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第十二章 本願
本願(1)
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それは偶然の遭遇だった。半分時間つぶしで立ち寄った書店で森美樹を見つけた。
そういえば以前にも彼女がこの店にいるのを見かけたことはあった気がする。
でもその頃は友達ではなかったし、声を掛けることもなかった。
「お待たせ~! 秋翔くんは何も買わないの?」
「ああ、どうもまだ売ってないみたい。新刊出てるかなぁ、と思ったんだけど」
「え? 新刊? 誰の本?」
僕が出版社の名前と作者名を告げると、「あ~」と森さんは頷いた。
「この本屋さんあのレーベルの品揃え悪いしね~。あーしも時々そのレーベルの本を買おうとするけど無いこと多いよ~」
「そっかぁ。なら仕方ないかなぁ。じゃあ、帰ってからネット通販ででも注文するかな」
「うん、それが良いかもねー。私もできるだけこういう普通の本屋さんで買いたいんだけど、品揃えがどうしてもね~」
そうなのだ。品揃えだとどうしてもリアルの店舗はネットの店舗に勝てないのだ。
でもネットの店舗は僕たち高校生には何かと制約がつきまとう。クレジットカードを自由に使える大人とは違うのだ。――もっとも僕は母親から使っていいクレジットカードを渡されているので、なんとでもなるのだが。
「――でもちょっと意外かな。秋翔くん、ああいう小説好きなんだ」
「……似合わないかな?」
「ん? イイと思うよ? ニシシ」
森さんは右手を握りこぶしにして口元に当てた。
買おうとしていたのはいわゆる青春小説に分類されるライト文芸作品だ。
その作者の代表作は好きになった女の子に余命がなくて、その女の子の願い事を男の子が叶えてあげようとするような話。恋愛要素が大い作品だったので、女性向けの作家というイメージが強いのかもしれない。
「森さんはこの本屋さんよく来るの? 昔も見かけたかも? ――友達になる前?」
「あ、そーなんだ。うん、よく来るよ? ていうか学校からの帰り道に本屋さんってここくらいしかないからねー」
「たしかに」
あと大きな本屋として思いつくのは、中央駅付近にある書店くらいだ。
家に帰るのと逆方向の電車に乗って行かないといけない
「森さんは図書室ってイメージはがあるけれど、書店にもよく来るんだね? やっぱり本好きなんだ」
「うん。まー、あーしなんか、本当の読書家さんとか、本好きの人に比べたら全然ゆる~いタイプだと思うんだけどね。――でも本は好きかな?」
買った文庫本の入ったビニール袋を胸に抱えて、彼女は白い歯を見せて笑った。
森さんのことを、素直に可愛いな、と思った。
今となっては彼女は友人の恋人であると同時に、僕の自慢の親友だ。
だからその笑顔に――股間が疼いた。
「――森さん、ちょっとだけ時間ある?」
「え? 何? 秋翔くん?」
「ちょっとだけだから。――来て」
「う……うん」
僕は彼女の手を引いて歩きだす。書店の脇の通り道を抜けて、一階と三階に続く階段口を折れ曲がる。その先に男子トイレと女子トイレがあった。その手前には車椅子のマークが掲げられた多目的トイレがある。その扉を僕は開くと、森さんと手を繋いだまま僕はトイレの中に入った。
「……え? ちょっと? 秋翔くん。ここトイレだよ?」
困惑する彼女をトイレの中へ引き入れて、僕は後ろ手でトイレの鍵を締めた。
「うん、何だか森さんと話していると、二人っきりになりたくなってさ」
「ほえ? な……なにそれ。ちょっと親友だからって、こ……困るんだけどぉ」
森さんは狼狽しながら胸の前に両手を立てて左右に振る。
