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第三章 動画
動画(4)
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「――えっと、悠木くん……だったかな? コーヒーで良かったかしら? それとも紅茶? あ、緑茶とかでもいいけれど?」
「あ、お構いなく……。――でも、じゃあ、コーヒーで」
リビングルームに通された僕はソファに腰掛けていた。
ブラウンのコットン生地で包まれた三人掛けくらいのソファだ。
横になろうと思えばなれるくらいのやつ。
背の低い長机を挟んだ向こう側の壁面には、大型の液晶テレビ。
「あ、でも、そんなに良い豆じゃないから、期待しないでね?」
「お気遣いなく……。別に、コーヒーの種類にこだわりがある男子高校生、という訳でもないので、僕は……」
というかコーヒー豆にこだわりのある高校生の方が、ずっと珍しい気がする。
遠慮がちにそう言うと、真白先生の奥さんはキッチンから顔を覗かせて「――そう?」と申し訳なさそうに眉を寄せた。――真白香奈恵さんだ。
リビングのソファからキッチンに立つ先生の奥さんのことをそれとなく眺める。
真白香奈恵さんは、昨日SNSに投稿されていた写真で見た通り、綺麗な人だった。
テーブルでコーヒー豆を計量している後ろ姿。
女性にしては少し身長は高い方。
柔らかそうな白いニットワンピースが太腿辺りまでを包んでいる。
その先からぴったりとした黒のスキニージーンズに包まれた足が伸びていた。
膝裏に向かって細くなって、そこからまたふくらはぎに向かって弧を描く。
その細長く引き締まった下半身をまた遡るように上方向に辿る。
ニットワンピースに包まれたお尻がゆっくりと揺れていた。
大きすぎもなく、小さすぎもない。
彼女のスタイルに合った、均整のとれた臀部だ。
「――お待たせ。はいコーヒー。まだ熱いから気をつけてね。……あ、ミルクと砂糖は要るかな?」
「あ、はい。ミルクだけ、頂けますか?」
頼むと香奈恵さんは「ちょっと待ってね」とキッチンに戻った。
冷蔵庫の閉まる音がして、白い陶器の小さなピッチャーを持って戻ってきた。
わざわざミルクをピッチャーに入れ替えて来てくれたのだろう。
「あ、ピッチャー、切れが悪くて、垂れやすいから、気をつけてね」
「……あ、はい」
日頃は使っていなさそうなそれを受け取って、僕は恐る恐る黒いコーヒー中に注いだ。
底に落ちた白色がゆっくりと浮き上がり、マグカップの中を穏やかな褐色に染めていく。
「ごめんね。……あの人、まだ帰ってきていなくて。あ、君たちは――真白先生って呼ぶのかな? 誠人さんが学校で何て呼ばれているか、全然知らないんだけど……」
「あ、真白先生です。呼ばれ方は。……でも、奥さんは、いつも通りの呼び方にしていただいたらいいですよ? ――それに、先生がご不在っていうのは分かっていましたので」
「そう? じゃあ、待つ? いつも帰りは早くても七時だから……。むしろ一度帰ってもらって、もう一度来てもらった方が良いかもだけれど?」
膝の高さの机。その脇に一脚ある一人用のソファ。
腰を下ろした香奈恵さんは僕の方を向いて、頭から足元まで上下に視線を動かした。
学校からまっすぐに来たから冬服の制服のままだ。
家にも立ち寄らずにまっすぐに来たことがバレバレなのだろう。
しかも、結構急いで来たから体は火照って、下着は汗ばんでいる。
家に一回帰って、着替えてきたら?
