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第五章 初体験
初体験(1)
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明莉と一緒に遊園地に行った日曜日から一夜明けて月曜日。
僕は学校を早退することにした。
あんまり授業を聞いているって気分でも無かったから。
――それに早く準備したいこともあった。
教室で「保健室に行く」と言うと明莉は「大丈夫? 昨日、寒かったから冷えたんじゃないかな?」と心配そうに眉を寄せた。とりあえず明莉には「体は大丈夫だと思う」と返しておいた。
いろいろ冷えたのだけど、それは冬のせいじゃない。
ダブルデートは良い面半分、悪い面半分といったところだった。
不発に終わった「恋人ごっこ」。そのビターエンドは間違いなく辛い側面だった。
でも昨日四人で行った遊園地の全てが無意味だったと言うつもりはない。
明莉と森さんや水上が仲良くなって、彼女に友達が出来たのは良いことだ。
僕も予期せず森さんと仲良くなった。
水上の空気の読めなさとか、明莉の天然さとか、いろいろ問題はあった。
それでもまた四人組で遊びに行っても良いかな、と思うのは本心だ。
でも最後、夢の世界から醒める瞬間――明莉と別れる時の、キスの下り。
――あれはやっぱり激痛だった。
ただそれであらためて気付いたのだ。
結局は真白先生という腫瘍を取り除かなければ、――何も変わらないと。
その腫瘍を取り除かない限り、僕という正しい相手の元へ、明莉は来られないらしい。
――だから――より積極的に動く必要がある。――自分から、能動的に。
ただ相手はあの真白先生である。
頭の切れる物理教師で放送部の顧問。
もともと食えない先生だとは思っていた。
でも一連の応酬を通して、余計に底の見えない先生だと思うようになった。
脅迫にも似た圧は掛けて、二人の不純異性交遊が発展しないよう抑制してはいる。
対策は打った。防壁は立てた。
でも今のままじゃ、いつ突破されるかわからない。
だから明莉を守る盾はより堅牢に、敵を打ち滅ぼす槍はより鋭くする必要がある。
僕の持つ最大のカードはあの日の動画。
真白先生も明莉もあの動画は「消されている」と今は信じている。
その存在を相手が知らないからこそ――こちらには様々な打ち手が存在するのだ。
使い方次第でより有効なカードになる。
そういう意味でも、僕はあの動画カードを軽々に使いたくはなかった。
校長先生や教育委員会へ動画を軽率に提出するのは、現時点なら愚策だろう。
たしかに真白先生の立場を脅かす一大スキャンダルにはなる。
しかし結果として真白先生だけでなく、きっと明莉の人生も断ち切ってしまう。
僕の伴侶として末永く暮らしていく明莉の人生をもだ。
そもそも校長先生や教育委員会が、動画を適切かつ有効に使ってくれるとも限らない。
だからこれは「最後のカード」。
動画の直接的使用という安直な方法は今僕が取るべき選択肢ではない。
僕は動画の間接的使用によって、真白先生を追い詰めないといけないのだ。
もっと創造的に、もっと知的に。
※
昼休み始まる前の四時間目に保健室に向かった。
保健室では小石川稔里先生が、いつもどおり一人でブラブラとしていた。
「先生、暇なんですか?」
「――そう見える?」
「まぁ、『特にやることないから、薬品や書類の整理でもしていようかしら』ってように見えます」
「――悠木くん、探偵でもやってた?」
「いえ」
「じゃあ、エスパーでもやっていたのかな?」
「いいえ。それはやっていませんが『保健室登校』なら半年くらいやっていましたよ?」
僕がおどけてみせると、小石川先生は「それだ」と人差し指を立てて見せた。
相変わらずノリの良い先生である。
二年生になってから半年程、僕は保健室登校をしていた。
だから毎日、小石川先生とは顔を合わせていた。
小石川先生がどんな仕事をしていて、どんな風にそれをやるのか。
保健室登校の時間が長くなるにつれて、そういうことを自然と知っていったのだ。
だから小石川先生のことなら、僕はちょっとばかり詳しい――気がする。