「――ちょっと辛いことがあってさ。森さん顔を見てたら、何だか癒やされるみたいに思えて……」
「え? そうなの? 辛いこと……あったの?」
心配そうに首を傾げる森さんに、僕は一つ頷いた。
「そう……なんだ。あ、もしかして、あの放課後呼び出しのやつ? 生徒指導室の」
僕はまた頷く。でも彼女に本当のことは言えない。
明莉と真白先生のことを森さんには話していないから。
「そっかぁ。先生が何を言ったのかは知らないけれど、優しい秋翔くんを凹ませるなんて、許せないなぁ~。でも秋翔くんは良い人だし、成績もいいし全然大丈夫だから気にする必要なんてないよ!」
森美樹はそういうと、背伸びして僕の頭をヨシヨシと撫でた。
僕はそんな彼女の身体を引き寄せて、抱きしめた。
「ちょ……ちょっと、秋翔くん――んっ」
そして森さんの唇を自分の塞いだ。
それはやっぱり柔らかくて、身体は華奢で力を込めると折れてしまいそうな身体だった。
やがて唇が離れる。
「――もう。突然すぎ。あーしたち、親友だけどさ、キスは――いつでもOKってわけじゃないんだよ?」
「……ごめん、ちょっと気持ちが抑えられなくて」
正面に向かい合い、彼女の腰に手を回したまま、僕は素直にそう気持ちを告げた。
「あーしとキスしたいっていう気持ちが?」
「そう。美樹とキスしたいっていう気持ち」
「――うれしい」
今度は彼女からキスがやってきた。
僕の背中に腕を回して、胸が押し付けられた。
下から微かに唇が触れ合うくらいの、優しいキスだった。
相変わらず胸の膨らみは無かったけれど、それがまた彼女の初々しさを感じさせた。
彼女の髪を撫でると、彼女はくすぐったそうに目を細めた。
手を下ろし、彼女の背中を撫でて、腰のくびれを辿る。
僕の両手は彼女の臀部にたどり着き、彼女のお尻を優しく愛撫し始める。
でもそれは彼女の手によって外された。数歩後ろへと後退して彼女は僕から距離を取る。
「だめ、秋翔くん。だめ、今日はキスまでね。――こんな場所だし。昨日の今日だし」
「――じゃあ、森さんの家か、僕の家でなら大丈夫なの?」
自分でもがっついているなと思いながらも尋ねる。
でもそれくらい今は森さんのことが愛おしく思えた。
彼女の身体に直接触れたいと思った。柔らかくて滑らかな肌を触りたいと思った。
股間は膨れあがっていた。さっき香奈恵さんに精液をありったけ放ったばかりなのに。
「うーん。そういうことじゃなくってね。お互い好きな人がいるわけだから。あーしと悠木くんのこういうことは、それよりかは――控えめにしたほうがイイかなって」
ちょっとバツが悪そうに、森さんは視線を逸した。
もしかしたら彼女の中に彼氏ではなくて親友とキスしたりセックスしたりすることに対する罪悪感みたいなものがあるのかもしれない。――僕にもそういう感情は理解できる。
「そっか――そうだよね。僕と森さんはただの友達――だもんね」
「え? ……あ、ううん、そんな否定的な意味でじゃないんだよ? あーしも秋翔くんとは親友だと思っているし。昨日だって……その、来てくれて嬉しかったし」
一息に言うと、森さんは恥ずかしそうにちょっとだけ俯いた。
「――じゃあ親友とキスしたいりエッチしたりするのが絶対に駄目っていうわけじゃ……ないんだね? 森さん?」
「ん……うん。――し、親友だしね? 隠し事のないことが親友なんだもんね?」
はにかんだような表情で、森さんは顔を上げて微笑んだ。
僕はそんな彼女が可愛くて、その頭に右手を乗せてまた何度か撫でた。
「じゃあ、またしようね。裸になって、二人でエッチ――気持ちの良いセックスを」
「もう~。秋翔くんは~。そういうこと言わない~」
そう言って森さんは僕の顔に買ったばかりの本が入ったビニール袋を押し付けた。
☆
