顔を真っ赤にして反論する。

 みんなが笑う。

 みんなの纏う悲壮感が溶けていく。

 多分トマスは、そこまで考えて行動していないけど、笑うということには、心を軽くする効果がある。

 人を笑顔にさせるというのは、それだけで1つの才能といえるだろう。

「眠くなくなっちゃった」

 効果絶大。

 むしろ、逆効果?

 そんなことはない。

「良いよ。寝なくて」

「寝ないの!?」

「うん。ただ、今からしばらくは一切の仕事は禁止。ムリに寝る必要はないけど、休息はしよう。モチロン、眠くなれば寝ても良い。自由に過ごそう」

 僕のその言葉を受けて、寝室に行く子。庭に出る子。その場でおしゃべりに興じる子。それぞれ思い思いに過ごした。そうこうする内、張り詰めた糸が切れたかのように、みんなが、コックリコックリ、船を漕ぎだしていった。

 たった一回昼寝したからって、何が変わるかと言われれば、何も変わらない。

 しかし、張り詰めた糸は、切れやすい。

 まだ、切れていない今のうちに、緩めることができたのは、良かった。

 湯気の立つカップがコトリと置かれた。カップからは、カモミールの柔らかな匂いが漂っている。

「ファザーは、寝ないの?」

大人・・だからね。サリーは?」

「だから、年なんてそんなに変わらないじゃない。でも……」

 それきりしばらく、サリーは両手でカップを持って、口を閉ざした。
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