オープンシーズン ~妖精姫は今日も預かりの騎士にいたずらを仕掛ける~

アルカ

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本編

39 ランビュール・バルト・グラーソニス 後編

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 十七歳のランバルトは騎士学校を卒業し、ウッドテイル侯爵、アンソニー・ウィルクラスト・グラーソニスに忠誠を誓う騎士となった。

 兄と話し合い、身を置く場所として数カ所の候補地からバストーヴァを選んだ。理由は王都から一番離れているから。とにかく物理的に離れてしまいたかった。
 バストーヴァ辺境伯と兄の取り決めの細かい内容には興味がない。知っているのは、近い将来隣地を継ぐと決まったことくらい。それで十分。
 ウッドテイル侯爵家の次男ではなく預かりの騎士ランバルトとして、彼はバストーヴァの地に足を踏み入れた。




「さあ食べて! 今日もあなたのために作ってあげたのよ」

 姪の大好きな童話に出てきそうな、腰まである金の髪に緑の瞳をした、バストーヴァの美しい末の姫。けれど少女が掲げているスープの椀からは、緑色の草がわんさとはみ出している。

「いえ、あの」
 身体を反らすランバルトに、少女はふんっと鼻を鳴らす。

「私に毒味をさせようなんて、ほんといい度胸ね。見てなさい……うぐっ、うえぇ…………ほら、だ、大丈夫!」
 何が大丈夫なのだろうか。
 今、思いっきり食べながらえずいていたのに。しかし少女は大きな瞳に涙を溜めながら、緑の雑草(もう雑草でいいと思う)が乗った匙を押しつけてくる。ランバルトは頬を引きつらせながら、口を開いた。


「ぶふっ……まっず! ふはっ」
 勝手に椀の底を掬ってスープを味見した、赤毛にそばかすの若い男が噴いた。
「勝手に飲むな。あと、何がそんなに面白いんだ」
 ランバルトは、隣に座って腹を抱えて笑っている、同期の新人騎士を冷めた目で見下ろす。
 数日前までは他の騎士と同じように、遠巻きにしていたというのに。今日は、少女が三人目の兄に首根っこを掴まれ連れ出された途端寄ってきて。調子のいい男だ。あと行儀が悪い。

「だってさ、これ、どう見たって雑草だろ。飯の度に毎回。姫様も懲りないよなあ。よっぽど気に入られたんだな。それか、すっごく嫌われたか」
「後者だ」
「だよな! あんた、初っぱなからファリファさんの作ってくれた歓迎の菓子断るとか、悪魔みたいな所業だったもん。そりゃ、仕方ないわ」
 そばかすの散った若い騎士は、うんうんと一人頷いている。
「悪魔……」
 この地域の歓迎の菓子には、香草がふんだんに使われていた。
 母の件があって、ランバルトはどうにも薬草や香草の類いが得意ではない。そんな内情を誰かに話す訳にもいかず、無下に断ったことが拙かったらしい。

「でもまあ、毎回完食するのはすげえよ」
 テーブルに頬杖を付きながら、ランバルトの方を見た。
「口を付けて、残すわけにもいかないだろ」
 ランバルトはスープの最後の一口を無理矢理飲み込んだ。
 徹頭徹尾とてつもなく苦かった。
 けれど毎回毎回、十歳の少女に味見までされて残すなんて、騎士のする事じゃない。騎士見習いで身につけた胆力で平静を装い、何とか完食する。いつも食事の度に横に座って、真剣に雑草を口に運ぶランバルトを見つめる少女の姿は、ちょっと微笑ましいから。
 でも男の口ぶりからすると、地元の人間にとっても相当な不味さらしい。
 ――郷土料理じゃなかったのか。もしかしてこれ、人として拒否する領域か?
 気付いたときには遅かった。初回からずっと断るなんて出来ず、ランバルトは雑草スープの餌食になり続けている。

「ふへへっ。俺はエリク。改めて、よろしくな」
「ランバルトだ。よろしく、エリク」

 友人は出来たが、少女は相変わらず採れたて新鮮な雑草を口に突っ込んでくる。
 ランバルトはとんでもない場所にやって来てしまったらしい。



 バストーヴァでの生活は、今まで身を置いていた貴族社会とは何もかもが違っていた。王都の騎士学校とも異なる。立場が違うのだから当然かもしれないが。
 けれど、生まれたときから背負っていた侯爵の次男という肩書きのない生活は、想像よりも多くの驚きと感動に溢れている。
 彼らは言葉を、態度をそのまま真っ直ぐ伝えてくる。親しくなったエリクと時には殴り合いの喧嘩だってしたし、城下町の酒場で恋愛相談に付き合わされて、酔いつぶれたことだってある。初めてのことばかりだった。
 大声をあげて笑っても、失敗をしても、誰も足下を掬おうと、したり顔で近づいてなんてこない。
 自分の意思を真っ直ぐ表して良いなんて。