「で、こんな授業中に、何の用事? 体調不良? それとも精神的な方?」
小石川稔里先生は、養護教諭の席に座ると椅子を回す。
そうやってパイプ椅子に座る僕の方へと向いた。
「まぁ、両方ですかね。精神的なものが中心ですけど、思春期の悩みと呼ばれる『若者特有の病気』の可能性もあります」
「――あら、それは大変。でもそれなら来る部屋を間違えているかもしれないわよ? ここは保健室であって、カウンセリングルームじゃないから」
「うちの学校、カウンセリングルームなんてありましたっけ?」
「――無かったっけ?」
小石川先生は肩を竦めて、わざとらしく舌を出して見せた。
白衣の下に着た縦セーターの胸元が、優しく強調される。
「じゃあ、あれだ。進路相談室? ――えっと正式には生徒指導室かな?」
「呼び出されもしないのにあんな部屋に行く生徒がいたら真性のマゾヒストですよ。第一、僕の悩みが進路に関するものだって、――本当に思っています?」
溜息を吐く。
こういう小石川先生とのどこにも辿り着かない会話は嫌いじゃない。
先生は捉えようがなくて、でも優しくて。
現実から乖離した空虚な遊びみたいな会話で、僕を弄んでくれるのだ。
「――悠木くん。青春の悩みの多くはね、全て人生の『進路』に関するものなのよ? ――広い意味ではね」
「……広すぎるでしょ」
人間は未来に悩む生き物だからして、それは間違ってはいないのかもしれないけれど。
「それで悠木くんは何の用かな? 相談かな? 授業中に優しくて綺麗な私に会って、癒やされようって思ってやってきただけじゃないでしょ?」
なぜだか勝手に僕の動機の一つが捏造されている。
まぁ、それもきっと嘘じゃ無いのだけれど。
小石川先生がいるから、僕はこの部屋に足を運ぶのである。
彼女がこの部屋にいなければ、僕がこうも頻繁に保健室に来たとは思えない。
彼女がいなければ、僕がまだこの高校に在籍していたのかさえ、疑わしいわけであり。
「――はい。ちょっと調子が悪いから、早退しようかなと思って……」
「――そっか」
パイプ椅子に座って俯く僕の顔を、小石川先生は覗き込み、優しく微笑んだ。
何も言わずに上体を起こすと、先生は机の上のトレイから白い用紙を取り出す。
ペンを手に取り、その上にサラサラと記入していった。
僕には何も言わず、聞かず、――無言で。
「――はい。早退届。悠木くんもサインして」
「……いつもありがとうございます」
「気にしない、気にしない」
渡されたボードの上で、僕は自分の名前を記入する。
記入を終えると、渡されたペンと一緒に小石川先生に返した。
「――じゃあ、職員室へは私から出しておくから。……そのほうがいいでしょ?」
「――はい。お願いします」
僕は小さく頭を下げた。
保健室登校だった秋口まで、何度となく早退した。
初めのうちは毎回色々と理由を考えたり、病状に関する所見をお願いしたりした。
でもいつの日か、小石川先生が言ってくれたのだ。
『そんなの適当でいいわよ』――って。
それ以来、随分と気持ちが軽くなった。
辛くなったらこの部屋の扉を叩けばいい。
そうすれば小石川先生がいる。
そしてこの狭い檻から抜け出す鍵を渡してくれる。
――そう思えるようになった。
「でも悠木くんは、変に真面目よね」
「――真面目……ですか?」
首を傾げると、小石川先生は「そう、真面目」と頷いた。
「授業サボる子は、保健室なんかに立ち寄らないわよ? 早退届なんて出さずにしれっとトンズラするんだから」
「――そう……かもしれないですね」
どうやら今日が体調不良ではなく、サボりなのだということはバレていたらしい。
さすが小石川先生。――まるっと全部お見通しなわけだ。
でも――
「――でも、サボりたくなる理由にはちゃんと心理的な動機があって、それと君自身と分かちがたく繋がっているなら――きっとそれは、君が罹っている『若者特有の病気』なんだよ」
――全部言われた。
敵わないなぁ。
この先生には敵わないなぁって思う。
お礼を言うと、僕は保健室を後にした。
扉口で振り返ると小石川先生が小さく手を振っていた。
※
校門を出ると駅へと向かう。
ちょっと思うところがあって、家に向かうのとは逆方向の電車に乗る。
