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第七章 帰路
帰路(6)
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――真白先生が明莉と本当に付き合っているのか?
香奈恵さんの疑問に、僕はハッとする。顔を上げる。
自分がどこか違う世界線に立っているような気が一瞬した。
真白先生と明莉とが付き合っていない世界線。
明莉がまだ処女で、僕がただ彼女に純愛を捧げればよい。
そんな青春ドラマみたいな世界線を――。
でもそれは違う。それは現実ではない。
それが現実ならばどれほどよかったか――。
僕は見たのだ。理科実験室で明莉が真白先生の肉棒を咥えているところを。
僕は聞いたのだ。明莉が真白先生とセックスをしたという言葉を。
はっきりと。この目で。この耳で。
真白香奈恵はただ、それを直接見てはいない。聞いてはいないのだ。
その差異が、彼女の世界認識を揺るがせている。
その差異が。僕の従順な下僕に迷いを生んでいる。
――ならばその世界を安定させて、迷いを断ち切らねばならない。
僕がただ篠宮明莉を――自らの人生の伴侶とするために。
「――付き合っていますよ。僕は何度も見ましたから、そして聞きましたから。――あの動画だって見せたでしょう? ――香奈恵さん」
「……だよね。ごめん。ちょっとEL-SPYで取れる情報があまりに肩透かしだったから。ちょっと気になっちゃって」
「いえ、……こちらこそすみません。――もう少し様子を見ましょう」
香奈恵さんはこくりと頷いた。
これは思いの外、長期戦になるかもしれないな――と思った。
「でもEL-SPYって本当に凄いんだね。高性能というか、優秀というか」
「本当ですね。基本的には両者の合意の上でのインストールが前提らしいですが。勝手にインストールして利用したら、追跡、盗聴、盗撮し放題って感じですよね。――僕も香奈恵さんに首輪をつけたみたいで楽しいですよ」
「――喜んでもらって何よりよ」
香奈恵さんは口角を上げて、淫靡に微笑んだ。
僕は彼女を裸にしている。彼女のプライベートはスマートフォン越しに全て僕に筒抜けてで、それを前提に僕は彼女と話し、彼女はそれを前提に僕に応じているのだ。
「――ねぇ、昨日のお風呂上がりの写真とか見てくれた?」
瞳を潤ませて香奈恵さんは僕のことを見上げる。手のひらは僕の胸に添えられていた。
「ええ、見ましたよ。EL-SPYでこっそりね。……でも、あれってわざとでしょ? 僕が見るって分かっていて撮りましたよね?」
「ふふふ。分かっちゃった? 私の撮る写真も動画もすべて筒抜けなんだよね? EL-SPYで私は悠木くんに繋がっているから。私の全ては――あなたに捧げられているわけよね?」
左手のひらが僕の右頬に添えられた。彼女の表面を輝かせた瞳が僕をみつめている。
そこでふと僕は、感じていた違和感を思い出した。
「――ところで今日って、どうして駅前にいたんですか? しかも僕らと遭遇するなんて、凄い偶然だなと思うんですけれど? 学校に用事でもあったんですか?」
「――そう思う?」
底の見えない昏い目で、香奈恵さんは僕を試すみたいに問いかける。
正直、――そうは思わなかった。
学校に用事があったのならば、歩いていた方向からして今から学校へ向かうはずだ。それならばこうやって僕らと時間を潰しているのはおかしい。
街中に買い物に来ていたというのも理屈に合わない。この駅前と真白先生と香奈恵さんの家がある街の駅前の栄え方は変わらない。中央駅の方に行くならまだしも、わざわざこんな場所に出てくる理由がない。
「思いませんけど。――もしかして、香奈恵さん……僕に会いに来たんですか? あと――もしかしたら明莉にも?」
僕の質問に香奈恵さんは美しい顔を歪めてニヤリと笑った。
それは明らかな肯定であり、明らかな作為を感じさせるものだった。
「――ふふっ。明莉さんに会えたのは僥倖だったけれど、……悠木くんに会いたかったのは本当よ? さっきも言ったじゃない?」
確かにさっき「会いたかった」と言われた。――言葉通りの意味だったわけだ。
「――でもどうして僕らが駅に着くタイミングが分かったんですか?」
終業時間からそのまま帰ることが分かっていたのであれば、まだ予測は可能かもしれない。でも今日は三〇分ほどあった明莉の用事を待ってから、帰ってきたのだ。
その条件にも当たらない。
じゃあ三〇分も彼女は屋外で僕らのことを待っていたのだろうか?
