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第四章 遊園地
遊園地(3)
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冬の遊園地はよく晴れていた。時おり木枯らしが優しく吹く。
僕は両手をコートのポケットに突っ込んで、首を引っ込めた。
斜め前を歩いている恋人ごっこの相手役――篠宮明莉の横顔を、眺める。
僕の虚構の恋人が、今は男友達と仲良さそうに話している。
誰とでも垣根なく話すイケメン――水上洋平は僕の幼馴染に屈託ない笑顔向けていた。
明莉は人見知りをする方で、誰とでもすぐに打ち解けるタイプではない。
だから彼女の見せている笑顔は、水上のコミュニケーション能力の成す技なのだと思う。
「楽しいね、悠木くん!」
「――うん、……そうだね」
僕の隣には水上の恋人である森美樹が歩いている。
黒いスキニーパンツにだぼっとした灰色のパーカー。
学校で見るよりも彼女はなんだか大人っぽく見えた。
背中まで伸びた茶色の髪が歩くたびにくるくると踊っている。
「あーし、この四人って結構イイ組み合わせだと思うんだよね~」
「そう? ――うん、まぁ、そうかな?」
歩きながら元気な目を輝かせて僕を見上げる森さん。
あまりに純朴で人懐っこいその笑顔は、まるで質の良い演技みたいだ。
でもこれが天然っぽい彼女の性質なんだろうな、となんとなく理解した。
――四人は結構イイ組み合わせ。
確かにそんな感じはする。正直、自分でも今日は楽しめている方だと思う。
そういうことを意識せずにいられることこそ、自然体で楽しんでいる証拠なのだ。
それでも、どうして僕の隣には明莉でなくて、森さんがいるのだろう?
そして、僕はどうして彼女とこんな話をしているのだろうと?
――そうは思うのだけれど。
※
四人でやってきた日曜日の遊園地は、適度に賑わっていた。
人は多すぎるわけでも少なすぎるわけでもない。
アトラクションには少し並べば入れたし、乗り物には四人一緒で乗ることができた。
恋人同士の水上と森さん。
恋人ごっこの僕と明莉。
「今日は僕と明莉は――恋人ごっこ、で行くから」
朝合流した時に、とりあえず宣言した。
「お、いいねぇ。じゃあ、ダブルデートじゃん」
「あ、いーなー。篠宮さん、今日はよろしくね!」
水上と森さんは、疑問も投げかけずに自然な感じで乗っかってきた。
「今日はよろしくおねがいします。えっと、――秋翔くんとは幼馴染なので、恋人ごっこって言っても、いつもと変わらない気もしますけど……。でも久しぶりの遊園地なので、楽しみたいと思います」
何故か握りこぶしを作って所信表明する明莉に、森さんが抱きついた。
「篠宮さん、堅い~! そして可愛い!」
栗色髪の少女に正面から抱きつかれて、明莉は困惑気味の表情を浮かべた。
「え……そうかな? ――可愛い?」
「うん、ピンクのコートだって可愛いし、全体の雰囲気もとてもイイよ! あーしが食べちゃいたいくらい! ニシシ!」
「――ありがとう、森さん」
森さんは明莉を離すと、人懐っこい笑みを浮かべて、明莉の顔を覗き込んだ。
「……ねぇ、篠宮さん。あーし、今日から篠宮さんのこと、明莉ちゃんって呼んでいい? あーしのことも美樹って呼んでくれていいからさ~」
「そ……そうね。うん、じゃあ、そう呼ばせてもらうね、美樹さん」
「美樹さん――か~。まぁ、いっか。うん、よろしくね、明莉ちゃん」
「……う、うん」
森さんはコートから出た明莉の両手を掴んで、何度か振った。
戸惑いながらも、明莉の表情が綻ぶのがわかった。
明莉は学校の成績も良くて、クラスの中では一目置かれているような存在。
だけど、女子のグループという意味では少し浮いたような存在だった。
――そのことを少し心配していた。
だからこういう風に森さんと仲良くなれるなら、それだけでもダブルデートの意味はあるのかな、――なんて思ってしまうのだ。
僕も本当にチョロい幼馴染である。
「あ、じゃあさ。俺も明莉ちゃんって呼んでいい?」
森さんの後ろから朗らかに、無邪気に、軽率に水上洋平が顔を出す。
その彼の言動に、僕は少しばかりの違和感を覚える。
でも、きっとそれは幼馴染の独占欲なのだ。
胸の奥から上がってきた感情を、僕は無言で抑え込んだ。
「……あ、はい。私は……水上くん、って呼ぶままでもいいですか?」
「うん、それは呼びやすい方で良いよ。じゃあ今日はよろしくね、――明莉ちゃん」
水上が自然体で差し出した右手に、明莉はおずおずと華奢な右手を重ねた。
少しだけ大きな男の手が、ゆっくりと彼女の手を包みこむ。
軽率に――僕の一日限りの恋人の手を。
「あ、じゃあ、悠木くんも、あーしのこと美樹って呼ぶ? 美樹ちゃんでもイイけど?」
「――いいよ、森さん、で」
「え~、なにそれ~。あーしが呼んでいいって言っているのに~」
森さんは頬を膨らませた。冗談っぽく、お芝居みたいに。
「なに? 悠木くんってば、冷静沈着クールメンなわけ?」
「……クールメンって」
クールな人間って意味だよね?