とかそういう言外の意味を含んでいるのかもしれない。
「いえ、今日、僕が用事があるのは――奥さんの方ですので」
「――え? 私?」
真白先生の奥さんは、驚いたように目を見開いた。
その両手の中には可愛らしいマグカップがあった。
よく見ると表面にはカッパとウサギのキャラクターが描かれている。
知っている。アランジアロンゾのマグカップだ。
大人びた女性なのに、可愛いキャラクターが好きなんだな。
僕に渡されたのは白い陶器のマグカップ。
ほとんど新品みたいに真っ白で、来客用か何かだったのだろう。
真白先生使っているコップとを出されなくて良かった。
あいつの使っているコップに口をつけるとか、――嫌すぎる。
「誠人さんの学校の生徒が訪ねて来るというだけでも珍しいのに、その生徒さんがあの人じゃなくて私に用だなんて……。何かしら? えっと、悠木――秋翔くんだっけ?」
「あ、……はい」
不思議そうに小首を傾げる香奈恵さん。
耳に掛けていた長い髪がはらりと落ちて、左目に半分かかる。
彼女は小指をかけると掬うようにまた、その髪に左の耳に掛けた。
髪の間から形の良い耳が見えて、それが高校の同級生には無い大人びた雰囲気を生む。
僕はそんな彼女――真白香奈恵さんの姿に、少し見惚れた。
真白先生はこんなに綺麗な奥さんを持って、何が不満なんだろう?
こんな素敵な奥さんがいるのに、他の女性にうつつを抜かすなんて。
――僕だったら絶対にしないだろう。
もちろん、そんな素敵な奥さんは、僕にとって篠宮明莉ただ一人なのだけれど。
「ごめんなさいね。学校の生徒さんじゃなくっても、普通に、この家に誰かお客さんが来るなんて珍しいから、――何だか私の方が緊張しちゃって。高校生相手だからもっと余裕を持って大人っぽい振る舞いでもてなせたら良いんだけれど。――駄目ね。私」
そう言って、香奈恵さんは面目なさそうに眉の端を垂らした。
別にそんなにおかしな対応をされているとは思わないけれど、どこか自信なさげだ。
「そんなことないですよ? ……僕こそ約束もなく訪問した上に、急に上がりこんで、厚かましくもコーヒーまで貰ってしまって、申し訳ないです。――それに、真白先生の奥さんは、その……十分に大人っぽいですよ」
「――そう? ありがと」
香奈恵さんの表情をちらりと伺う。
「十分に大人っぽい」という台詞。
それに含まれる多少性的なニュアンスが彼女にどう受け止められるか気になった。
でも彼女はそんな性的な含意には気付きさえしなかったみたいだ。
素朴に安心したような笑顔を浮かべていた。――はにかむように。
「今日は平日ですけれど、奥さんは、お仕事とかされてないんですか? ……僕としては、家に居てくださって助かったんですけれど」
「あー、うん、そうね。そうよね……」
少し歯切れが悪い。
今の時代、夫婦の二人暮らしで奥さんが専業主婦という方が珍しい。
小さな子供がいるならまだしも。
もちろん夫が社長業をしているような裕福な家庭は別だが。
「色々あってね。仕事はしていたんだけど、今は辞めちゃったの。それでしばらくは自宅でゆっくりしている感じ?」
「――色々……ですか?」
「そう、――色々」
復唱するように尋ねると、彼女も復唱するように返した。
香奈恵さんは作りものみたいな微笑を口元に浮かべ、虚ろな瞳で宙を眺めた。
「――それより、悠木くん、私に何か話があるんでしょ? あの人じゃなくて私にっていうのが、よくわからなくて、想像もつかないんだけど。……私で良ければ相談にのるわよ? ――何かな?」
話題を切り替えようとばかりに、奥さんが手を叩く。
思春期の高校生の相談に乗るお姉さんみたいな問いかけだ。
「……あ、そうですね。そろそろ本題にはいらないと、ですね。実は――今日は、僕から奥さんに相談っていうか、ちょっとお見せしたいものがあるんです」
