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第三章 動画
動画(3)
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スチール製の丸椅子に座って、僕はブラブラと体を回転させた。
目の前では白衣を着た保健室の先生がファイルのページをめくっている。
仕事上の書類が挟まれたファイルだ。
白衣の下は空色のタートルネックのニット。
胸の部分はふくよかに盛り上がっていて、柔らかく女性らしいイメージを生んでいる。
組まれた脚はタイトスカートから黒タイツに覆われた膝小僧を見せていた。
「――すみません、先生。急にお願いしちゃって……」
「あ、うん。ま、そんな見つからないような情報じゃないはずなんだけどね。私の整理が悪いだけだから、気にしないで頂戴、悠木くん。お安い御用、お安い御用~」
昼休みにやってきた保健室で、僕は跨いだ丸椅子に手を突いたまま、待つ。
眼の前で書類を開いているのは養護教諭の小石川稔里先生だ。
優しいし、明るいし、胸も大きいし、男子生徒からも女子生徒からも人気がある。
僕も大変お世話になったし、なっている先生だ。
この学校で、僕が唯一気持ちを許している先生、かもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて待たせてもらいますね」
「ほいほーい。……あ、悠木くんお昼御飯とか大丈夫? なんだったら探しておくから、食堂とかで、先に昼食を食べて来てくれていいよ?」
「――あ、いえ、パン買ってあるんで大丈夫です」
「そう? そりゃよかった――よいしょ」
小石川先生はデスクの方に体を向けてて、正面の本棚へと手を伸ばした。
後ろ姿に、形の良いお尻が持ち上がる。
思わず触れたくなるような大きくて柔らかそうな双丘。
いわゆる安産型とかいうやつだろうか。
放課後に明莉と真白先生の事案を目撃した放課後から一夜が明けた昼休みだ。
昨日は、家に帰ってからLINEで明莉と話した。
明莉と真白先生の関係やその経緯についても話を聞いた。
そしてフェラチオだけではなく、明莉があの男に股を開いていたということ、――僕は知ってしまったのだ。
『――うん、したよ。先生とエッチ』
スマホ越しに聞こえた吐息混じりの声が、未だに耳奥の三半規管でループしている。
ああ、したんだな、エッチ。
セックスだな。君は股を開いたんだね?
幼馴染の処女膜は、部活顧問の肉棒に、既に貫かれていたのだ。
僕は彼女の変化に、気付きさえしていなかった。
でも僕はそれでも篠宮明莉のことが好きだった。
どうしても、彼女のことを諦める気持ちにはなれなかった。
だから僕は、昨夜、真白先生――真白誠人について調べ始めたのだ。
手始めにネット検索。
単純にキーワード検索するだけで真白誠人のSNSアカウントがいくつかヒットした。
特に鍵を掛けてさえいないアカウントがあったので、色々な投稿を見ることができた。
遡ると忘年会の集合写真や、旅行先の風景写真なんかも、掲載されていた。
更に遡ると自分自身の結婚報告や、奥さんとのツーショット写真。
――奥さんは綺麗な人だった。
全体的な感想としては、真白誠人はコミュ力が高い、リア充。
リアルでもネットでも充実した成人男性という雰囲気だった。
きっと自分とは異なる種類の人間だ。
ネットストーカー状態で検索を続けると、かなりの情報を調べ上げることができた。
出身は関東の有名私立大学であること。
奥さんとは二人暮らしでまだ子供はいないこと。
住所は学校から近くはないが遠くもない電車で数駅先の市街地にあること。
できれば自宅の具体的住所まで知りたかったのだけれど、流石にインターネットでそこまで具体的な個人情報は見つけ出せなかった。
だからこうやって昼休みの保健室に、小石川稔里先生を頼って、やってきたのだ。
「あったあった。これね。はい、どうぞ」
本棚から下ろしたファイルの中に小石川先生は目的の情報を見つけて、僕の方へと向けた。
そこには欲しかった情報である、物理教師の住所と電話番号など個人情報一式が載っていた。