言われて嫌な属性じゃないけれど。
「まぁまぁ、美樹。悠木はこういう奴さ。……じゃあ、ま、そろそろ行こうか!」
そうやって、二組のカップルになった僕らの、一日ダブルデートが始まった。
※
午前中はテンポよくアトラクションを見て回ったり、乗り物に乗ったり。
童心に還った――なんて言ったら、まだお前ら高校生だろ、って突っ込まれるかも。
でも、僕らは本当に小学生か中学生みたいに遊んだ。――楽しかった。
二組のカップルによるダブルデート。
僕らは男女で隣り合って、夢の世界を歩いた。
朝の電車で「恋人ごっこ」だなんて意気込んだ。
でも結局、ペアになって歩く以外に、いつもと違うところはほとんどなかった。
本物の恋人同士である水上と森さんも、わざわざ手を繋いだりはしない。
だから偽物の恋人同士である僕らだけが、手を繋ぐのも躊躇われた。
遊園地の中のレストランでお昼ごはん。
それを終えると、僕らはまた園内へと繰り出した。
夕方まで頑張れば、乗りたかった乗り物とアトラクションは全て周れそうだ。
冬の空は晴れ渡り、冷たい空気の上から、暖かい太陽の光が差し込んでいた。
すっかりと打ち解けた僕らは、カップル関係も気にせずに遊園地を楽しみ始めた。
ダブルデートの組み合わせも、どこへやら。
僕と水上、明莉と森さんの組み合わせで急流すべりに乗ったり、僕と森さん、水上と明莉組み合わせでコーヒーカップに乗ったりした。――半ばふざけて、半ば無邪気に。
明莉と森さんが急流すべりに乗って二人組で悲鳴を上げる。
僕はその姿を眺める。
なんだか微笑ましくて、――良かった。
水上も隣で、二人の姿を、柵に肘を突きながら楽しそうに見ていた。
「……なぁ、悠木」
「――なんだ?」
急流すべりを終えて濡れた髪と服を拭きながら上がってくる女子二人。
彼女たちの姿を眺めながら、水上が口を開いた。
「篠宮明莉ちゃんって――やっぱり可愛いんだな。――悠木が好きになるの、分かるよ」
「……そりゃどうも」
幼馴染に対する突然の褒め言葉に、僕は何故だか照れた。
自分のことじゃないけれど。
明莉はどこかもう身内みたいで、褒められるのは、むず痒くて、照れくさかった。
「そりゃ、気になるよな。明莉ちゃんの気持ち。――悠木のこと、どう思っているのか?」
「……そう、だな」
水上には僕が明莉のことが好きなことはバレている。
――だからこそのダブルデートなのだ。
「ここはやっぱり知りたいところだよな。明莉ちゃんに誰か好きな男がいるのか? ――悠木のことをどう思っているのか?」
「――そうだな」
残念ながら、今、明莉が好きなのは、真白先生みたいだ。
僕はそれを知っている。
でも、もちろん水上には、そのことを言えない。
僕のことをどう思っているのか。
幼馴染に留まらず、男としてどう思っているのか。
――それはもちろん知りたかった。
「よしっ、俺に任せろ! この遊園地にいる間に、明莉ちゃんから、それとなく、きっと聞き出してみせるさ! うん」
「――まじか?」
水上は柵の手すりに両手を掛けて上体を反らすと、「まかせろ」と爽やかに笑った。
向こうからは服を濡らした明莉と森さんが、はしゃぎながら歩いてくる。
明莉の黒い髪は水に濡れていて、僕はなんだか艶めかしさを覚えた。
※
気づけば水上と明莉、森さんと僕という組み合わせで歩くことが増えていた。
ダブルデートにしては、変な流れだな思った。
でも、水上が明莉の気持ちを聞き出してくれるというのは、ありがたかった。
もちろん、彼女の本命が誰なのかという問いに対して、明莉は明言を避けるのだろう。
それでも、明莉が僕のことを――どう言うのか。それに興味があった。
想像するだけで――ドキドキした。
「――ね~、洋平! ちょっと休憩しない?」
森さんが手を挙げて、先を行く二人を呼び止める。
中央に大きな日時計が置かれた大きな円形の花壇の前。
空いていたベンチの前で、僕らは立ち止まった。
昼食を食べてから随分と歩いた。確かにそろそろ休憩時かもしれない。
何かを夢中で話していた二人は、立ち止まって振り返った。