僕らはそれから二人でショッピングモールを出て、駅へと向かった。
店を出るともう日が落ちて暗くなっていた。
香奈恵さんと違って森さんとなら二人で歩いているところを見られたって、大きな問題はない。男女のカップルだけど、僕らが仲の良い友人だということはもう周知の事実なのだ。
駅について改札を抜ける。二人で立ち話をしながら電車を待つ。
やがてやってきた車両へと僕らは乗り込んだ。
帰路につく仕事帰りの大人たちと他校の生徒たちで車両の座席は埋まっていた。
乗降口近くの手すりに掴まって、僕らは並んで電車に揺られた。
「――ねえ、悠木くん、……本当に大丈夫?」
耳元で優しく囁かれた。それは親友からの心遣いだった。
「――どうして?」
「え? うん、なんとなく。昨日もちょっと怒っていたみたいな感じはあって、疲れているかなって感じはしたんだけれど。――今日はなんだか本当に疲れているみたいで。……精神的にも、肉体的にも?」
「そっか。――そう見えちゃうんだね。……ありがとう。森さん、心配してくれて」
彼女が電車の中でそっと僕の腕の袖を掴む。
「あーしも昨日、励ましてもらったからさ。――どうしようもない時に、悠木くんから元気を貰ったから。悠木くんが、本当に困っていたり、苦しんでいたら、あーし何だってするから。――本当に困っていることがあったら、言ってよね? あーしは秋翔くんの――親友だから」
「――ありがとう、森さん」
その言葉は心に染みた。本当に森さんはいい子だ。愛おしくてまた僕の股間は勃起した。
「――明莉ちゃんのこと?」
森さんが僕の顔を覗き込む。お見通しと言わんばかりに。
僕は無言で頷く。
「やっぱりそうなんだね。――明莉ちゃんのことを諦めないといけないかもしれないって思っているとか?」
「――そうは……思っていないけれど」
その言葉にハッとする。今日の放課後に真白先生に見せつけられたイメージは、強く持っていたはずの僕の気持ちを打ち砕くには十分すぎる力を持っていた。
僕が淡く描いていた偽装恋愛の先にたどり着く本物の恋愛のイメージ。それは真白先生に抱かれる明莉のイメージで、圧倒的にオーバーレイされた。
僕の世界線は間違いなく揺らぎだし、発散が生じ始めていた。
森美樹は僕の隣で、電車の外を眺める。夜の街の風景が流れていく。
「秋翔くんは明莉ちゃんを――諦めちゃだめだよ。あーしは信じている。秋翔くんの思いはきっと届く。いつか明莉ちゃんは振り向いてくれるよ。どんなことがあっても諦めないで。あーしは知ってる。秋翔くんの明莉ちゃんへの思いは本物だって――。だから秋翔くんは本当の願いを……叶えてね」
彼女の言葉はどこか力を持っていた。それは彼女の欲じゃないから。
色眼鏡でもなくて、ただ彼女がそう思い、そう願ってくれているのだ。
「――ありがとう。森さんも水上と仲良くな。あいつは根っこでは悪くないやつだから」
「ニシシ。ありがとう! あーしもちゃんと洋平と話してみるね。洋平とあーしも、未来の秋翔くんと明莉ちゃんに負けない素敵なカップルにならなきゃだしね!」
やがて電車は森さんの降りる駅へと到着した。
親友が僕の袖から手を離し、車両を降りていく。
手を開いて笑顔でバイバイをする彼女に、僕も小さく手を振り返した。
また電車は動き始めて、彼女の後ろ姿は小さくなっていった。
僕は蛍光灯の光に満たされた電車の中から夜の街を眺める。
先週の日曜日。僕は明莉と二人で電車に揺られた。遊園地への行き道と帰り道。
僕は彼女に恋人ごっこを提案した。この電車の中で。
あの日、彼女と別れ際にキスをしようとした。でも出来なかった。
僕はあれから前に進めているんだろうか。
僕はまだ踏ん張れているんだろうか。
やっぱり僕が好きなのは明莉で、僕の電車はただ彼女に向かって進むべきなのだ。
