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「飯屋もないとは、なんともつまんねえ田舎だな」
手に持つ特大のサンドイッチをかじりながら、フランタは雪を踏みしめてラキーワの通りを歩く。フランタたちがこの村にたどり着いたのが昨夜。ヘルシングの教法により一行は無事に一夜を明かしており、一人もかけることなく朝を迎えることができていた。
日が昇ってしばらく経った後に空き家を抜けだしたフランタは、どこからか取り出した朝食を食べながら、当てもなく村の中をさまよっている。
「……すれ違えども目を合わせる村人はなし。おまけに村の活気もなし、っと」
ラキーワはさして大きくもない村だ。村人の人口は百人を少し超える程度だろう。だが、かれこれ半刻ほど村の中を歩いているフランたがすれ違った村人は、たったの二人。しかもその二人すら、まるでフランタが存在していないかのように、何の反応もなく歩き去るだけだった。日が昇っているにも拘らず、その殺風景な様子は夜のそれと大差ない。
「なんもねえし、ここは一旦戻る……お?」
代り映えのしない光景に飽きて踵を返そうとしたフランタだったが、一軒の家屋が目に留まった。軒先にはボロボロの看板が立てられており、つららが垂れるそれには人形を模した絵が描かれていた。
「こんな村に人形店があるのか?……おじゃまー」
扉を開けたことで頭の上に降る積雪を払いながら、フランタは人形店に入った。人形店はフランタたちが昨夜過ごした空き家より一回りほど狭いようだった。中には五段に仕切られた棚がいくつか並べられており、それぞれの棚には男女を模した西洋人形が並べられている。
「ほおー、ずいぶんと精巧だな。いい出来だ」
「……お兄さん、お客さん?」
「おう?」
しげしげと人形を眺めていたフランタに、店の奥から声がかけられる。フランタがそちらに目を向けると、一人の少女がカウンターの向こうにいた。椅子にでも座っているのだろう、首から上だけをカウンターの上に出した少女は、つぶらな瞳でフランタを見つめている。
「……まあ、そんなところだ。この人形を作ったのはお前の親御さんか?ずいぶんと腕がいいんだな」
感心したようなフランタの言葉に、少女は首を横に振る。
「それは私が作ったの」
「嬢ちゃんがか?ちっこいのに大したもんだ」
「……頑張って作ったら、お父さんとお館様が褒めてくれるから」
少女がこの人形たちの作り手と聞き興味が湧いたのか、フランタが人形を手にしたまま少女に近づく。よく見てみると、少女の容姿はかなり整っているようだった。ぱちりと開いた濃い青色の瞳に、綺麗なラインを描く鼻筋、薄桃色の唇は多少かさついてはいるが、若狭特有の張りが見て取れる。棚に並べられた人形たちも美しい顔立ちをしているが、少女はそれに輪をかけた美貌を誇っていた。
「……嬢ちゃん、ちゃんと飯食ってんのか?」
「…………」
まだ十代前半であろう少女はひどく痩せており、また腰まで届きそうな金色の長髪は所々くすんでいる。フランタの問いに少女は答えないが、十分な食事がとれていないのは明白だろう。
「しゃあねえな、ちょっと待てよ」
肯定も否定もしない少女の様子を見かねたフランタは、手に持っていたトランクケースをカウンターに置き、留め具を外した。開いたトランクケースに手を突っ込んで何かを探るフランタだったが、すぐに目当てのものを見つけてそれを少女に差し出す。
「ほれ、これでも食え」
「……いいの?」
フランタがケースから取り出したのは、先ほどフランタが食べていたのと同じ特大のサンドイッチだ。今までトランクケースに入っていたはずにも拘わらず、パンはまるで焼き立てのような香ばしい香りを放っており、その間には瑞々しい野菜と刻まれたロースト肉が挟まれている。
「おう、食え食え。実はこのサンドイッチは王都でも人気の……」
サンドイッチの説明が終わるよりも早く、少女はフランタの手からそれを奪い取った。呆気に取られるフランタの目の前で、少女は一心不乱にサンドイッチにかぶりつく。
「あぐあぐあぐ……!」
「…………」
「はふっ!はぐっ、はぐっ!」
「……あー、ゆっくり食えよー」
「あぐあぐっ……ふぐっ!?」
「ほれ、言わんこっちゃねえ。これ飲め」