休憩するなんて気が全然なかったのか、不思議そうな顔をしている。
でもあと一時間ちょっとで、帰る時間だ。
今日の仕上げ前の一休みをするには、妥当な時間だろう。
「――あーし、ちょっと疲れちゃったよう」
「……まぁ、僕もかな」
森さんが腰を下ろしたベンチに、僕も同意してカバンを下ろす。
水上と明莉の二人もテクテクと近寄ってきた。
冬の風のせいか、明莉の頬は、ほんのりと赤かった。
「――そうね。ちょっと休憩しましょうか」
「だな。もう結構遊んだし。――休憩してから、最後の仕上げかな?」
そう言って水上は振り返る。
視線の先には大きな観覧車があった。
この遊園地にやってくると、最後に必ず――観覧車に乗る。
それは僕らの中で、常識みたいなものだった。
三年前、中学演劇部の打ち上げで来たときには、明莉と二人で乗った。
「――あ、じゃあ、ちょっとその前に、その……お手洗い行ってきてもいいかな?」
コートのポケットに両手を入れたまま、明莉が少し恥ずかしそうに尋ねた。
僕は「もちろん」と頷いて返す。
「――あ、でも、一番近いところって、どこだろ?」
明莉が周囲を見回す。
遊園地の中にお手洗いは決して多くなくて、アトラクションの間に点在している。
水上がポケットから場内案内マップを取り出して、開いた。
「あぁ、今ここだから、最寄りは――ここだなぁ。ちょっと距離あるなぁ。……でも、ま、いっか。俺も行きたいから、一緒に行くよ、明莉ちゃん」
「――そう?」
「うん。ちょうど俺も行きたかったし。――あと小腹、減らね? そのトイレの近くにショップがあるからさ、ちょっとそこで何か買ってくるよ。二人の分もさ。――だから二人はここで休憩していてよ。――ちょっと時間かかるかもしれないし」
二人というのは、僕と森さんのことらしい。
特に問題は無かったから、僕は素直に頷いた。
「あぁ、わかった」
「――別に、イイけれど……」
隣の森さんが、ちょっと陰りある声を漏らした。
明るくて元気な森さんらしくない声だな、とちょっと思った。
疲れたと言っていたからそういうことなのだろう、とこの時は気にも留めなかった。
水上が「じゃあ行こうか」と声を掛けると、明莉が「――うん」と頷く。
場内案内マップを覗き込みながら、二人は僕らを置いて歩き始めた。
僕と森さんが二人でベンチの前に取り残される。
――と思ったら、十メートルほど進んで立ち止まり、水上が一人だけ戻ってきた。
水上は僕へと近寄ってくると、口を耳元に寄せると、囁いた。
「――ちょっと二人っきりになって、聞き出してみるよ。彼女の好きな相手とか」
それだけ言い残すと、水上は「じゃ!」と右手のひらを立てて小走り駆けていく。
そしてまた明莉と合流して、歩いていった。
僕は水上の背中を見送ってから、ベンチに座る森さんの隣へと、腰を下ろした。
冬の遊園地の喧騒がなんだか遠くに感じられて、――僕は空へと息を吐いた。
「――ねぇ、悠木くん」
隣で声がする。振り向く。
森さんが小さく首を傾げて、眉を寄せていた。なんだか――心苦しそうに。
「――どうしたの?」
森さんは、じっと僕の目を見つめる。
いつもの冗談っぽい彼女と違って、その瞳の色はなんだかとても繊細だった。
「洋平と明莉ちゃんを――二人っきりで行かせて……良かったのかな?」
「――それって、……どういうこと?」
彼女の産んだ疑問が、冬の風に舞うカーテンみたいに広がって踊る。
夢の世界に下り始めた虚構の帳が、僕ら二人を包み始めた。
僕は両手をコートのポケットに突っ込んで、首を引っ込めた。
斜め前を歩いている恋人ごっこの相手役――篠宮明莉の横顔を、眺める。
僕の虚構の恋人が、今は男友達と仲良さそうに話している。
誰とでも垣根なく話すイケメン――水上洋平は僕の幼馴染に屈託ない笑顔向けていた。
明莉は人見知りをする方で、誰とでもすぐに打ち解けるタイプではない。
だから彼女の見せている笑顔は、水上のコミュニケーション能力の成す技なのだと思う。
「楽しいね、悠木くん!」
「――うん、……そうだね」
僕の隣には水上の恋人である森美樹が歩いている。
黒いスキニーパンツにだぼっとした灰色のパーカー。