だから僕はきっと、覚悟を決めなければならないのだ。
――本当の願いを叶えるために。
そういえば以前にも彼女がこの店にいるのを見かけたことはあった気がする。
でもその頃は友達ではなかったし、声を掛けることもなかった。
「お待たせ~! 秋翔くんは何も買わないの?」
「ああ、どうもまだ売ってないみたい。新刊出てるかなぁ、と思ったんだけど」
「え? 新刊? 誰の本?」
僕が出版社の名前と作者名を告げると、「あ~」と森さんは頷いた。
「この本屋さんあのレーベルの品揃え悪いしね~。あーしも時々そのレーベルの本を買おうとするけど無いこと多いよ~」
「そっかぁ。なら仕方ないかなぁ。じゃあ、帰ってからネット通販ででも注文するかな」
「うん、それが良いかもねー。私もできるだけこういう普通の本屋さんで買いたいんだけど、品揃えがどうしてもね~」
そうなのだ。品揃えだとどうしてもリアルの店舗はネットの店舗に勝てないのだ。
でもネットの店舗は僕たち高校生には何かと制約がつきまとう。クレジットカードを自由に使える大人とは違うのだ。――もっとも僕は母親から使っていいクレジットカードを渡されているので、なんとでもなるのだが。
「――でもちょっと意外かな。秋翔くん、ああいう小説好きなんだ」
「……似合わないかな?」
「ん? イイと思うよ? ニシシ」
森さんは右手を握りこぶしにして口元に当てた。
買おうとしていたのはいわゆる青春小説に分類されるライト文芸作品だ。
その作者の代表作は好きになった女の子に余命がなくて、その女の子の願い事を男の子が叶えてあげようとするような話。恋愛要素が大い作品だったので、女性向けの作家というイメージが強いのかもしれない。
「森さんはこの本屋さんよく来るの? 昔も見かけたかも? ――友達になる前?」
「あ、そーなんだ。うん、よく来るよ? ていうか学校からの帰り道に本屋さんってここくらいしかないからねー」
「たしかに」
あと大きな本屋として思いつくのは、中央駅付近にある書店くらいだ。
家に帰るのと逆方向の電車に乗って行かないといけない
「森さんは図書室ってイメージはがあるけれど、書店にもよく来るんだね? やっぱり本好きなんだ」
「うん。まー、あーしなんか、本当の読書家さんとか、本好きの人に比べたら全然ゆる~いタイプだと思うんだけどね。――でも本は好きかな?」
買った文庫本の入ったビニール袋を胸に抱えて、彼女は白い歯を見せて笑った。
森さんのことを、素直に可愛いな、と思った。
今となっては彼女は友人の恋人であると同時に、僕の自慢の親友だ。
だからその笑顔に――股間が疼いた。
「――森さん、ちょっとだけ時間ある?」
「え? 何? 秋翔くん?」
「ちょっとだけだから。――来て」
「う……うん」
僕は彼女の手を引いて歩きだす。書店の脇の通り道を抜けて、一階と三階に続く階段口を折れ曲がる。その先に男子トイレと女子トイレがあった。その手前には車椅子のマークが掲げられた多目的トイレがある。その扉を僕は開くと、森さんと手を繋いだまま僕はトイレの中に入った。
「……え? ちょっと? 秋翔くん。ここトイレだよ?」
困惑する彼女をトイレの中へ引き入れて、僕は後ろ手でトイレの鍵を締めた。
「うん、何だか森さんと話していると、二人っきりになりたくなってさ」
「ほえ? な……なにそれ。ちょっと親友だからって、こ……困るんだけどぉ」
森さんは狼狽しながら胸の前に両手を立てて左右に振る。
「――ちょっと辛いことがあってさ。森さん顔を見てたら、何だか癒やされるみたいに思えて……」
「え? そうなの? 辛いこと……あったの?」
心配そうに首を傾げる森さんに、僕は一つ頷いた。
「そう……なんだ。あ、もしかして、あの放課後呼び出しのやつ? 生徒指導室の」