――とてもそういう風には見えなかった。
駅前で声を掛けてきた彼女はちょうど通りかかったみたいに、自然だったから。
僕が疑問符を浮かべると、彼女は脇に置いていた薄いピンク色のスマートフォンを手にとって、画面をスワイプした。そして何度か画面をタップして何かのアプリを立ち上げる。
そして開いたアプリの画面を僕に向かって、掲げてみせた。
そこには見慣れたスマホの地図が表示されていて、その中心には駅前の複合施設――今僕たちがいる建物が表示されていた。
そしてその上に現在位置を表す青い丸が表示されていた。
でもそのアプリは通常の地図アプリではなかった。
見覚えのあるアプリ。GPSの位置座標を表すその地図を囲むウインドウの枠には、そのアプリの名称がはっきりと記載されていた。
――EL-SPY VIEWER
「――EL-SPYって本当に便利よね? 自分が会いたい人の位置が、こうやってどこに居たってわかるんだから。――本当に……会いたくなったから……来たんだよ。悠木くん?」
自分のスマートフォンを取り出す。急いで画面をスワイプしてロックを解除した。
そしてアプリの検索画面から。目的のアプリを検索する。
そうすると――ヒットした。
アプリをタップして起動する。パスコードを求められる。
自分のパスコードを入力する。ロックが解除されない。
そのEL-SPYは――自分が入れたアプリではなかった。
驚いて顔を上げる。
薄いピンク色のスマートフォンを掲げる真白香奈恵は幸せそうな微笑を浮かべていた。
「――私も君とちゃんと、繋がりたかったんだ」
僕の黒いスマートフォンには、EL-SPYが知らない間に埋め込まれていた。
僕の下僕だったはずの女――真白香奈恵によって。
香奈恵さんの疑問に、僕はハッとする。顔を上げる。
自分がどこか違う世界線に立っているような気が一瞬した。
真白先生と明莉とが付き合っていない世界線。
明莉がまだ処女で、僕がただ彼女に純愛を捧げればよい。
そんな青春ドラマみたいな世界線を――。
でもそれは違う。それは現実ではない。
それが現実ならばどれほどよかったか――。
僕は見たのだ。理科実験室で明莉が真白先生の肉棒を咥えているところを。
僕は聞いたのだ。明莉が真白先生とセックスをしたという言葉を。
はっきりと。この目で。この耳で。
真白香奈恵はただ、それを直接見てはいない。聞いてはいないのだ。
その差異が、彼女の世界認識を揺るがせている。
その差異が。僕の従順な下僕に迷いを生んでいる。
――ならばその世界を安定させて、迷いを断ち切らねばならない。
僕がただ篠宮明莉を――自らの人生の伴侶とするために。
「――付き合っていますよ。僕は何度も見ましたから、そして聞きましたから。――あの動画だって見せたでしょう? ――香奈恵さん」
「……だよね。ごめん。ちょっとEL-SPYで取れる情報があまりに肩透かしだったから。ちょっと気になっちゃって」
「いえ、……こちらこそすみません。――もう少し様子を見ましょう」
香奈恵さんはこくりと頷いた。
これは思いの外、長期戦になるかもしれないな――と思った。
「でもEL-SPYって本当に凄いんだね。高性能というか、優秀というか」
「本当ですね。基本的には両者の合意の上でのインストールが前提らしいですが。勝手にインストールして利用したら、追跡、盗聴、盗撮し放題って感じですよね。――僕も香奈恵さんに首輪をつけたみたいで楽しいですよ」
「――喜んでもらって何よりよ」
香奈恵さんは口角を上げて、淫靡に微笑んだ。
僕は彼女を裸にしている。彼女のプライベートはスマートフォン越しに全て僕に筒抜けてで、それを前提に僕は彼女と話し、彼女はそれを前提に僕に応じているのだ。
「――ねぇ、昨日のお風呂上がりの写真とか見てくれた?」
瞳を潤ませて香奈恵さんは僕のことを見上げる。手のひらは僕の胸に添えられていた。
