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第八章 勉強会

勉強会(11)

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 昨日のことを僕が尋ねると、水上洋平は表情を硬直させた。
 嘘のつけない男だ。

「――昨日のこと? ……なんで悠木が知っているんだ?」
「……見たからだよ。――偶然な。昨日の放課後に見たんだ。二人が理科実験室に入っていくところを」

 僕がそう言うと、水上は少し困った風に顔をしかめた。
 やはり聞かれたらまずいこと、――やましいこととだと理解している。
 ――そういうことことだろうか?

「あと金曜日に、明莉と一緒に帰っていくところも、図書室から見えていたんだぜ?」
「――マジかよ。……壁に耳あり障子に目ありってか?」

 戸惑いながら、ことわざを口にする水上。
 ――だからって水上に教養を感じたりするわけではないが。

 ことの経緯は明莉から聞いていた。でもこちらからその内容を水上に言ったりはしない。
 水上からは水上の説明をさせて、その内容と明莉の説明とを比べるのだ。
 もし二人が話す内容が一致すればそれで良い。
 でも、もし異なれば、――どちらかが嘘をついていることになる。

「あとソースは言えないけれど、水上と明莉が日曜日に中央駅付近でカフェデートをしていたっていう目撃談もある」
「――デートって!」

 これには水上が目を見開いた。
 流石に休日の行動まで見つかっているとは思っていなかったようだ。
 これなら森さんの追跡――ストーカー行為にも気付いていないだろう。

「――違うのか?」
「違うよ。デートなんかじゃないよ、あれはただの相談で。……あ、いや明莉ちゃんと会っていたのは本当だんだけどさ。……すまん。悠木は偽装とはいえ明莉ちゃんの彼氏だもんな。抜け駆けみたいに会っていたら気分悪くなるよな……」

 なお「偽装とはいえ」は余計である。 
 一方で「気分が悪くなる」はあながち間違っていない。

 ただ僕自身は二人が一緒にいたことをそこまで問題視していなかった。
 恋人にだってプライベートがあるし、男友達だっているだろう。
 それにいちいち目くじらを立てていたのでは、長い人生を共に暮すなど無理な話だ。
 だから「気分が悪くなる」にはなるが、それほどではなかった。

 抜け駆けの事実に傷ついていたのは、むしろ森さんの方だった。
 ただ森さんが水上にそのことを言ってほしくなさそうだったから、僕は何も言わない。

 ――人の色恋に首を突っ込むのは、デリカシーの無い行為なのだ。

「――一応聞くけれど、水上。明莉との間にやましいことは無いんだな?」
「当たり前だろ!? 俺がなんで親友の好きな子に手を出さなきゃいけないんだよ!?」

 心外だと言わんばかりに、水上は語気を荒げた。
 
「別に僕は疑っちゃいないよ。でも僕だけじゃないんだよ――見ていたのは」
「――だけじゃないって?」
「昨日の理科実験室も、金曜日の図書室から見た下校シーンも、森さんと一緒に見ていたから……。――森さん、ちょっと気にしてたからな?」

 まぁ、ちょっとどころじゃなんだけどな。
 森さんだって都合の良い彼女というわけではいのだ。

「あっ。……しまった」

 ようやく水上は、自分の過失に気づいたみたいで、口を開けたまま固まった。

「それで? その三回は……明莉と何をしていたんだよ?」

 僕が缶コーヒーを傾けてから尋ねる。

 水上は溜め息をついてから「説明するよ」と両手を上げた。――降参という体で。


 ※


 水上の話は、ほぼほぼ全て明莉から聞いた話と同じだった。

 僕が一緒に下校することをキャンセルして森さんとの勉強会を選んだ金曜日に、水上は明莉から突然声をかけられたのだという。――「もしよかったら相談に乗ってほしいの」と。

