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本編
12 幻の怪獣さん出現です①
しおりを挟む二週間後。
私は無事バイトに復帰して、龍弥の活動停止命令も解除されました!
トラ怪獣さんのショッピングモール襲撃事件は、最初の頃こそみんな騒いだけれど、今ではすっかり日常に戻りつつある。そもそも怪獣さんが食糧になる時代ですからね!
駐車場の修復も終わり、今度の休みにはリニューアルオープンセールです。建屋はほとんど被害を受けていないはずなのに、黄色と黒の縞模様に塗り直したそうですよ。壊した張本人にあやかっちゃったんですね……。
ただでは起きない商売人の根性は素晴らしい。そのカラーリングが、ショッピングモールのコンセプトからかけ離れていってるのは、言ってはいけない事なんでしょう。どこかの優勝セールでも連日開きそうな勢いです。
最近は祖父と母もなし崩し的にですが仲直りをしはじめました。祖父はよく夕飯を食べに来るし、母も弟のヒーロー活動を黙認の姿勢です。トラ怪獣さん事件の時の活躍を大プッシュした、地道な小芝居が効いたのかな!? おじいちゃんの家に戻る日も遠くないのかもしれません。
いくらお手伝いに来てくれる人がいても、祖父を独り暮らしさせておくのは母だって心配だったはず。ヒーローと生活力は関係ないですから……。祖父の必殺技が家庭内で役に立つのは、重い物を移動させる時くらいです。
弟の活動停止が解除されてから、まるで弟と入れ替わるように、緋路さんが毎日放課後校門まで野菜を届けてくれて、そのまま家まで送ってくれるようになりました。
家庭菜園に続き、宅配業務も趣味の内ですかね?
学校は予防線の範囲内だからそんなに気を使ってくれなくてもいいのですけれど。
でも緋路さんと帰宅までの間、一緒に居られるのは嬉しいです。希未と陽菜に見つかって、散々からかわれていたりもするけど。
もしかして、野菜を欲しがるがめつい子から、ちょっと親しい近所の子くらいにはランクアップしたのでしょうか。いかん、何故だか表情筋が私の言うことを聞きません。
そしてなんと今日、弟は郊外でキジバト怪獣さんの群れを倒したそうです!
すっかり友人となった石崎先輩から情報が入ったのは、清掃時クラスメイトと焼却炉にゴミ捨てに向かっている時だった。
先輩は、龍弥の観察日記が書けるくらいの勢いで連絡をくれるマメな人。ラジオやテレビ、ネットのニュースでは分からなかった龍弥の活躍の詳細を聞き、その上なんと! その日手に入る食材が事前に分かるという、夕食を作る身としては嬉しい素敵仕様なのです。
学校で女の子達が、憧れの眼差しで先輩を見つめていたのも頷けると言うもの。
メール魔の祖父に気に入られるのも納得ですね!
うん。今夜のメインはキジバト怪獣さんのローストで決まりです。
特に右もものお肉は絶品! もも肉だけでオーブンが一杯になってしまうそのボリュームも素敵ですが、何といっても『陥没キック』と呼ばれる踵落としを決める右ももは格別の美味しさなのです! (キジバト怪獣さんに踵があるのかどうかは、突っ込んではいけないお約束ってやつです)
私は浮かれてゴミ箱片手にスキップ踏みながら、クラスメイトと焼却炉へ向かっていました。だってキジバト怪獣さんは美味しいんだもんっ。本当は鼻歌でも歌いたいけど、絶対に駄目だから代替え案のスキップです。
――何だか最近良い事ばかりで嬉しい。
そんな風に浮かれていたものだから、校舎の陰から近づく人影に気が付かなかった。
「誘拐は犯罪です」
私は至極真面目に発言しています。目の前の男は全く意に介さず、顔の上半分を仮面で隠してスーツに包まれた足を組んで寛いでいますが。
スーツに仮面! こんな状況じゃなかったら、笑い死にするくらい笑い転げるんですけどね。
停車している無駄に豪華な高級車の後部座席には、誘拐犯と二人きり。
昏倒させられた時に打たれたらしい首の後ろが痛いです。目を覚ました時点で、ドアの外に見張りが立っているのは知っている。逃げる力も無いと思われ縄すら打たれていないのは、幸運だけどその通りなので悔しい。脚力だけは自信があるから、隙さえ有ったら超全速力で逃げるのに。
……ぐうっ……我が腹時計によれば今は夕方の四時半頃とみた!
「これは犯罪などではないさ。君はこれから私の輝かしい将来の一歩に協力するんだ」
「……話が見えませんが、とりあえずロリコンさんですか?」
目の前の仮面の男は声だけしかわからないけど、私の母と同年代かそれ以上だと思う。
ロリコンの対処法って、どんなのでしょう? やっぱり立てこもり犯とかと同じで刺激しちゃいけないのかな。
「君みたいなアホな子供は好みじゃない。駒子さんがいけないんだよ、私ではなくあんな筋肉馬鹿を選ぶから。――まあ今ではどうでもいい話だがな」
まさかの展開! 駒子はうちの母の名だ。しかも筋肉馬鹿って亡くなったうちの父の事ですか? 確かに筋肉隆々で大雑把でしたけどっ。
「お母さんのストーカーですかっ!?」
思わず声に出ちゃったけど、ストーカーの対処も刺激しちゃいけないんだっけ?
「父親に似て失礼な子だな、過去の話だよ。そうなっていれば今より楽だったと言うだけの話だ。私が協会を掌握して総帥になるには現総帥の引退が必要だ。
総帥の祖父バカは有名だからね、君には少し役に立って欲しいだけさ」
祖父のジジバカはやっぱり有名ですかー。うん、知ってた!
そして一番気になることが。
「総帥になりたいってことは、あなたもヒーローなんですよね。人質を取るなんて、ヒーローのする事じゃありません」
仮面の男は嗤う。
「ヒーローだってただの職業だ。現総帥の様に『守りたいものがあること』なんて条件を入れる方がおかしいんだよ。」
「――なら実力で総帥になればいいんじゃないですか。リコール出して、きちんと祖父と争って勝てばいいだけでしょう」
何だかあれだ、この男の相手が面倒臭くなってきた。多分空腹のせいじゃないでしょうか。
キジバト怪獣さんのお肉が遠のいていく。緋路さん、校門前で待ちぼうけさせちゃったな。もしかして心配とかしてくれてるのかな。
「それがそうもいかないんだ」
「じゃあ、これから私をどうするつもりですか?」
私の質問には答えずに、仮面の男は楽しそうに笑った。
仮面から覗くその目は淀んでいるような気がして、私は寒気と嫌な予感に襲われた。
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