街の中央駅で下車。駅前の家電量販店に向かった。
目的のものを見つけて購入。
必ず必要かというとそうではないけれど、慎重を期すなら持っておきたいものだった。
家電量販店の上階層にあるレストラン街に上がる。
休日は混み合うレストラン街も平日の昼間は人並みもまばらだった。
僕は一人でパスタ屋さんに入って、ランチセットを頼んだ。
アイスコーヒーも付けて。――冬だけど。
昼ご飯を食べながらスマホを取り出してLINEを操作。
いくつかのメッセージを送る。短文のやり取り。
途中で地図アプリ立ち上げて、住所を検索してURLを送った。
向こうから同意の旨を伝えるメッセージが届いて、僕はスマホをポケットへとしまった。
それから僕はまた電車に乗って、自宅へと帰った。
家につくと昼の二時頃になっていた。
鍵を開けて入ったわが家には、やっぱり誰もいなかった。
母親の悠木奈那は今日もまた外出で、遅くなると言っていた。
――まったく、何をやっているんだか。
僕は顔を洗って、制服を脱ぐと、私服へと着替える。
一息ついて深呼吸すると、僕は鞄の中から家電量販店で買った小箱取り出した。
開封すると、電源ケーブルをコンセントに差し込んで、充電をしながら起動する。
初期設定。――そして僕は目的に向けた準備を開始した。
一時間以上は夢中で設定していただろうか。
何度か自分自身のスマホの画面を見ながら、動作確認を続ける。
思っていた以上の機能、性能。これは――有用だ。
昨夜インターネットで調べていた時から期待はしていた。
けれど、これほどまでだとは思っていなかった。
僕は口元に浮かぶ笑みを抑えられなかった。
――その時、来客を告げる家のインターホンが鳴った。
僕は「はいー、今出ますー!」と声を張る。
さっきまで触っていた機器一式を机の上に一旦置いて、玄関口へと向かった。
クロックスのサンダルを履いて、玄関扉を外開きに開く。
扉と枠の隙間から、外の明るい光が差し込んでくる。
僕は少し眩しくて目を細める。
開いた扉の向こうには、一人の女性が立っていた。
ベージュ色のスタンドカラーコートに身を包んだ髪の長い女性。
「――久しぶり、悠木くん」
それは彼女の家の外では初めて見る――真白香奈恵だった。
僕は学校を早退することにした。
あんまり授業を聞いているって気分でも無かったから。
――それに早く準備したいこともあった。
教室で「保健室に行く」と言うと明莉は「大丈夫? 昨日、寒かったから冷えたんじゃないかな?」と心配そうに眉を寄せた。とりあえず明莉には「体は大丈夫だと思う」と返しておいた。
いろいろ冷えたのだけど、それは冬のせいじゃない。
ダブルデートは良い面半分、悪い面半分といったところだった。
不発に終わった「恋人ごっこ」。そのビターエンドは間違いなく辛い側面だった。
でも昨日四人で行った遊園地の全てが無意味だったと言うつもりはない。
明莉と森さんや水上が仲良くなって、彼女に友達が出来たのは良いことだ。
僕も予期せず森さんと仲良くなった。
水上の空気の読めなさとか、明莉の天然さとか、いろいろ問題はあった。
それでもまた四人組で遊びに行っても良いかな、と思うのは本心だ。
でも最後、夢の世界から醒める瞬間――明莉と別れる時の、キスの下り。
――あれはやっぱり激痛だった。
ただそれであらためて気付いたのだ。
結局は真白先生という腫瘍を取り除かなければ、――何も変わらないと。
その腫瘍を取り除かない限り、僕という正しい相手の元へ、明莉は来られないらしい。
――だから――より積極的に動く必要がある。――自分から、能動的に。
ただ相手はあの真白先生である。
頭の切れる物理教師で放送部の顧問。
もともと食えない先生だとは思っていた。
でも一連の応酬を通して、余計に底の見えない先生だと思うようになった。
脅迫にも似た圧は掛けて、二人の不純異性交遊が発展しないよう抑制してはいる。
対策は打った。防壁は立てた。
でも今のままじゃ、いつ突破されるかわからない。
だから明莉を守る盾はより堅牢に、敵を打ち滅ぼす槍はより鋭くする必要がある。
僕の持つ最大のカードはあの日の動画。
真白先生も明莉もあの動画は「消されている」と今は信じている。