フランタから差し出されたガラス瓶を受け取ると、少女は中身を確認することもせずに一気に呷り、またサンドイッチに齧りつく。その勢いは最後まで衰えることなく、少女の顔ほどはあったはずのサンドイッチは数分のうちに少女の胃袋に収まってしまった。
「はふ……おいしかった……」
「クカカ、顔に似合わずよく食うな、嬢ちゃん」
「……しばらくまともなものを食べてなかったから」
「んん?親御さんはどうしたんだ?」
少女の物言いに首をかしげるフランタ。その問いに、少女は俯きながら答える。
「お父さん、一週間前からお館様のおうちに行ってるの。私はお留守番」
「一週間も家を空けてる?奉公かなにかに行ってるのか?」
少女は首を横に振った。
「ううん。最近村の人たちが、順番にお館様のおうちに呼ばれてるの。みんなお食事して帰ってくるみたいなんだけど、時々帰ってこない人もいて……」
「……嬢ちゃんの父親も帰ってこないと」
フランタはそう言うと、顎に手を当てて何事かを考え始める。そのまま動かないフランタを、少女は縋るような目で見上げた。
「お兄さん、村の外の人でしょ?お父さんを助け……」
「ああ?なんで俺がそんなことをしなきゃならんのだ」
並の男ならほっとけないであろう幼げな空気を醸し出す少女からの依頼を、フランタはにべもなく切り捨てた。だが、少女はそれを気にすることもなく言葉を続ける。
「お願い、お兄さん。もう村の人は私以外みんなお館様のおうちにお邪魔してしまったの。帰ってきた人たちも、みんな依然と様子が変わってしまって……」
「様子が変わった?前はこんな殺風景じゃなかったのか?」
「お館様のお家から帰ってきたら、みんな外に出なくなっちゃったの。もう八百屋さんも薪屋さんもずっと見てないわ」
「様子が変わって外に出なくなるねえ。それよりもあとは嬢ちゃんだけっていうのはどういうことだ?」
「本当はわたしも前にお館様のおうちに呼ばれたの。でも、お父さんがわたしが行かなくてもいいようにお館様とお話ししてくるって……」
再び少女が俯き、静かに嗚咽を漏らしはじめた。フランタはその様子をちらりと見たが、何も言わずにカウンターに背を向ける。
「……お嬢ちゃん、人形はいくらだ?」
「フッ……グスッ……ぎ、銀貨五枚……」
「こんなによくできてるのに銀貨五枚だけ?その金額じゃあ、こっちが心苦しいな、クカカ」
フランタはそういうと少女が座るカウンターに戻り、再びトランクケースを開けた。そして、何かを探り始める。
「銀貨五枚だったな。んんー、これは……違うな」
そう言いながらフランタが取り出したのは、表面がくすんだ蓋つきの金属鍋だった。中にシチューでも入っているのか、柔らかな食欲をそそる香りが少女の鼻腔をくすぐる。目的のものではなかったそれを横に置き、フランタはまたケースの中に手を突っ込む。
「これは……黒パンだな。多分十日くらいは日持ちするだろう。こっちは……干し肉の塊か。ちなみに嬢ちゃんはチーズとか好きか?」
「……うん、好き」
「そうかい、おっとたまたまチーズが手元にあるな、これも邪魔だ。それになんでこんなに暖を取るための薪木があるんだ」
フランタはぶつぶつと呟きながら、カウンターに物を置いていく。やがて少女の目の前に食料や木材が山積みになった頃、フランタはようやく目的のものを見つけたようだった。
「最近財布使ってなかったから、なかなか見つからなかったな。さて、銀貨五枚って話だったが、あいにく手持ちがなくてな。これで勘弁してくれ。釣りはいらないからよ」
そう言ってフランタは少女の前に金貨を一枚置いて、カウンターを離れた。出口に向かう途中にある棚から人形を一つ手に取ると、声もなく驚く少女を置いてそのまま店を出る。
後ろ手に店の扉を閉めたフランタは、その場で手荷物人形をしげしげと眺める。店の中で見た時もよく出来ていると思ったが、日の光の下で改めて眺めてみると、やはりその出来栄えは感心するほどだった。
人形の鑑賞に満足したフランタは、トランクケースをわずかに開け、空いた隙間に人形を無造作に放り込む。
「さて、お館様の家、だったな」
トランクケースの取っ手を右手で握り、フランタは歩き出した。積雪に足跡を刻むフランタの視線の先には、山の中腹に座るようにして建てられた洋館が、静かに鎮座していた。