学校で見るよりも彼女はなんだか大人っぽく見えた。
背中まで伸びた茶色の髪が歩くたびにくるくると踊っている。
「あーし、この四人って結構イイ組み合わせだと思うんだよね~」
「そう? ――うん、まぁ、そうかな?」
歩きながら元気な目を輝かせて僕を見上げる森さん。
あまりに純朴で人懐っこいその笑顔は、まるで質の良い演技みたいだ。
でもこれが天然っぽい彼女の性質なんだろうな、となんとなく理解した。
――四人は結構イイ組み合わせ。
確かにそんな感じはする。正直、自分でも今日は楽しめている方だと思う。
そういうことを意識せずにいられることこそ、自然体で楽しんでいる証拠なのだ。
それでも、どうして僕の隣には明莉でなくて、森さんがいるのだろう?
そして、僕はどうして彼女とこんな話をしているのだろうと?
――そうは思うのだけれど。
※
四人でやってきた日曜日の遊園地は、適度に賑わっていた。
人は多すぎるわけでも少なすぎるわけでもない。
アトラクションには少し並べば入れたし、乗り物には四人一緒で乗ることができた。
恋人同士の水上と森さん。
恋人ごっこの僕と明莉。
「今日は僕と明莉は――恋人ごっこ、で行くから」
朝合流した時に、とりあえず宣言した。
「お、いいねぇ。じゃあ、ダブルデートじゃん」
「あ、いーなー。篠宮さん、今日はよろしくね!」
水上と森さんは、疑問も投げかけずに自然な感じで乗っかってきた。
「今日はよろしくおねがいします。えっと、――秋翔くんとは幼馴染なので、恋人ごっこって言っても、いつもと変わらない気もしますけど……。でも久しぶりの遊園地なので、楽しみたいと思います」
何故か握りこぶしを作って所信表明する明莉に、森さんが抱きついた。
「篠宮さん、堅い~! そして可愛い!」
栗色髪の少女に正面から抱きつかれて、明莉は困惑気味の表情を浮かべた。
「え……そうかな? ――可愛い?」
「うん、ピンクのコートだって可愛いし、全体の雰囲気もとてもイイよ! あーしが食べちゃいたいくらい! ニシシ!」
「――ありがとう、森さん」
森さんは明莉を離すと、人懐っこい笑みを浮かべて、明莉の顔を覗き込んだ。
「……ねぇ、篠宮さん。あーし、今日から篠宮さんのこと、明莉ちゃんって呼んでいい? あーしのことも美樹って呼んでくれていいからさ~」
「そ……そうね。うん、じゃあ、そう呼ばせてもらうね、美樹さん」
「美樹さん――か~。まぁ、いっか。うん、よろしくね、明莉ちゃん」
「……う、うん」
森さんはコートから出た明莉の両手を掴んで、何度か振った。
戸惑いながらも、明莉の表情が綻ぶのがわかった。
明莉は学校の成績も良くて、クラスの中では一目置かれているような存在。
だけど、女子のグループという意味では少し浮いたような存在だった。
――そのことを少し心配していた。
だからこういう風に森さんと仲良くなれるなら、それだけでもダブルデートの意味はあるのかな、――なんて思ってしまうのだ。
僕も本当にチョロい幼馴染である。
「あ、じゃあさ。俺も明莉ちゃんって呼んでいい?」
森さんの後ろから朗らかに、無邪気に、軽率に水上洋平が顔を出す。
その彼の言動に、僕は少しばかりの違和感を覚える。
でも、きっとそれは幼馴染の独占欲なのだ。
胸の奥から上がってきた感情を、僕は無言で抑え込んだ。
「……あ、はい。私は……水上くん、って呼ぶままでもいいですか?」
「うん、それは呼びやすい方で良いよ。じゃあ今日はよろしくね、――明莉ちゃん」
水上が自然体で差し出した右手に、明莉はおずおずと華奢な右手を重ねた。
少しだけ大きな男の手が、ゆっくりと彼女の手を包みこむ。
軽率に――僕の一日限りの恋人の手を。
「あ、じゃあ、悠木くんも、あーしのこと美樹って呼ぶ? 美樹ちゃんでもイイけど?」
「――いいよ、森さん、で」
「え~、なにそれ~。あーしが呼んでいいって言っているのに~」
森さんは頬を膨らませた。冗談っぽく、お芝居みたいに。
「なに? 悠木くんってば、冷静沈着クールメンなわけ?」
「……クールメンって」
クールな人間って意味だよね?