その存在を相手が知らないからこそ――こちらには様々な打ち手が存在するのだ。
使い方次第でより有効なカードになる。
そういう意味でも、僕はあの動画カードを軽々に使いたくはなかった。
校長先生や教育委員会へ動画を軽率に提出するのは、現時点なら愚策だろう。
たしかに真白先生の立場を脅かす一大スキャンダルにはなる。
しかし結果として真白先生だけでなく、きっと明莉の人生も断ち切ってしまう。
僕の伴侶として末永く暮らしていく明莉の人生をもだ。
そもそも校長先生や教育委員会が、動画を適切かつ有効に使ってくれるとも限らない。
だからこれは「最後のカード」。
動画の直接的使用という安直な方法は今僕が取るべき選択肢ではない。
僕は動画の間接的使用によって、真白先生を追い詰めないといけないのだ。
もっと創造的に、もっと知的に。
※
昼休み始まる前の四時間目に保健室に向かった。
保健室では小石川稔里先生が、いつもどおり一人でブラブラとしていた。
「先生、暇なんですか?」
「――そう見える?」
「まぁ、『特にやることないから、薬品や書類の整理でもしていようかしら』ってように見えます」
「――悠木くん、探偵でもやってた?」
「いえ」
「じゃあ、エスパーでもやっていたのかな?」
「いいえ。それはやっていませんが『保健室登校』なら半年くらいやっていましたよ?」
僕がおどけてみせると、小石川先生は「それだ」と人差し指を立てて見せた。
相変わらずノリの良い先生である。
二年生になってから半年程、僕は保健室登校をしていた。
だから毎日、小石川先生とは顔を合わせていた。
小石川先生がどんな仕事をしていて、どんな風にそれをやるのか。
保健室登校の時間が長くなるにつれて、そういうことを自然と知っていったのだ。
だから小石川先生のことなら、僕はちょっとばかり詳しい――気がする。
「で、こんな授業中に、何の用事? 体調不良? それとも精神的な方?」
小石川稔里先生は、養護教諭の席に座ると椅子を回す。
そうやってパイプ椅子に座る僕の方へと向いた。
「まぁ、両方ですかね。精神的なものが中心ですけど、思春期の悩みと呼ばれる『若者特有の病気』の可能性もあります」
「――あら、それは大変。でもそれなら来る部屋を間違えているかもしれないわよ? ここは保健室であって、カウンセリングルームじゃないから」
「うちの学校、カウンセリングルームなんてありましたっけ?」
「――無かったっけ?」
小石川先生は肩を竦めて、わざとらしく舌を出して見せた。
白衣の下に着た縦セーターの胸元が、優しく強調される。
「じゃあ、あれだ。進路相談室? ――えっと正式には生徒指導室かな?」
「呼び出されもしないのにあんな部屋に行く生徒がいたら真性のマゾヒストですよ。第一、僕の悩みが進路に関するものだって、――本当に思っています?」
溜息を吐く。
こういう小石川先生とのどこにも辿り着かない会話は嫌いじゃない。
先生は捉えようがなくて、でも優しくて。
現実から乖離した空虚な遊びみたいな会話で、僕を弄んでくれるのだ。
「――悠木くん。青春の悩みの多くはね、全て人生の『進路』に関するものなのよ? ――広い意味ではね」
「……広すぎるでしょ」
人間は未来に悩む生き物だからして、それは間違ってはいないのかもしれないけれど。
「それで悠木くんは何の用かな? 相談かな? 授業中に優しくて綺麗な私に会って、癒やされようって思ってやってきただけじゃないでしょ?」
なぜだか勝手に僕の動機の一つが捏造されている。
まぁ、それもきっと嘘じゃ無いのだけれど。
小石川先生がいるから、僕はこの部屋に足を運ぶのである。
彼女がこの部屋にいなければ、僕がこうも頻繁に保健室に来たとは思えない。
彼女がいなければ、僕がまだこの高校に在籍していたのかさえ、疑わしいわけであり。
「――はい。ちょっと調子が悪いから、早退しようかなと思って……」
「――そっか」
パイプ椅子に座って俯く僕の顔を、小石川先生は覗き込み、優しく微笑んだ。
何も言わずに上体を起こすと、先生は机の上のトレイから白い用紙を取り出す。
ペンを手に取り、その上にサラサラと記入していった。
僕には何も言わず、聞かず、――無言で。
「――はい。早退届。悠木くんもサインして」
