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第十二章 本願
本願(3)
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昼休み、売店で昼食を買って教室へ戻ろうとしていると廊下で、小石川先生に遭遇した。
「あら悠木くんじゃない。――元気?」
女子生徒二人と話していたみたいだけれど、先生が話を切り上げて手を振ると二人は小さく一礼して廊下の向こうへと去って行った。
「――どうもです。良かったんですか? あの二人とお話されていたんじゃ?」
「いいのいいの、大した話じゃなかったから。それより君とは話したいと思っていたから」
廊下の柱に背を預けたまま、小石川稔里先生が手招きする。で、僕は光に引き寄せられる羽虫みたいに、彼女のそばへと近寄っていった。
小石川先生だけはこの学校の中で僕にとって特別な存在なのだ。先生なんて信じないと公言する僕みたいなろくでなしであっても、彼女だけは信頼できる癒しだった。
僕が至近距離まで近づくと。彼女は僕の頭に手を乗せて、顔を覗き込んだ。
「――大丈夫? なんともない? まだ耐えれている?」
「……何がですか?」
とぼけてみたけれど、僕の涙腺は緩んで涙が溢れ出しそうだった。ぐっと堪える。
小石川先生は触れるだけで、言葉を掛けるだけで、僕を無防備にしてしまう。
「まぁ、廊下の立ち話だから、壁に耳あり障子に目あり、あんまり深入りして聞くわけにもいかないけれど、――まだ目の奥に心の芯は残っているみたいね。……なんとか大丈夫みたいね」
「一体、何のスキルですか? 目を見れば相手の残存MPでも読み取れるんですか? 先生」
おどけて見せた僕に、小石川先生は「当たり~」と冗談っぽく乗っかってきた。
「でもごめんね、昨日は。ちょっと用事があって早めに帰ったのよ。――保健委員の子から聞いたわ。二年生の先輩がしんどそうな顔をしてやってきたって。名前もちょっとうろ覚えだったみたいだけど悠木秋翔っぽい名前だったから、――まず間違いなく君だろうと思って」
「そうですけれど。保健委員って木戸美里香さんですよね? 一年生の」
「あ、ちゃんと名前を覚えてくれたのね。そうそう木戸さん。あの子、後期から保健委員なんだけど、結講面白い子よ。また仲良くしてあげて」
面白いのはなんとなくわかるし、彼女に麦茶を入れてもらって癒やされた。
でも二年生の自分がちゃんとフルネームを覚えていたのに、彼女の方は僕の名前をうろ覚えだったみたいなのは何だか――まぁ、良いのだけれど。
「――それで、大丈夫だったの? 木戸さんの話だと、かなり憔悴していたみたいじゃない? ベッドで寝ていこうとしたけれど、結局帰っていったんだってね」
「ええ、木戸さんに麦茶を入れてもらって、あと何だか彼女と話していたら毒気が抜かれるみたいになって、ちょっと回復したのでそのまま帰りました」
そう僕が言うと、小石川先生は可笑しそうに小さく笑った。
「そうなんだ。――あの子ね、そういう所あるのよねぇ。ものすごく普通で、これといって特別な感じの無い子なんだけどね。何だか毒気が抜かれるのよねぇ。……悠木くんの相手をしてもらうには良いかもね」
「――どうしてです?」
「――だって、あなたは考えすぎてしまう男の子だから」
そう言って彼女は優しく目を細めた。
その目は言っていた。無理しちゃだめよ、いつでも逃げておいで――と。
だから僕はまだここに立てている。奈落の底に落ちることなく。
「悠木くん、まだあれは続けているのよね?」
「――はい。続けています」
その意味するものが「偽装恋愛」だということはすぐにわかった。
小石川先生は一度頷いた後に真剣な顔を作った。あくまでも笑顔は崩さずに。
「それは君の自由だから、続けるかやめるかは自分自身で判断すればいいけれど、――きっと君の心には大きな負荷をかけている。それ自体も、それにまつわる他のことも。きっと昨日のこともそれに関係するのだと思うのだけれど。……身体と精神の危険信号を、決して聞き逃さないで。もし心が軋む音が聞こえたら――かならず保健室まで来るのよ。そこに――私はいるから。――悠木秋翔くん」