僕はまた頷く。でも彼女に本当のことは言えない。
明莉と真白先生のことを森さんには話していないから。
「そっかぁ。先生が何を言ったのかは知らないけれど、優しい秋翔くんを凹ませるなんて、許せないなぁ~。でも秋翔くんは良い人だし、成績もいいし全然大丈夫だから気にする必要なんてないよ!」
森美樹はそういうと、背伸びして僕の頭をヨシヨシと撫でた。
僕はそんな彼女の身体を引き寄せて、抱きしめた。
「ちょ……ちょっと、秋翔くん――んっ」
そして森さんの唇を自分の塞いだ。
それはやっぱり柔らかくて、身体は華奢で力を込めると折れてしまいそうな身体だった。
やがて唇が離れる。
「――もう。突然すぎ。あーしたち、親友だけどさ、キスは――いつでもOKってわけじゃないんだよ?」
「……ごめん、ちょっと気持ちが抑えられなくて」
正面に向かい合い、彼女の腰に手を回したまま、僕は素直にそう気持ちを告げた。
「あーしとキスしたいっていう気持ちが?」
「そう。美樹とキスしたいっていう気持ち」
「――うれしい」
今度は彼女からキスがやってきた。
僕の背中に腕を回して、胸が押し付けられた。
下から微かに唇が触れ合うくらいの、優しいキスだった。
相変わらず胸の膨らみは無かったけれど、それがまた彼女の初々しさを感じさせた。
彼女の髪を撫でると、彼女はくすぐったそうに目を細めた。
手を下ろし、彼女の背中を撫でて、腰のくびれを辿る。
僕の両手は彼女の臀部にたどり着き、彼女のお尻を優しく愛撫し始める。
でもそれは彼女の手によって外された。数歩後ろへと後退して彼女は僕から距離を取る。
「だめ、秋翔くん。だめ、今日はキスまでね。――こんな場所だし。昨日の今日だし」
「――じゃあ、森さんの家か、僕の家でなら大丈夫なの?」
自分でもがっついているなと思いながらも尋ねる。
でもそれくらい今は森さんのことが愛おしく思えた。
彼女の身体に直接触れたいと思った。柔らかくて滑らかな肌を触りたいと思った。
股間は膨れあがっていた。さっき香奈恵さんに精液をありったけ放ったばかりなのに。
「うーん。そういうことじゃなくってね。お互い好きな人がいるわけだから。あーしと悠木くんのこういうことは、それよりかは――控えめにしたほうがイイかなって」
ちょっとバツが悪そうに、森さんは視線を逸した。
もしかしたら彼女の中に彼氏ではなくて親友とキスしたりセックスしたりすることに対する罪悪感みたいなものがあるのかもしれない。――僕にもそういう感情は理解できる。
「そっか――そうだよね。僕と森さんはただの友達――だもんね」
「え? ……あ、ううん、そんな否定的な意味でじゃないんだよ? あーしも秋翔くんとは親友だと思っているし。昨日だって……その、来てくれて嬉しかったし」
一息に言うと、森さんは恥ずかしそうにちょっとだけ俯いた。
「――じゃあ親友とキスしたいりエッチしたりするのが絶対に駄目っていうわけじゃ……ないんだね? 森さん?」
「ん……うん。――し、親友だしね? 隠し事のないことが親友なんだもんね?」
はにかんだような表情で、森さんは顔を上げて微笑んだ。
僕はそんな彼女が可愛くて、その頭に右手を乗せてまた何度か撫でた。
「じゃあ、またしようね。裸になって、二人でエッチ――気持ちの良いセックスを」
「もう~。秋翔くんは~。そういうこと言わない~」
そう言って森さんは僕の顔に買ったばかりの本が入ったビニール袋を押し付けた。
☆
僕らはそれから二人でショッピングモールを出て、駅へと向かった。
店を出るともう日が落ちて暗くなっていた。
香奈恵さんと違って森さんとなら二人で歩いているところを見られたって、大きな問題はない。男女のカップルだけど、僕らが仲の良い友人だということはもう周知の事実なのだ。