「……いつもありがとうございます」
「気にしない、気にしない」
渡されたボードの上で、僕は自分の名前を記入する。
記入を終えると、渡されたペンと一緒に小石川先生に返した。
「――じゃあ、職員室へは私から出しておくから。……そのほうがいいでしょ?」
「――はい。お願いします」
僕は小さく頭を下げた。
保健室登校だった秋口まで、何度となく早退した。
初めのうちは毎回色々と理由を考えたり、病状に関する所見をお願いしたりした。
でもいつの日か、小石川先生が言ってくれたのだ。
『そんなの適当でいいわよ』――って。
それ以来、随分と気持ちが軽くなった。
辛くなったらこの部屋の扉を叩けばいい。
そうすれば小石川先生がいる。
そしてこの狭い檻から抜け出す鍵を渡してくれる。
――そう思えるようになった。
「でも悠木くんは、変に真面目よね」
「――真面目……ですか?」
首を傾げると、小石川先生は「そう、真面目」と頷いた。
「授業サボる子は、保健室なんかに立ち寄らないわよ? 早退届なんて出さずにしれっとトンズラするんだから」
「――そう……かもしれないですね」
どうやら今日が体調不良ではなく、サボりなのだということはバレていたらしい。
さすが小石川先生。――まるっと全部お見通しなわけだ。
でも――
「――でも、サボりたくなる理由にはちゃんと心理的な動機があって、それと君自身と分かちがたく繋がっているなら――きっとそれは、君が罹っている『若者特有の病気』なんだよ」
――全部言われた。
敵わないなぁ。
この先生には敵わないなぁって思う。
お礼を言うと、僕は保健室を後にした。
扉口で振り返ると小石川先生が小さく手を振っていた。
※
校門を出ると駅へと向かう。
ちょっと思うところがあって、家に向かうのとは逆方向の電車に乗る。
街の中央駅で下車。駅前の家電量販店に向かった。
目的のものを見つけて購入。
必ず必要かというとそうではないけれど、慎重を期すなら持っておきたいものだった。
家電量販店の上階層にあるレストラン街に上がる。
休日は混み合うレストラン街も平日の昼間は人並みもまばらだった。
僕は一人でパスタ屋さんに入って、ランチセットを頼んだ。
アイスコーヒーも付けて。――冬だけど。
昼ご飯を食べながらスマホを取り出してLINEを操作。
いくつかのメッセージを送る。短文のやり取り。
途中で地図アプリ立ち上げて、住所を検索してURLを送った。
向こうから同意の旨を伝えるメッセージが届いて、僕はスマホをポケットへとしまった。
それから僕はまた電車に乗って、自宅へと帰った。
家につくと昼の二時頃になっていた。
鍵を開けて入ったわが家には、やっぱり誰もいなかった。
母親の悠木奈那は今日もまた外出で、遅くなると言っていた。
――まったく、何をやっているんだか。
僕は顔を洗って、制服を脱ぐと、私服へと着替える。
一息ついて深呼吸すると、僕は鞄の中から家電量販店で買った小箱取り出した。
開封すると、電源ケーブルをコンセントに差し込んで、充電をしながら起動する。
初期設定。――そして僕は目的に向けた準備を開始した。
一時間以上は夢中で設定していただろうか。
何度か自分自身のスマホの画面を見ながら、動作確認を続ける。
思っていた以上の機能、性能。これは――有用だ。
昨夜インターネットで調べていた時から期待はしていた。
けれど、これほどまでだとは思っていなかった。
僕は口元に浮かぶ笑みを抑えられなかった。
――その時、来客を告げる家のインターホンが鳴った。
僕は「はいー、今出ますー!」と声を張る。
さっきまで触っていた機器一式を机の上に一旦置いて、玄関口へと向かった。
クロックスのサンダルを履いて、玄関扉を外開きに開く。
扉と枠の隙間から、外の明るい光が差し込んでくる。
僕は少し眩しくて目を細める。
開いた扉の向こうには、一人の女性が立っていた。
ベージュ色のスタンドカラーコートに身を包んだ髪の長い女性。
「――久しぶり、悠木くん」
それは彼女の家の外では初めて見る――真白香奈恵だった。
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