手に持つ特大のサンドイッチをかじりながら、フランタは雪を踏みしめてラキーワの通りを歩く。フランタたちがこの村にたどり着いたのが昨夜。ヘルシングの教法により一行は無事に一夜を明かしており、一人もかけることなく朝を迎えることができていた。
日が昇ってしばらく経った後に空き家を抜けだしたフランタは、どこからか取り出した朝食を食べながら、当てもなく村の中をさまよっている。
「……すれ違えども目を合わせる村人はなし。おまけに村の活気もなし、っと」
ラキーワはさして大きくもない村だ。村人の人口は百人を少し超える程度だろう。だが、かれこれ半刻ほど村の中を歩いているフランたがすれ違った村人は、たったの二人。しかもその二人すら、まるでフランタが存在していないかのように、何の反応もなく歩き去るだけだった。日が昇っているにも拘らず、その殺風景な様子は夜のそれと大差ない。
「なんもねえし、ここは一旦戻る……お?」
代り映えのしない光景に飽きて踵を返そうとしたフランタだったが、一軒の家屋が目に留まった。軒先にはボロボロの看板が立てられており、つららが垂れるそれには人形を模した絵が描かれていた。
「こんな村に人形店があるのか?……おじゃまー」
扉を開けたことで頭の上に降る積雪を払いながら、フランタは人形店に入った。人形店はフランタたちが昨夜過ごした空き家より一回りほど狭いようだった。中には五段に仕切られた棚がいくつか並べられており、それぞれの棚には男女を模した西洋人形が並べられている。
「ほおー、ずいぶんと精巧だな。いい出来だ」
「……お兄さん、お客さん?」
「おう?」
しげしげと人形を眺めていたフランタに、店の奥から声がかけられる。フランタがそちらに目を向けると、一人の少女がカウンターの向こうにいた。椅子にでも座っているのだろう、首から上だけをカウンターの上に出した少女は、つぶらな瞳でフランタを見つめている。
「……まあ、そんなところだ。この人形を作ったのはお前の親御さんか?ずいぶんと腕がいいんだな」
感心したようなフランタの言葉に、少女は首を横に振る。
「それは私が作ったの」
「嬢ちゃんがか?ちっこいのに大したもんだ」
「……頑張って作ったら、お父さんとお館様が褒めてくれるから」
少女がこの人形たちの作り手と聞き興味が湧いたのか、フランタが人形を手にしたまま少女に近づく。よく見てみると、少女の容姿はかなり整っているようだった。ぱちりと開いた濃い青色の瞳に、綺麗なラインを描く鼻筋、薄桃色の唇は多少かさついてはいるが、若狭特有の張りが見て取れる。棚に並べられた人形たちも美しい顔立ちをしているが、少女はそれに輪をかけた美貌を誇っていた。
「……嬢ちゃん、ちゃんと飯食ってんのか?」
「…………」
まだ十代前半であろう少女はひどく痩せており、また腰まで届きそうな金色の長髪は所々くすんでいる。フランタの問いに少女は答えないが、十分な食事がとれていないのは明白だろう。
「しゃあねえな、ちょっと待てよ」
肯定も否定もしない少女の様子を見かねたフランタは、手に持っていたトランクケースをカウンターに置き、留め具を外した。開いたトランクケースに手を突っ込んで何かを探るフランタだったが、すぐに目当てのものを見つけてそれを少女に差し出す。
「ほれ、これでも食え」
「……いいの?」
フランタがケースから取り出したのは、先ほどフランタが食べていたのと同じ特大のサンドイッチだ。今までトランクケースに入っていたはずにも拘わらず、パンはまるで焼き立てのような香ばしい香りを放っており、その間には瑞々しい野菜と刻まれたロースト肉が挟まれている。
「おう、食え食え。実はこのサンドイッチは王都でも人気の……」
サンドイッチの説明が終わるよりも早く、少女はフランタの手からそれを奪い取った。呆気に取られるフランタの目の前で、少女は一心不乱にサンドイッチにかぶりつく。
「あぐあぐあぐ……!」
「…………」
「はふっ!はぐっ、はぐっ!」
「……あー、ゆっくり食えよー」
「あぐあぐっ……ふぐっ!?」
「ほれ、言わんこっちゃねえ。これ飲め」
フランタから差し出されたガラス瓶を受け取ると、少女は中身を確認することもせずに一気に呷り、またサンドイッチに齧りつく。その勢いは最後まで衰えることなく、少女の顔ほどはあったはずのサンドイッチは数分のうちに少女の胃袋に収まってしまった。