駅について改札を抜ける。二人で立ち話をしながら電車を待つ。
やがてやってきた車両へと僕らは乗り込んだ。
帰路につく仕事帰りの大人たちと他校の生徒たちで車両の座席は埋まっていた。
乗降口近くの手すりに掴まって、僕らは並んで電車に揺られた。
「――ねえ、悠木くん、……本当に大丈夫?」
耳元で優しく囁かれた。それは親友からの心遣いだった。
「――どうして?」
「え? うん、なんとなく。昨日もちょっと怒っていたみたいな感じはあって、疲れているかなって感じはしたんだけれど。――今日はなんだか本当に疲れているみたいで。……精神的にも、肉体的にも?」
「そっか。――そう見えちゃうんだね。……ありがとう。森さん、心配してくれて」
彼女が電車の中でそっと僕の腕の袖を掴む。
「あーしも昨日、励ましてもらったからさ。――どうしようもない時に、悠木くんから元気を貰ったから。悠木くんが、本当に困っていたり、苦しんでいたら、あーし何だってするから。――本当に困っていることがあったら、言ってよね? あーしは秋翔くんの――親友だから」
「――ありがとう、森さん」
その言葉は心に染みた。本当に森さんはいい子だ。愛おしくてまた僕の股間は勃起した。
「――明莉ちゃんのこと?」
森さんが僕の顔を覗き込む。お見通しと言わんばかりに。
僕は無言で頷く。
「やっぱりそうなんだね。――明莉ちゃんのことを諦めないといけないかもしれないって思っているとか?」
「――そうは……思っていないけれど」
その言葉にハッとする。今日の放課後に真白先生に見せつけられたイメージは、強く持っていたはずの僕の気持ちを打ち砕くには十分すぎる力を持っていた。
僕が淡く描いていた偽装恋愛の先にたどり着く本物の恋愛のイメージ。それは真白先生に抱かれる明莉のイメージで、圧倒的にオーバーレイされた。
僕の世界線は間違いなく揺らぎだし、発散が生じ始めていた。
森美樹は僕の隣で、電車の外を眺める。夜の街の風景が流れていく。
「秋翔くんは明莉ちゃんを――諦めちゃだめだよ。あーしは信じている。秋翔くんの思いはきっと届く。いつか明莉ちゃんは振り向いてくれるよ。どんなことがあっても諦めないで。あーしは知ってる。秋翔くんの明莉ちゃんへの思いは本物だって――。だから秋翔くんは本当の願いを……叶えてね」
彼女の言葉はどこか力を持っていた。それは彼女の欲じゃないから。
色眼鏡でもなくて、ただ彼女がそう思い、そう願ってくれているのだ。
「――ありがとう。森さんも水上と仲良くな。あいつは根っこでは悪くないやつだから」
「ニシシ。ありがとう! あーしもちゃんと洋平と話してみるね。洋平とあーしも、未来の秋翔くんと明莉ちゃんに負けない素敵なカップルにならなきゃだしね!」
やがて電車は森さんの降りる駅へと到着した。
親友が僕の袖から手を離し、車両を降りていく。
手を開いて笑顔でバイバイをする彼女に、僕も小さく手を振り返した。
また電車は動き始めて、彼女の後ろ姿は小さくなっていった。
僕は蛍光灯の光に満たされた電車の中から夜の街を眺める。
先週の日曜日。僕は明莉と二人で電車に揺られた。遊園地への行き道と帰り道。
僕は彼女に恋人ごっこを提案した。この電車の中で。
あの日、彼女と別れ際にキスをしようとした。でも出来なかった。
僕はあれから前に進めているんだろうか。
僕はまだ踏ん張れているんだろうか。
やっぱり僕が好きなのは明莉で、僕の電車はただ彼女に向かって進むべきなのだ。
だから僕はきっと、覚悟を決めなければならないのだ。
――本当の願いを叶えるために。
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