言われて嫌な属性じゃないけれど。
「まぁまぁ、美樹。悠木はこういう奴さ。……じゃあ、ま、そろそろ行こうか!」
そうやって、二組のカップルになった僕らの、一日ダブルデートが始まった。
※
午前中はテンポよくアトラクションを見て回ったり、乗り物に乗ったり。
童心に還った――なんて言ったら、まだお前ら高校生だろ、って突っ込まれるかも。
でも、僕らは本当に小学生か中学生みたいに遊んだ。――楽しかった。
二組のカップルによるダブルデート。
僕らは男女で隣り合って、夢の世界を歩いた。
朝の電車で「恋人ごっこ」だなんて意気込んだ。
でも結局、ペアになって歩く以外に、いつもと違うところはほとんどなかった。
本物の恋人同士である水上と森さんも、わざわざ手を繋いだりはしない。
だから偽物の恋人同士である僕らだけが、手を繋ぐのも躊躇われた。
遊園地の中のレストランでお昼ごはん。
それを終えると、僕らはまた園内へと繰り出した。
夕方まで頑張れば、乗りたかった乗り物とアトラクションは全て周れそうだ。
冬の空は晴れ渡り、冷たい空気の上から、暖かい太陽の光が差し込んでいた。
すっかりと打ち解けた僕らは、カップル関係も気にせずに遊園地を楽しみ始めた。
ダブルデートの組み合わせも、どこへやら。
僕と水上、明莉と森さんの組み合わせで急流すべりに乗ったり、僕と森さん、水上と明莉組み合わせでコーヒーカップに乗ったりした。――半ばふざけて、半ば無邪気に。
明莉と森さんが急流すべりに乗って二人組で悲鳴を上げる。
僕はその姿を眺める。
なんだか微笑ましくて、――良かった。
水上も隣で、二人の姿を、柵に肘を突きながら楽しそうに見ていた。
「……なぁ、悠木」
「――なんだ?」
急流すべりを終えて濡れた髪と服を拭きながら上がってくる女子二人。
彼女たちの姿を眺めながら、水上が口を開いた。
「篠宮明莉ちゃんって――やっぱり可愛いんだな。――悠木が好きになるの、分かるよ」
「……そりゃどうも」
幼馴染に対する突然の褒め言葉に、僕は何故だか照れた。
自分のことじゃないけれど。
明莉はどこかもう身内みたいで、褒められるのは、むず痒くて、照れくさかった。
「そりゃ、気になるよな。明莉ちゃんの気持ち。――悠木のこと、どう思っているのか?」
「……そう、だな」
水上には僕が明莉のことが好きなことはバレている。
――だからこそのダブルデートなのだ。
「ここはやっぱり知りたいところだよな。明莉ちゃんに誰か好きな男がいるのか? ――悠木のことをどう思っているのか?」
「――そうだな」
残念ながら、今、明莉が好きなのは、真白先生みたいだ。
僕はそれを知っている。
でも、もちろん水上には、そのことを言えない。
僕のことをどう思っているのか。
幼馴染に留まらず、男としてどう思っているのか。
――それはもちろん知りたかった。
「よしっ、俺に任せろ! この遊園地にいる間に、明莉ちゃんから、それとなく、きっと聞き出してみせるさ! うん」
「――まじか?」
水上は柵の手すりに両手を掛けて上体を反らすと、「まかせろ」と爽やかに笑った。
向こうからは服を濡らした明莉と森さんが、はしゃぎながら歩いてくる。
明莉の黒い髪は水に濡れていて、僕はなんだか艶めかしさを覚えた。
※
気づけば水上と明莉、森さんと僕という組み合わせで歩くことが増えていた。
ダブルデートにしては、変な流れだな思った。
でも、水上が明莉の気持ちを聞き出してくれるというのは、ありがたかった。
もちろん、彼女の本命が誰なのかという問いに対して、明莉は明言を避けるのだろう。
それでも、明莉が僕のことを――どう言うのか。それに興味があった。
想像するだけで――ドキドキした。
「――ね~、洋平! ちょっと休憩しない?」
森さんが手を挙げて、先を行く二人を呼び止める。
中央に大きな日時計が置かれた大きな円形の花壇の前。
空いていたベンチの前で、僕らは立ち止まった。
昼食を食べてから随分と歩いた。確かにそろそろ休憩時かもしれない。