「はふ……おいしかった……」
「クカカ、顔に似合わずよく食うな、嬢ちゃん」
「……しばらくまともなものを食べてなかったから」
「んん?親御さんはどうしたんだ?」
少女の物言いに首をかしげるフランタ。その問いに、少女は俯きながら答える。
「お父さん、一週間前からお館様のおうちに行ってるの。私はお留守番」
「一週間も家を空けてる?奉公かなにかに行ってるのか?」
少女は首を横に振った。
「ううん。最近村の人たちが、順番にお館様のおうちに呼ばれてるの。みんなお食事して帰ってくるみたいなんだけど、時々帰ってこない人もいて……」
「……嬢ちゃんの父親も帰ってこないと」
フランタはそう言うと、顎に手を当てて何事かを考え始める。そのまま動かないフランタを、少女は縋るような目で見上げた。
「お兄さん、村の外の人でしょ?お父さんを助け……」
「ああ?なんで俺がそんなことをしなきゃならんのだ」
並の男ならほっとけないであろう幼げな空気を醸し出す少女からの依頼を、フランタはにべもなく切り捨てた。だが、少女はそれを気にすることもなく言葉を続ける。
「お願い、お兄さん。もう村の人は私以外みんなお館様のおうちにお邪魔してしまったの。帰ってきた人たちも、みんな依然と様子が変わってしまって……」
「様子が変わった?前はこんな殺風景じゃなかったのか?」
「お館様のお家から帰ってきたら、みんな外に出なくなっちゃったの。もう八百屋さんも薪屋さんもずっと見てないわ」
「様子が変わって外に出なくなるねえ。それよりもあとは嬢ちゃんだけっていうのはどういうことだ?」
「本当はわたしも前にお館様のおうちに呼ばれたの。でも、お父さんがわたしが行かなくてもいいようにお館様とお話ししてくるって……」
再び少女が俯き、静かに嗚咽を漏らしはじめた。フランタはその様子をちらりと見たが、何も言わずにカウンターに背を向ける。
「……お嬢ちゃん、人形はいくらだ?」
「フッ……グスッ……ぎ、銀貨五枚……」
「こんなによくできてるのに銀貨五枚だけ?その金額じゃあ、こっちが心苦しいな、クカカ」
フランタはそういうと少女が座るカウンターに戻り、再びトランクケースを開けた。そして、何かを探り始める。
「銀貨五枚だったな。んんー、これは……違うな」
そう言いながらフランタが取り出したのは、表面がくすんだ蓋つきの金属鍋だった。中にシチューでも入っているのか、柔らかな食欲をそそる香りが少女の鼻腔をくすぐる。目的のものではなかったそれを横に置き、フランタはまたケースの中に手を突っ込む。
「これは……黒パンだな。多分十日くらいは日持ちするだろう。こっちは……干し肉の塊か。ちなみに嬢ちゃんはチーズとか好きか?」
「……うん、好き」
「そうかい、おっとたまたまチーズが手元にあるな、これも邪魔だ。それになんでこんなに暖を取るための薪木があるんだ」
フランタはぶつぶつと呟きながら、カウンターに物を置いていく。やがて少女の目の前に食料や木材が山積みになった頃、フランタはようやく目的のものを見つけたようだった。
「最近財布使ってなかったから、なかなか見つからなかったな。さて、銀貨五枚って話だったが、あいにく手持ちがなくてな。これで勘弁してくれ。釣りはいらないからよ」
そう言ってフランタは少女の前に金貨を一枚置いて、カウンターを離れた。出口に向かう途中にある棚から人形を一つ手に取ると、声もなく驚く少女を置いてそのまま店を出る。
後ろ手に店の扉を閉めたフランタは、その場で手荷物人形をしげしげと眺める。店の中で見た時もよく出来ていると思ったが、日の光の下で改めて眺めてみると、やはりその出来栄えは感心するほどだった。
人形の鑑賞に満足したフランタは、トランクケースをわずかに開け、空いた隙間に人形を無造作に放り込む。
「さて、お館様の家、だったな」
トランクケースの取っ手を右手で握り、フランタは歩き出した。積雪に足跡を刻むフランタの視線の先には、山の中腹に座るようにして建てられた洋館が、静かに鎮座していた。
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