「ありがとうございます。えっとスマホで撮っちゃって良いですか? メモ代わりに?」
「駄目。そんなことしたら私が勝手に見せたんだってバレちゃうじゃない。一応個人情報だから見せちゃいけないことになっているやつなんだからね? 面倒でも書き写して頂戴」
「はーい」
気のない返事をして僕はスマホのメモ帳アプリに書類の上に書かれた住所を書き写す。
ついでに電話番号や配偶者の名前も。
家族の欄は事前に調べたとおりだった。
子供の名前は無く、配偶者の名前だけが書かれていた。
真白香奈恵。
それが真白先生の奥さんの名前だった。
「あ、ありがとうございました」
メモを取り終えて、ファイルを小石川先生に返す。
先生はファイルを閉じて本棚へ「よっこらしょ」と仕舞った。
「それにしても悠木くんが、そういう風に放送部と顧問の先生のこと、見返そうとするなんて、――ちょっと面白いなって思っちゃったわよ!」
「――そうですか?」
「ええ。まぁ、一年前に放送部であったことは、決して悠木くんが悪いわけでもなかったわけじゃない? 真白先生も――多分、悠木くんのことを心配されていたと思うから。そういうサプライズは、面白いんじゃないかな? うん、『俺は転んでもタダでは起きないぞ!』って男らしくて素敵だと思うわよ?」
そう言って小石川先生は厚ぼったい唇に笑みを浮かべて見せた。
真白先生の自宅住所を聞き出すために、僕は理由をでっち上げた。
小石川先生が言っているのは、僕がでっちあげた理由に関する話だ。
僕は真白先生の住所を聞き出すために「今、制作しているショートフィルムが完成したら、そのDVDを先生の自宅に匿名で送りたいから」と、説明した。
そして、そのために、真白先生の住所をコッソリ教えて欲しいと、小石川先生にお願いしたのだ。
放送部を退部し、一人になった僕が、それでも折れずに作品を作っている。
その成果を送りつけることで、サプライズ的に「見返し」たいのだと伝えたのだ。
まぁ、基本的には、ただのでっち上げなんだけどね。
ショートフィルムのDVDを真白先生に見せる予定なんて無い。
とはいえ、気持ち的なところはかなり本気の部分もあった。
ショートフィルムを作っているのは、放送部を見返したいという思いも、少しはあった。
だから、真実味のある言葉で、説明できたのだと思う。
「――でも、少し安心したわ」
「何がです?」
「悠木くん、ちょっと元気になっていて。そういう風に『見返してやろう』って思うのは、心の中にエネルギーが戻ってきた証拠だから~」
「そうですかね?」
「そうよ。先生、応援しているからね。映画制作、頑張ってね」
「……ありがとうございます」
高校二年生の春。僕は放送部を退部した後、心身に多少の不調をきたした。
教室には通わず、毎日保健室に来ては帰っていくいわゆる保健室登校をやっていた。
その頃、毎日会っては変わらない態度で相手をしてくれたのが、小石川先生だった。
僕は小石川先生にお礼を言って保健室を去る。
僕は「元気でね~。また何かあったら遠慮しないでおいでね」と、手を振ってくれる小石川先生に、小さく頭を下げた。
やがて五時間目と六時間目の授業が終わって、放課後。
教室を飛び出した僕は、スマホの地図アプリを頼りに目的地へと向かった。
そして今僕は、一軒の家の前に立っている。
郊外に建つ一戸建て住宅。
表札には「真白」の文字。
大きく息を吸って――吐く。
僕は息を止めて、表札の下にあるインターフォンの呼び出しボタンを押した。
ピンポーンと音が鳴り、しばらくして「はい」と声。女性の声だ。
僕は簡単な挨拶をして、先生のことで少しだけ話があって来たのだと言う。
一応、名前は告げた。
機器越しに越しに少しだけ訝しんだ様子もあったけれど、とりあえずは納得してくれたようで、「ちょっと待ってね」と通話が切れた。
物音がして、やがて玄関の扉が開いた。
「――お待たせしました」
そう言って姿を見せたのは、黒のスキニージーンズを穿き、膝丈までの白いニットワンピースを身に纏った女性だった。
肩まで伸びた髪。整った顔立ち。
高校生や大学生よりかは大人だけど、母親よりかは若い。