「……はい、わかりました。――小石川稔里先生」
彼女はもう一度僕の頭を軽く叩くと、「よし」と気合を入れて保健室へと去っていった。白衣のポケットに両手を突っ込んでぱたぱたと開閉しながら。
廊下で去り行く背中を眺める。
本当に何もかもお見通しなのだと思う。
いざとなれば小石川先生の元へと駆け込めばいい。
そう考えると、もう少しだけ頑張れる気がした。
教室に戻ると自分の席に座って売店で買ってきたサンドイッチを開いた。
水上の机には森さんが椅子を寄せて、何やら話している。どうやらそれなりに仲直りは出来たみたいだ。二人の邪魔をしたくはなかったから、声は掛けない。むしろ気付かれないように、サンドイッチを頬張りながら、手元でスマホを開いた。
明莉は自分の座席にはいなかった。どこかに行っているみたいだ。また真白先生との逢い引きでないことを祈ろう。
スマホでLINEを開くと明莉からのメッセージが一件届いていた。
開いてみると、放課後の予定についての話だった。
親は不在だけれど僕の訪問はOKで、放課後は二年ぶりくらいに明莉の家に遊びにいくことになった。
そこで僕は、彼女との関係を、きっと前に進める。
世界線を正しい方向へと収束させるために。
☆
放課後、明莉と一緒に学校を出る前に、僕には立ち寄りたい場所があった。
「――失礼します」
職員室の引き戸を開き、僕は慣れない部屋へと侵入する。
先生方の姿はまばらで、ほとんどの席が空いていた。
でも僕は、その部屋の中で、目的の人物を見つける。
「真白先生。今ちょっといいですか?」
「――悠木か? そっちから僕のもとに訪れるというのも珍しいな。何か用かい?」
机の書類に向かっていた真白先生は、座ったまま椅子を回転させて僕の方に向いた。
黒縁眼鏡の奥の瞳は一見優しく微笑んでいるけれど、その奥の眼光は鋭い。
「昨日は――進路指導をありがとうございました。おかげさまで自分の進路が分かった気がします」
表面的には行儀の良い僕の言葉を受けて、真白先生は唇の端を少し持ち上げた。
「それは良かった。高校二年生は色々な意味で進路に悩む時期だからね。自分の手が届く進路と、自分の手が届かない進路の間の区別がつきにくくなる。昨日のことが君自身にとって適切な進路を選ぶ一助になれば良いなと思うよ」
「そうですね。先生のおっしゃることは良くわかりましたし、自分と目標の間に存在する差異も随分と目に見えて分かった気がします。――でも自分の人生ですから、現実と妥協するばかりじゃなくて、やっぱり本来自分の進みたい道を選ぶことも大切だなって……改めて感じさせられました」
「ほう。それは立派な志だね。もちろん自分にとって大切なものが何かを見極めることも大切だと思いますよ。――しかし進路選択というのは大切なもので、余りに望みのない進路を選ぶと、それは周囲にも迷惑を掛けることになる。まぁ、その進路を共に歩むことになる人が居るとすれば、その人のことを傷つける可能性さえあるのだということは、十分に考慮されるべきだとは思うよ。……そして、僕は悠木くんがその程度には頭の良い人間だと、買っているつもりなんだけどね」
真白先生は腕を組んだまま僕を見上げる。その瞳の奥で何を考えているのかは分からない。でもそれが何を考えていようと関係ない。僕の進路は僕自身が選ぶものだから。
「もし先生が思うような選択を僕がしなかったとすれば、それは僕がそれほど賢くなかったか、それとも先生の想像を超えて賢かったか、――もしくは僕がただ単に先生の進路指導に従いたくない反抗的な生徒だったっていうことだと思います」
「はっはっは。なるほどね。確かに君の通知表を見れば欠席日数や早退日数は反抗的な生徒のそれによく似ているからね。三つ目の可能性は言い得て妙かもしれない。まぁ、未来ある生徒たちをより良き道へと導かないといけない進路指導の担当教師としては、そのいずれでもないことを願うけれどね」
呆れたように肩を竦めてから真白先生は「そうそう」と続けた。
「先週から続けている君の課外活動だけれど、あれはまだ続けるのかい? 前期の君の健康状態などを考えると、あまり長く心身に負荷のかかる活動を続けるのも良くないと思うけれどね」