「ええ、見ましたよ。EL-SPYでこっそりね。……でも、あれってわざとでしょ? 僕が見るって分かっていて撮りましたよね?」
「ふふふ。分かっちゃった? 私の撮る写真も動画もすべて筒抜けなんだよね? EL-SPYで私は悠木くんに繋がっているから。私の全ては――あなたに捧げられているわけよね?」
左手のひらが僕の右頬に添えられた。彼女の表面を輝かせた瞳が僕をみつめている。
そこでふと僕は、感じていた違和感を思い出した。
「――ところで今日って、どうして駅前にいたんですか? しかも僕らと遭遇するなんて、凄い偶然だなと思うんですけれど? 学校に用事でもあったんですか?」
「――そう思う?」
底の見えない昏い目で、香奈恵さんは僕を試すみたいに問いかける。
正直、――そうは思わなかった。
学校に用事があったのならば、歩いていた方向からして今から学校へ向かうはずだ。それならばこうやって僕らと時間を潰しているのはおかしい。
街中に買い物に来ていたというのも理屈に合わない。この駅前と真白先生と香奈恵さんの家がある街の駅前の栄え方は変わらない。中央駅の方に行くならまだしも、わざわざこんな場所に出てくる理由がない。
「思いませんけど。――もしかして、香奈恵さん……僕に会いに来たんですか? あと――もしかしたら明莉にも?」
僕の質問に香奈恵さんは美しい顔を歪めてニヤリと笑った。
それは明らかな肯定であり、明らかな作為を感じさせるものだった。
「――ふふっ。明莉さんに会えたのは僥倖だったけれど、……悠木くんに会いたかったのは本当よ? さっきも言ったじゃない?」
確かにさっき「会いたかった」と言われた。――言葉通りの意味だったわけだ。
「――でもどうして僕らが駅に着くタイミングが分かったんですか?」
終業時間からそのまま帰ることが分かっていたのであれば、まだ予測は可能かもしれない。でも今日は三〇分ほどあった明莉の用事を待ってから、帰ってきたのだ。
その条件にも当たらない。
じゃあ三〇分も彼女は屋外で僕らのことを待っていたのだろうか?
――とてもそういう風には見えなかった。
駅前で声を掛けてきた彼女はちょうど通りかかったみたいに、自然だったから。
僕が疑問符を浮かべると、彼女は脇に置いていた薄いピンク色のスマートフォンを手にとって、画面をスワイプした。そして何度か画面をタップして何かのアプリを立ち上げる。
そして開いたアプリの画面を僕に向かって、掲げてみせた。
そこには見慣れたスマホの地図が表示されていて、その中心には駅前の複合施設――今僕たちがいる建物が表示されていた。
そしてその上に現在位置を表す青い丸が表示されていた。
でもそのアプリは通常の地図アプリではなかった。
見覚えのあるアプリ。GPSの位置座標を表すその地図を囲むウインドウの枠には、そのアプリの名称がはっきりと記載されていた。
――EL-SPY VIEWER
「――EL-SPYって本当に便利よね? 自分が会いたい人の位置が、こうやってどこに居たってわかるんだから。――本当に……会いたくなったから……来たんだよ。悠木くん?」
自分のスマートフォンを取り出す。急いで画面をスワイプしてロックを解除した。
そしてアプリの検索画面から。目的のアプリを検索する。
そうすると――ヒットした。
アプリをタップして起動する。パスコードを求められる。
自分のパスコードを入力する。ロックが解除されない。
そのEL-SPYは――自分が入れたアプリではなかった。
驚いて顔を上げる。
薄いピンク色のスマートフォンを掲げる真白香奈恵は幸せそうな微笑を浮かべていた。
「――私も君とちゃんと、繋がりたかったんだ」
僕の黒いスマートフォンには、EL-SPYが知らない間に埋め込まれていた。
僕の下僕だったはずの女――真白香奈恵によって。
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