唾を飲み込む。
「――見せたいもの? ……何かしら?」
見当もつかないという様子で、香奈恵さんは小首を傾げた。
僕はポケットに左手を突っ込み、スマホを取り出す。
彼女の視線が僕の手の上へと落ちる。
側面のボタンを押して液晶画面を点灯させる。
そして指を滑らせてロックを解除。
アイコンをタップして動画再生のアプリを起動した。
ファイルリストの中には明莉の横顔を写したサムネイル。
僕の幼馴染がその口に真白先生の汚らしい男根を咥えたの横顔が映し出される。
「――この動画を見ていただけないでしょうか? 香奈恵さん」
「あ、お構いなく……。――でも、じゃあ、コーヒーで」
リビングルームに通された僕はソファに腰掛けていた。
ブラウンのコットン生地で包まれた三人掛けくらいのソファだ。
横になろうと思えばなれるくらいのやつ。
背の低い長机を挟んだ向こう側の壁面には、大型の液晶テレビ。
「あ、でも、そんなに良い豆じゃないから、期待しないでね?」
「お気遣いなく……。別に、コーヒーの種類にこだわりがある男子高校生、という訳でもないので、僕は……」
というかコーヒー豆にこだわりのある高校生の方が、ずっと珍しい気がする。
遠慮がちにそう言うと、真白先生の奥さんはキッチンから顔を覗かせて「――そう?」と申し訳なさそうに眉を寄せた。――真白香奈恵さんだ。
リビングのソファからキッチンに立つ先生の奥さんのことをそれとなく眺める。
真白香奈恵さんは、昨日SNSに投稿されていた写真で見た通り、綺麗な人だった。
テーブルでコーヒー豆を計量している後ろ姿。
女性にしては少し身長は高い方。
柔らかそうな白いニットワンピースが太腿辺りまでを包んでいる。
その先からぴったりとした黒のスキニージーンズに包まれた足が伸びていた。
膝裏に向かって細くなって、そこからまたふくらはぎに向かって弧を描く。
その細長く引き締まった下半身をまた遡るように上方向に辿る。
ニットワンピースに包まれたお尻がゆっくりと揺れていた。
大きすぎもなく、小さすぎもない。
彼女のスタイルに合った、均整のとれた臀部だ。
「――お待たせ。はいコーヒー。まだ熱いから気をつけてね。……あ、ミルクと砂糖は要るかな?」
「あ、はい。ミルクだけ、頂けますか?」
頼むと香奈恵さんは「ちょっと待ってね」とキッチンに戻った。
冷蔵庫の閉まる音がして、白い陶器の小さなピッチャーを持って戻ってきた。
わざわざミルクをピッチャーに入れ替えて来てくれたのだろう。
「あ、ピッチャー、切れが悪くて、垂れやすいから、気をつけてね」
「……あ、はい」
日頃は使っていなさそうなそれを受け取って、僕は恐る恐る黒いコーヒー中に注いだ。
底に落ちた白色がゆっくりと浮き上がり、マグカップの中を穏やかな褐色に染めていく。
「ごめんね。……あの人、まだ帰ってきていなくて。あ、君たちは――真白先生って呼ぶのかな? 誠人さんが学校で何て呼ばれているか、全然知らないんだけど……」
「あ、真白先生です。呼ばれ方は。……でも、奥さんは、いつも通りの呼び方にしていただいたらいいですよ? ――それに、先生がご不在っていうのは分かっていましたので」
「そう? じゃあ、待つ? いつも帰りは早くても七時だから……。むしろ一度帰ってもらって、もう一度来てもらった方が良いかもだけれど?」
膝の高さの机。その脇に一脚ある一人用のソファ。
腰を下ろした香奈恵さんは僕の方を向いて、頭から足元まで上下に視線を動かした。
学校からまっすぐに来たから冬服の制服のままだ。
家にも立ち寄らずにまっすぐに来たことがバレバレなのだろう。
しかも、結構急いで来たから体は火照って、下着は汗ばんでいる。
家に一回帰って、着替えてきたら?