そんな中間みたいな彼女がクロックスのサンダルを履き、半分開いた扉から顔を出した。
それが――真白香奈恵だった。
目の前では白衣を着た保健室の先生がファイルのページをめくっている。
仕事上の書類が挟まれたファイルだ。
白衣の下は空色のタートルネックのニット。
胸の部分はふくよかに盛り上がっていて、柔らかく女性らしいイメージを生んでいる。
組まれた脚はタイトスカートから黒タイツに覆われた膝小僧を見せていた。
「――すみません、先生。急にお願いしちゃって……」
「あ、うん。ま、そんな見つからないような情報じゃないはずなんだけどね。私の整理が悪いだけだから、気にしないで頂戴、悠木くん。お安い御用、お安い御用~」
昼休みにやってきた保健室で、僕は跨いだ丸椅子に手を突いたまま、待つ。
眼の前で書類を開いているのは養護教諭の小石川稔里先生だ。
優しいし、明るいし、胸も大きいし、男子生徒からも女子生徒からも人気がある。
僕も大変お世話になったし、なっている先生だ。
この学校で、僕が唯一気持ちを許している先生、かもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて待たせてもらいますね」
「ほいほーい。……あ、悠木くんお昼御飯とか大丈夫? なんだったら探しておくから、食堂とかで、先に昼食を食べて来てくれていいよ?」
「――あ、いえ、パン買ってあるんで大丈夫です」
「そう? そりゃよかった――よいしょ」
小石川先生はデスクの方に体を向けてて、正面の本棚へと手を伸ばした。
後ろ姿に、形の良いお尻が持ち上がる。
思わず触れたくなるような大きくて柔らかそうな双丘。
いわゆる安産型とかいうやつだろうか。
放課後に明莉と真白先生の事案を目撃した放課後から一夜が明けた昼休みだ。
昨日は、家に帰ってからLINEで明莉と話した。
明莉と真白先生の関係やその経緯についても話を聞いた。
そしてフェラチオだけではなく、明莉があの男に股を開いていたということ、――僕は知ってしまったのだ。
『――うん、したよ。先生とエッチ』
スマホ越しに聞こえた吐息混じりの声が、未だに耳奥の三半規管でループしている。
ああ、したんだな、エッチ。
セックスだな。君は股を開いたんだね?
幼馴染の処女膜は、部活顧問の肉棒に、既に貫かれていたのだ。
僕は彼女の変化に、気付きさえしていなかった。
でも僕はそれでも篠宮明莉のことが好きだった。
どうしても、彼女のことを諦める気持ちにはなれなかった。
だから僕は、昨夜、真白先生――真白誠人について調べ始めたのだ。
手始めにネット検索。
単純にキーワード検索するだけで真白誠人のSNSアカウントがいくつかヒットした。
特に鍵を掛けてさえいないアカウントがあったので、色々な投稿を見ることができた。
遡ると忘年会の集合写真や、旅行先の風景写真なんかも、掲載されていた。
更に遡ると自分自身の結婚報告や、奥さんとのツーショット写真。
――奥さんは綺麗な人だった。
全体的な感想としては、真白誠人はコミュ力が高い、リア充。
リアルでもネットでも充実した成人男性という雰囲気だった。
きっと自分とは異なる種類の人間だ。
ネットストーカー状態で検索を続けると、かなりの情報を調べ上げることができた。
出身は関東の有名私立大学であること。
奥さんとは二人暮らしでまだ子供はいないこと。
住所は学校から近くはないが遠くもない電車で数駅先の市街地にあること。
できれば自宅の具体的住所まで知りたかったのだけれど、流石にインターネットでそこまで具体的な個人情報は見つけ出せなかった。
だからこうやって昼休みの保健室に、小石川稔里先生を頼って、やってきたのだ。
「あったあった。これね。はい、どうぞ」
本棚から下ろしたファイルの中に小石川先生は目的の情報を見つけて、僕の方へと向けた。
そこには欲しかった情報である、物理教師の住所と電話番号など個人情報一式が載っていた。
「ありがとうございます。えっとスマホで撮っちゃって良いですか? メモ代わりに?」
「駄目。そんなことしたら私が勝手に見せたんだってバレちゃうじゃない。一応個人情報だから見せちゃいけないことになっているやつなんだからね? 面倒でも書き写して頂戴」