何かを夢中で話していた二人は、立ち止まって振り返った。
休憩するなんて気が全然なかったのか、不思議そうな顔をしている。
でもあと一時間ちょっとで、帰る時間だ。
今日の仕上げ前の一休みをするには、妥当な時間だろう。
「――あーし、ちょっと疲れちゃったよう」
「……まぁ、僕もかな」
森さんが腰を下ろしたベンチに、僕も同意してカバンを下ろす。
水上と明莉の二人もテクテクと近寄ってきた。
冬の風のせいか、明莉の頬は、ほんのりと赤かった。
「――そうね。ちょっと休憩しましょうか」
「だな。もう結構遊んだし。――休憩してから、最後の仕上げかな?」
そう言って水上は振り返る。
視線の先には大きな観覧車があった。
この遊園地にやってくると、最後に必ず――観覧車に乗る。
それは僕らの中で、常識みたいなものだった。
三年前、中学演劇部の打ち上げで来たときには、明莉と二人で乗った。
「――あ、じゃあ、ちょっとその前に、その……お手洗い行ってきてもいいかな?」
コートのポケットに両手を入れたまま、明莉が少し恥ずかしそうに尋ねた。
僕は「もちろん」と頷いて返す。
「――あ、でも、一番近いところって、どこだろ?」
明莉が周囲を見回す。
遊園地の中にお手洗いは決して多くなくて、アトラクションの間に点在している。
水上がポケットから場内案内マップを取り出して、開いた。
「あぁ、今ここだから、最寄りは――ここだなぁ。ちょっと距離あるなぁ。……でも、ま、いっか。俺も行きたいから、一緒に行くよ、明莉ちゃん」
「――そう?」
「うん。ちょうど俺も行きたかったし。――あと小腹、減らね? そのトイレの近くにショップがあるからさ、ちょっとそこで何か買ってくるよ。二人の分もさ。――だから二人はここで休憩していてよ。――ちょっと時間かかるかもしれないし」
二人というのは、僕と森さんのことらしい。
特に問題は無かったから、僕は素直に頷いた。
「あぁ、わかった」
「――別に、イイけれど……」
隣の森さんが、ちょっと陰りある声を漏らした。
明るくて元気な森さんらしくない声だな、とちょっと思った。
疲れたと言っていたからそういうことなのだろう、とこの時は気にも留めなかった。
水上が「じゃあ行こうか」と声を掛けると、明莉が「――うん」と頷く。
場内案内マップを覗き込みながら、二人は僕らを置いて歩き始めた。
僕と森さんが二人でベンチの前に取り残される。
――と思ったら、十メートルほど進んで立ち止まり、水上が一人だけ戻ってきた。
水上は僕へと近寄ってくると、口を耳元に寄せると、囁いた。
「――ちょっと二人っきりになって、聞き出してみるよ。彼女の好きな相手とか」
それだけ言い残すと、水上は「じゃ!」と右手のひらを立てて小走り駆けていく。
そしてまた明莉と合流して、歩いていった。
僕は水上の背中を見送ってから、ベンチに座る森さんの隣へと、腰を下ろした。
冬の遊園地の喧騒がなんだか遠くに感じられて、――僕は空へと息を吐いた。
「――ねぇ、悠木くん」
隣で声がする。振り向く。
森さんが小さく首を傾げて、眉を寄せていた。なんだか――心苦しそうに。
「――どうしたの?」
森さんは、じっと僕の目を見つめる。
いつもの冗談っぽい彼女と違って、その瞳の色はなんだかとても繊細だった。
「洋平と明莉ちゃんを――二人っきりで行かせて……良かったのかな?」
「――それって、……どういうこと?」
彼女の産んだ疑問が、冬の風に舞うカーテンみたいに広がって踊る。
夢の世界に下り始めた虚構の帳が、僕ら二人を包み始めた。
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大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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