とかそういう言外の意味を含んでいるのかもしれない。
「いえ、今日、僕が用事があるのは――奥さんの方ですので」
「――え? 私?」
真白先生の奥さんは、驚いたように目を見開いた。
その両手の中には可愛らしいマグカップがあった。
よく見ると表面にはカッパとウサギのキャラクターが描かれている。
知っている。アランジアロンゾのマグカップだ。
大人びた女性なのに、可愛いキャラクターが好きなんだな。
僕に渡されたのは白い陶器のマグカップ。
ほとんど新品みたいに真っ白で、来客用か何かだったのだろう。
真白先生使っているコップとを出されなくて良かった。
あいつの使っているコップに口をつけるとか、――嫌すぎる。
「誠人さんの学校の生徒が訪ねて来るというだけでも珍しいのに、その生徒さんがあの人じゃなくて私に用だなんて……。何かしら? えっと、悠木――秋翔くんだっけ?」
「あ、……はい」
不思議そうに小首を傾げる香奈恵さん。
耳に掛けていた長い髪がはらりと落ちて、左目に半分かかる。
彼女は小指をかけると掬うようにまた、その髪に左の耳に掛けた。
髪の間から形の良い耳が見えて、それが高校の同級生には無い大人びた雰囲気を生む。
僕はそんな彼女――真白香奈恵さんの姿に、少し見惚れた。
真白先生はこんなに綺麗な奥さんを持って、何が不満なんだろう?
こんな素敵な奥さんがいるのに、他の女性にうつつを抜かすなんて。
――僕だったら絶対にしないだろう。
もちろん、そんな素敵な奥さんは、僕にとって篠宮明莉ただ一人なのだけれど。
「ごめんなさいね。学校の生徒さんじゃなくっても、普通に、この家に誰かお客さんが来るなんて珍しいから、――何だか私の方が緊張しちゃって。高校生相手だからもっと余裕を持って大人っぽい振る舞いでもてなせたら良いんだけれど。――駄目ね。私」
そう言って、香奈恵さんは面目なさそうに眉の端を垂らした。
別にそんなにおかしな対応をされているとは思わないけれど、どこか自信なさげだ。
「そんなことないですよ? ……僕こそ約束もなく訪問した上に、急に上がりこんで、厚かましくもコーヒーまで貰ってしまって、申し訳ないです。――それに、真白先生の奥さんは、その……十分に大人っぽいですよ」
「――そう? ありがと」
香奈恵さんの表情をちらりと伺う。
「十分に大人っぽい」という台詞。
それに含まれる多少性的なニュアンスが彼女にどう受け止められるか気になった。
でも彼女はそんな性的な含意には気付きさえしなかったみたいだ。
素朴に安心したような笑顔を浮かべていた。――はにかむように。
「今日は平日ですけれど、奥さんは、お仕事とかされてないんですか? ……僕としては、家に居てくださって助かったんですけれど」
「あー、うん、そうね。そうよね……」
少し歯切れが悪い。
今の時代、夫婦の二人暮らしで奥さんが専業主婦という方が珍しい。
小さな子供がいるならまだしも。
もちろん夫が社長業をしているような裕福な家庭は別だが。
「色々あってね。仕事はしていたんだけど、今は辞めちゃったの。それでしばらくは自宅でゆっくりしている感じ?」
「――色々……ですか?」
「そう、――色々」
復唱するように尋ねると、彼女も復唱するように返した。
香奈恵さんは作りものみたいな微笑を口元に浮かべ、虚ろな瞳で宙を眺めた。
「――それより、悠木くん、私に何か話があるんでしょ? あの人じゃなくて私にっていうのが、よくわからなくて、想像もつかないんだけど。……私で良ければ相談にのるわよ? ――何かな?」
話題を切り替えようとばかりに、奥さんが手を叩く。
思春期の高校生の相談に乗るお姉さんみたいな問いかけだ。
「……あ、そうですね。そろそろ本題にはいらないと、ですね。実は――今日は、僕から奥さんに相談っていうか、ちょっとお見せしたいものがあるんです」
唾を飲み込む。
「――見せたいもの? ……何かしら?」
見当もつかないという様子で、香奈恵さんは小首を傾げた。
僕はポケットに左手を突っ込み、スマホを取り出す。
彼女の視線が僕の手の上へと落ちる。
側面のボタンを押して液晶画面を点灯させる。
そして指を滑らせてロックを解除。
アイコンをタップして動画再生のアプリを起動した。
ファイルリストの中には明莉の横顔を写したサムネイル。
僕の幼馴染がその口に真白先生の汚らしい男根を咥えたの横顔が映し出される。
「――この動画を見ていただけないでしょうか? 香奈恵さん」
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