「はーい」
気のない返事をして僕はスマホのメモ帳アプリに書類の上に書かれた住所を書き写す。
ついでに電話番号や配偶者の名前も。
家族の欄は事前に調べたとおりだった。
子供の名前は無く、配偶者の名前だけが書かれていた。
真白香奈恵。
それが真白先生の奥さんの名前だった。
「あ、ありがとうございました」
メモを取り終えて、ファイルを小石川先生に返す。
先生はファイルを閉じて本棚へ「よっこらしょ」と仕舞った。
「それにしても悠木くんが、そういう風に放送部と顧問の先生のこと、見返そうとするなんて、――ちょっと面白いなって思っちゃったわよ!」
「――そうですか?」
「ええ。まぁ、一年前に放送部であったことは、決して悠木くんが悪いわけでもなかったわけじゃない? 真白先生も――多分、悠木くんのことを心配されていたと思うから。そういうサプライズは、面白いんじゃないかな? うん、『俺は転んでもタダでは起きないぞ!』って男らしくて素敵だと思うわよ?」
そう言って小石川先生は厚ぼったい唇に笑みを浮かべて見せた。
真白先生の自宅住所を聞き出すために、僕は理由をでっち上げた。
小石川先生が言っているのは、僕がでっちあげた理由に関する話だ。
僕は真白先生の住所を聞き出すために「今、制作しているショートフィルムが完成したら、そのDVDを先生の自宅に匿名で送りたいから」と、説明した。
そして、そのために、真白先生の住所をコッソリ教えて欲しいと、小石川先生にお願いしたのだ。
放送部を退部し、一人になった僕が、それでも折れずに作品を作っている。
その成果を送りつけることで、サプライズ的に「見返し」たいのだと伝えたのだ。
まぁ、基本的には、ただのでっち上げなんだけどね。
ショートフィルムのDVDを真白先生に見せる予定なんて無い。
とはいえ、気持ち的なところはかなり本気の部分もあった。
ショートフィルムを作っているのは、放送部を見返したいという思いも、少しはあった。
だから、真実味のある言葉で、説明できたのだと思う。
「――でも、少し安心したわ」
「何がです?」
「悠木くん、ちょっと元気になっていて。そういう風に『見返してやろう』って思うのは、心の中にエネルギーが戻ってきた証拠だから~」
「そうですかね?」
「そうよ。先生、応援しているからね。映画制作、頑張ってね」
「……ありがとうございます」
高校二年生の春。僕は放送部を退部した後、心身に多少の不調をきたした。
教室には通わず、毎日保健室に来ては帰っていくいわゆる保健室登校をやっていた。
その頃、毎日会っては変わらない態度で相手をしてくれたのが、小石川先生だった。
僕は小石川先生にお礼を言って保健室を去る。
僕は「元気でね~。また何かあったら遠慮しないでおいでね」と、手を振ってくれる小石川先生に、小さく頭を下げた。
やがて五時間目と六時間目の授業が終わって、放課後。
教室を飛び出した僕は、スマホの地図アプリを頼りに目的地へと向かった。
そして今僕は、一軒の家の前に立っている。
郊外に建つ一戸建て住宅。
表札には「真白」の文字。
大きく息を吸って――吐く。
僕は息を止めて、表札の下にあるインターフォンの呼び出しボタンを押した。
ピンポーンと音が鳴り、しばらくして「はい」と声。女性の声だ。
僕は簡単な挨拶をして、先生のことで少しだけ話があって来たのだと言う。
一応、名前は告げた。
機器越しに越しに少しだけ訝しんだ様子もあったけれど、とりあえずは納得してくれたようで、「ちょっと待ってね」と通話が切れた。
物音がして、やがて玄関の扉が開いた。
「――お待たせしました」
そう言って姿を見せたのは、黒のスキニージーンズを穿き、膝丈までの白いニットワンピースを身に纏った女性だった。
肩まで伸びた髪。整った顔立ち。
高校生や大学生よりかは大人だけど、母親よりかは若い。
そんな中間みたいな彼女がクロックスのサンダルを履き、半分開いた扉から顔を出した。
それが――真白香奈恵だった。
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