「ご心配ありがとうございます。一緒に取り組んでいる同級生とも相談して、もう少し続けてみようかと思います。彼女もそれでいいと言ってくれているので」
「そうかい。まぁ、君たちが自分自身で決めることだからね。ただ、教師として――特に放送部顧問としては心配だよ。元部員だった君が前期の間、体調を崩してしまったことには一方ならぬ責任を感じてもいるからね」
その火種を作った上に、何一つ火消しの手助けをしてくれずに放置したくせに。
「責任を感じる」が聞いて呆れる。でも、それとこれは別問題なのだ。きっと。
だから僕はもう遠慮しない。どんな手を使ってでもこの男から、明莉を奪い取る。
「はい。今日はそれだけをお話しようと思いまして、立ち寄らせていただきました。――では今日はこれで失礼します。これからその課外活動ですので、ペアを組んでいる同級生と一緒に帰って、彼女の家で作業するんです」
「――ほう、そうかい。それは前向きなことだね。まあ課外活動とはいえ、男女二人っきりという活動は何かと誤解を生むこともあるからね。十分に気をつけるんだよ?」
真白先生の表情からはちょっと苛立ちの色が読み取れた。僕はほくそ笑む。
「ご心配ありがとうございます。昨日、生徒指導室でご指導いただいた時に、先生がされていたことを出来るだけ見習って、誤解の無いような健全で、触れ合いを大切にした有意義な課外活動にしたいと思います」
「――そうか。また、報告を楽しみにしているよ」
「ええ、ありがとうございます。――それでは失礼します」
努めて平静を保ちながら、机に向かい直す真白先生に一礼すると、僕は職員室を辞した。
僕は鞄を肩に掛けなおすと、廊下を抜けて靴置き場へと向かう。
外靴に履き替えた僕は、左に体育館を望みながら、校門へと向かった。
校門脇のケヤキの樹の下、鞄を両手でぶら下げた少女が立っていた。
「お待たせ――行こうか、明莉」
「――うん」
綺麗なボブヘアが冬の風に揺れる。
僕と明莉は連れ立って、駅へ向かって歩きだした。
彼女の家で偽装恋愛という――課外活動を行うために。
「あら悠木くんじゃない。――元気?」
女子生徒二人と話していたみたいだけれど、先生が話を切り上げて手を振ると二人は小さく一礼して廊下の向こうへと去って行った。
「――どうもです。良かったんですか? あの二人とお話されていたんじゃ?」
「いいのいいの、大した話じゃなかったから。それより君とは話したいと思っていたから」
廊下の柱に背を預けたまま、小石川稔里先生が手招きする。で、僕は光に引き寄せられる羽虫みたいに、彼女のそばへと近寄っていった。
小石川先生だけはこの学校の中で僕にとって特別な存在なのだ。先生なんて信じないと公言する僕みたいなろくでなしであっても、彼女だけは信頼できる癒しだった。
僕が至近距離まで近づくと。彼女は僕の頭に手を乗せて、顔を覗き込んだ。
「――大丈夫? なんともない? まだ耐えれている?」
「……何がですか?」
とぼけてみたけれど、僕の涙腺は緩んで涙が溢れ出しそうだった。ぐっと堪える。
小石川先生は触れるだけで、言葉を掛けるだけで、僕を無防備にしてしまう。
「まぁ、廊下の立ち話だから、壁に耳あり障子に目あり、あんまり深入りして聞くわけにもいかないけれど、――まだ目の奥に心の芯は残っているみたいね。……なんとか大丈夫みたいね」
「一体、何のスキルですか? 目を見れば相手の残存MPでも読み取れるんですか? 先生」
おどけて見せた僕に、小石川先生は「当たり~」と冗談っぽく乗っかってきた。
「でもごめんね、昨日は。ちょっと用事があって早めに帰ったのよ。――保健委員の子から聞いたわ。二年生の先輩がしんどそうな顔をしてやってきたって。名前もちょっとうろ覚えだったみたいだけど悠木秋翔っぽい名前だったから、――まず間違いなく君だろうと思って」
「そうですけれど。保健委員って木戸美里香さんですよね? 一年生の」
「あ、ちゃんと名前を覚えてくれたのね。そうそう木戸さん。あの子、後期から保健委員なんだけど、結講面白い子よ。また仲良くしてあげて」