 遊園地で一緒に遊んで仲良くなった友達だから、水上は二つ返事でOKしたらしい。
 ――もともと水上は友人の悩み事を放っておけない気の良いやつなのだ。

 その日,バスケットボール部の練習は早引けだった。
 明莉は水上の部活が終わるまで待って、二人一緒に帰路についたという。

「――それじゃ相談は金曜日で終わったんじゃないのか? なんで日曜日に中央駅でデートしているんだよ?」
「だから金曜日の帰り道じゃ、ちゃんと相談できなかったんだって」

 駅までの道を歩きながらの相談では、ほとんど核心には触れられなかった。
 明莉も、どこまで話したものか? 水上も、どこまで踏み込んだものか? ――判断がつかなかったのだという。軽い気持ちで乗ることにした相談は――想像以上に複雑で、重い話だったのだ。

 そこで二人は日曜日に仕切り直すことにした。そして中央駅前の喫茶店で待ち合わせた。

 明莉の相談は秘密にしないといけない類のものだとわかったから、森さんには明莉と会うことさえ告げず、日曜日、水上は中央駅へと出かけた。
 ――それが森さんにさらなる不安を与えることになったのだけれど。

 日曜日の喫茶店で大体の告白や、相談は終わった。
 知らされた事実――明莉の秘密の恋人が真白先生だという事実にに水上は衝撃を受けた。
 でもその一方で、水上には今ひとつ実感はわかなかったという。

「正直なところ、――『本当かよ?』って思ったよ」

 だからは月曜日の放課後にそれぞれの場所に行って、現地で経緯説明をあらためて明莉から水上にすることになったのだ。つまり――ある意味での「現場検証」。

「――じゃあ日曜日はランチを食べた後にデートとかは?」
「してないよ! そういうところ疑わないでくれよ~。真っ直ぐ帰ったよ。……あ、二人で駅前の本屋には寄ったけど」
「いや、そのくらいは良いよ」

 僕はそこまで束縛する系の男子ではない。

 ――そして月曜日の放課後に至るわけだ。

 真白先生との馴れ初めの縁の部屋や、偽装恋愛が始まった放送部室などを訪れて、明莉は水上に経緯の全てを話したらしい。そして理科実験室にも立ち寄った。

「――それでどうだったんだ? 経緯を知って、水上はどう思った?」

 僕がそう尋ねると、水上は少し答えにくそうに視線をずらした。

「――正直な感想を言っていいか?」
「もちろん」

 全日本国民は表現の自由を持っている。
 そういう意味では水上が正直な感想を述べるのは自由だ。

「やっぱり今の明莉ちゃんの気持ちは真白先生にあるよ。――悠木の気持ちはわかるけどさ。……このまま偽装恋愛を続けても、悠木が消耗するだけだと思う」

 僕は缶コーヒーを強く握りしめた。
 硬いショート缶が少し凹んだ。

 ――水上もか? 水上もこの下らない現実を認めるのか?
 この世界線を許すというのか!?
 お前までもがその世界線に与するというのか?
 真白先生が描く世界線に――。

 それに水上――、僕はまだ、お前の懺悔を聞いてはいない。

 経緯はどうであれ、昨日の出来事は出来事なのだ。
 お前がどれほど無邪気に否定しても――あの事実は消えないのだ。

「最後にもう一度だけ聞いても良いか?」
「ああ、……なんだ?」

 あらためて息を吸う。

「――水上は、昨日の放課後――明莉と理科実験室で何をしていたんだ?」

 初めの質問に戻る。
 それは一番核心的であり、そして最も罪状にまみれた疑惑だった。

「――だから昨日の理科実験室は現場検証の一環で……」
「ただの現場検証で教室の鍵をかけて、鍵をかけた教室のなかで、お前はチンポを出すのか? ――それも、明莉の目の前に」
「なっ……お、お前っ! まさか見て――」

 水上は否定しなかった。
 それどころか反射的に肯定していた。

 つまり僕が見たあの光景――明莉が跪き、水上がファスナーから肉棒を溢れ出させたあの光景。
 それは僕の見間違えではなくて確かに存在した出来事だった。

「――説明してくれるな? 水上」

 水上洋平は困惑気味に唇を噛み締めた。

 それは僕の中で――水上への有罪判決が下った瞬間だった。
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