 ランバルトを否応なく突き落としたのは、レティレナ姫。

 感情を表すことなんて、この数年ずっと忘れていたのに。彼女に引っ張られて、ランバルトは本音を口にすることを思い出した。腹の底から楽しむことを覚えた。
 極彩色で目まぐるしい彼女との毎日で、かつて自分には才能がないのだと諦めていた、欲しいと渇望していた、狂おしいほど求める想いを知ってしまった。


 ・・・・・・・・・・


「良い兄だなんてな。我ながら呆れる」
 ランバルトは午後の東屋で、溜息交じりで低く独りごちた。

 十五歳になったレティレナは、何も知らず疑わず、ランバルトの膝上で安らかな寝息を立てている。いつもの午後。いつもの悪戯という言い訳の時間。彼女はランバルトを人間椅子に読書を始め、そのまま船を漕ぎ始めた。胸に寄りかかる柔らかなレティレナの身体を緩く腕に抱き、その体温の温かさを噛みしめる。彼女の兄達に見つかったなら、八つ裂きにされそうな絵面だ。
 出会ったときと変わらず悪戯を考え、二人きりになり、無防備な姿を晒す。そんな彼女が愛しく、そして幼さがほんの少し憎らしい。

 レティレナに兄気分で接していた筈のランバルトの内には、既に違う感情が芽生えていた。

 自覚するきっかけは、王都に兄家族を訪ねたとき。
 甥のフェンメリーが十八歳になった祝いに、ランバルトも出席した。成人し最高学府に籍を置くようになった甥を、兄は正式に次期侯爵として発表した。立派な青年に成長した甥の姿に、ランバルトも肩の荷が下りた心地がしたものだ。
 しかしその後、兄と二人で酒を酌み交わした書斎での話題に、言葉を失った。

「フェンメリーの妻候補に、バストーヴァの姫はどうだろうか」と。

 フェンメリーならば、人柄も能力も問題ない。
 嫁げば先はウッドテイル侯爵夫人。家格も申し分ない。
 バストーヴァ隣のウッドテイル侯爵領の扱いだって、ランバルトがただ領主に就くより丸く収まる。あそこは百年前、バストーヴァが小国から統合したときに王室が削り取った土地だ。それをウッドテイルが王より報償として譲り受けた。領民の気質はバストーヴァ寄りで、故に管理は未だに辺境伯に依存。宙ぶらりんになり続けている難しい土地。縁戚関係になれば――レティレナが義理の姪になれば――ランバルトが御するのも随分楽になる。
 けれど、兄に頷いて微笑むことなんて出来なかった。

「理屈では、君に最も釣り合った相手なんだ。社交界の地位も権力も、歳だって俺より近い。きっとお似合いだ」
 レティレナが眠っているのをいいことに、彼女の芳しい髪に口づけるように唇で触れて、言い訳のように囁く。

「でも、フェンメリーの横で笑う君に叔父上なんて呼ばれて、笑い返すなんて無理だ」
 これが妹を持つ兄の心地かと浸っていた過去の自分を、しこたま殴りたい。十年経とうと百年経とうと、こんな風にレティレナを膝上に乗せて、彼女のくつろげる場であるのは、ランバルトだけの特権。

「……んぅ…ランバルトなんて……嫌い……」
 はっと固まったランバルトを余所に、レティレナはもぞもぞと目を瞑ったまま位置を変えた。横向きでぴったり胸の中に収まる箇所を見つけると、そのまま身体を預け、難しい顔をしながらうなされている。
 盛大な寝言だ。どうやら夢の中でも悪戯を繰り広げているらしい。
 ランバルトは必死に声を上げて笑うのを堪え、レティレナの眉間に寄った皺を、そっと撫でてのばしてやる。夢の中でも気は済んだのか、今度は安らかな寝息をたてはじめた。

 「俺は貴女が好きですよ」
 きらきらと陽の光を通して輝く金の髪を梳きながら、溜息のように、告白する。規則正しい呼吸はそのまま。

 初めて出会った時からずっと、ランバルトは何一つレティレナに勝てはしない。今更だ。

 条件のいい甥がなんだ。兄と己にとって都合のいい縁戚がどうした。
 そんなものよりも、ずっと大事なものを見つけたというのに。
 浅ましい己を漸く認めて、狩りに乗り出すことを決める。
 兄に正直に話そう。
 決して譲れない、狂おしいほど必要な、愛する人を見つけたのだと。

 レティレナの誕生日オープンシーズンまであと半年。


 ―――――――――――


 次からは時系列が通常(婚約後)に戻ります。
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