面白いのはなんとなくわかるし、彼女に麦茶を入れてもらって癒やされた。
でも二年生の自分がちゃんとフルネームを覚えていたのに、彼女の方は僕の名前をうろ覚えだったみたいなのは何だか――まぁ、良いのだけれど。
「――それで、大丈夫だったの? 木戸さんの話だと、かなり憔悴していたみたいじゃない? ベッドで寝ていこうとしたけれど、結局帰っていったんだってね」
「ええ、木戸さんに麦茶を入れてもらって、あと何だか彼女と話していたら毒気が抜かれるみたいになって、ちょっと回復したのでそのまま帰りました」
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「そうなんだ。――あの子ね、そういう所あるのよねぇ。ものすごく普通で、これといって特別な感じの無い子なんだけどね。何だか毒気が抜かれるのよねぇ。……悠木くんの相手をしてもらうには良いかもね」
「――どうしてです?」
「――だって、あなたは考えすぎてしまう男の子だから」
そう言って彼女は優しく目を細めた。
その目は言っていた。無理しちゃだめよ、いつでも逃げておいで――と。
だから僕はまだここに立てている。奈落の底に落ちることなく。
「悠木くん、まだあれは続けているのよね?」
「――はい。続けています」
その意味するものが「偽装恋愛」だということはすぐにわかった。
小石川先生は一度頷いた後に真剣な顔を作った。あくまでも笑顔は崩さずに。
「それは君の自由だから、続けるかやめるかは自分自身で判断すればいいけれど、――きっと君の心には大きな負荷をかけている。それ自体も、それにまつわる他のことも。きっと昨日のこともそれに関係するのだと思うのだけれど。……身体と精神の危険信号を、決して聞き逃さないで。もし心が軋む音が聞こえたら――かならず保健室まで来るのよ。そこに――私はいるから。――悠木秋翔くん」
「……はい、わかりました。――小石川稔里先生」
彼女はもう一度僕の頭を軽く叩くと、「よし」と気合を入れて保健室へと去っていった。白衣のポケットに両手を突っ込んでぱたぱたと開閉しながら。
廊下で去り行く背中を眺める。
本当に何もかもお見通しなのだと思う。
いざとなれば小石川先生の元へと駆け込めばいい。
そう考えると、もう少しだけ頑張れる気がした。
教室に戻ると自分の席に座って売店で買ってきたサンドイッチを開いた。
水上の机には森さんが椅子を寄せて、何やら話している。どうやらそれなりに仲直りは出来たみたいだ。二人の邪魔をしたくはなかったから、声は掛けない。むしろ気付かれないように、サンドイッチを頬張りながら、手元でスマホを開いた。
明莉は自分の座席にはいなかった。どこかに行っているみたいだ。また真白先生との逢い引きでないことを祈ろう。
スマホでLINEを開くと明莉からのメッセージが一件届いていた。
開いてみると、放課後の予定についての話だった。
親は不在だけれど僕の訪問はOKで、放課後は二年ぶりくらいに明莉の家に遊びにいくことになった。
そこで僕は、彼女との関係を、きっと前に進める。
世界線を正しい方向へと収束させるために。
☆
放課後、明莉と一緒に学校を出る前に、僕には立ち寄りたい場所があった。
「――失礼します」
職員室の引き戸を開き、僕は慣れない部屋へと侵入する。
先生方の姿はまばらで、ほとんどの席が空いていた。
でも僕は、その部屋の中で、目的の人物を見つける。
「真白先生。今ちょっといいですか?」
「――悠木か? そっちから僕のもとに訪れるというのも珍しいな。何か用かい?」
机の書類に向かっていた真白先生は、座ったまま椅子を回転させて僕の方に向いた。
黒縁眼鏡の奥の瞳は一見優しく微笑んでいるけれど、その奥の眼光は鋭い。
「昨日は――進路指導をありがとうございました。おかげさまで自分の進路が分かった気がします」
表面的には行儀の良い僕の言葉を受けて、真白先生は唇の端を少し持ち上げた。
「それは良かった。高校二年生は色々な意味で進路に悩む時期だからね。自分の手が届く進路と、自分の手が届かない進路の間の区別がつきにくくなる。昨日のことが君自身にとって適切な進路を選ぶ一助になれば良いなと思うよ」
「そうですね。先生のおっしゃることは良くわかりましたし、自分と目標の間に存在する差異も随分と目に見えて分かった気がします。――でも自分の人生ですから、現実と妥協するばかりじゃなくて、やっぱり本来自分の進みたい道を選ぶことも大切だなって……改めて感じさせられました」
「ほう。それは立派な志だね。もちろん自分にとって大切なものが何かを見極めることも大切だと思いますよ。――しかし進路選択というのは大切なもので、余りに望みのない進路を選ぶと、それは周囲にも迷惑を掛けることになる。まぁ、その進路を共に歩むことになる人が居るとすれば、その人のことを傷つける可能性さえあるのだということは、十分に考慮されるべきだとは思うよ。……そして、僕は悠木くんがその程度には頭の良い人間だと、買っているつもりなんだけどね」
真白先生は腕を組んだまま僕を見上げる。その瞳の奥で何を考えているのかは分からない。でもそれが何を考えていようと関係ない。僕の進路は僕自身が選ぶものだから。
「もし先生が思うような選択を僕がしなかったとすれば、それは僕がそれほど賢くなかったか、それとも先生の想像を超えて賢かったか、――もしくは僕がただ単に先生の進路指導に従いたくない反抗的な生徒だったっていうことだと思います」
「はっはっは。なるほどね。確かに君の通知表を見れば欠席日数や早退日数は反抗的な生徒のそれによく似ているからね。三つ目の可能性は言い得て妙かもしれない。まぁ、未来ある生徒たちをより良き道へと導かないといけない進路指導の担当教師としては、そのいずれでもないことを願うけれどね」
呆れたように肩を竦めてから真白先生は「そうそう」と続けた。
「先週から続けている君の課外活動だけれど、あれはまだ続けるのかい? 前期の君の健康状態などを考えると、あまり長く心身に負荷のかかる活動を続けるのも良くないと思うけれどね」
「ご心配ありがとうございます。一緒に取り組んでいる同級生とも相談して、もう少し続けてみようかと思います。彼女もそれでいいと言ってくれているので」
「そうかい。まぁ、君たちが自分自身で決めることだからね。ただ、教師として――特に放送部顧問としては心配だよ。元部員だった君が前期の間、体調を崩してしまったことには一方ならぬ責任を感じてもいるからね」
その火種を作った上に、何一つ火消しの手助けをしてくれずに放置したくせに。
「責任を感じる」が聞いて呆れる。でも、それとこれは別問題なのだ。きっと。
だから僕はもう遠慮しない。どんな手を使ってでもこの男から、明莉を奪い取る。
「はい。今日はそれだけをお話しようと思いまして、立ち寄らせていただきました。――では今日はこれで失礼します。これからその課外活動ですので、ペアを組んでいる同級生と一緒に帰って、彼女の家で作業するんです」
「――ほう、そうかい。それは前向きなことだね。まあ課外活動とはいえ、男女二人っきりという活動は何かと誤解を生むこともあるからね。十分に気をつけるんだよ?」
真白先生の表情からはちょっと苛立ちの色が読み取れた。僕はほくそ笑む。
「ご心配ありがとうございます。昨日、生徒指導室でご指導いただいた時に、先生がされていたことを出来るだけ見習って、誤解の無いような健全で、触れ合いを大切にした有意義な課外活動にしたいと思います」
「――そうか。また、報告を楽しみにしているよ」
「ええ、ありがとうございます。――それでは失礼します」
努めて平静を保ちながら、机に向かい直す真白先生に一礼すると、僕は職員室を辞した。
僕は鞄を肩に掛けなおすと、廊下を抜けて靴置き場へと向かう。
外靴に履き替えた僕は、左に体育館を望みながら、校門へと向かった。
校門脇のケヤキの樹の下、鞄を両手でぶら下げた少女が立っていた。
「お待たせ――行こうか、明莉」
「――うん」
綺麗なボブヘアが冬の風に揺れる。
僕と明莉は連れ立って、駅へ向かって歩きだした。
彼女の家で偽装恋愛という――課外活動を行うために。
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