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聖女

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 わたくしはヘレーナ。
 フレッグ国では聖女と呼ばれています。そう呼ばれるようになったのも、ほんの少し前からですけれど。
 わたくしは至って普通の侯爵令嬢でした。教会で聖女であると認められるまで、自分の持つ力すらよくわかっていない「お嬢様」でした。
 魔物が現れる前兆と言われる瘴気、わたくしはそれを払える力を持っており、しかもその力は現存する聖女の中でも一番強いものであるとのことで、わたくしはすぐに教会に属し、他の聖女たちと同様、瘴気を消すために街周辺を見回ることにしました。
 国のために力を奮えることほど、喜ばしいことはございません。
 聖女には普通、貴族の護衛騎士がつくことになっていて、わたくしにももちろん何人かの護衛騎士がつけられました。
 皆様とても頼りがいのある人……そう、思っていたのですけれど。
 わたくし一つ、気がかりなことが出来てしまって。
 
 エドヴァルド・フェムシェーナ公爵子息様。
 
 この国の王女である、アクセリナ・ベールヴァルト様の婚約者だとか。
 エドヴァルド様のお話は、王女殿下のことばかりでした。王女殿下がどれほど素晴らしい人であるか、自分が婚約者だなんて未だに信じられないと、そんなふうにお話していました。
 フレッグ国では、国王夫妻の子ども全てに王位継承権が与えられます。より優秀なひとが次期国王となる、そんな制度があるのです。
 王女殿下と言えば、ある意味ヴィルフェルム王子殿下よりも国王の座に近いと言われている御方。わたくしたち……わたくしは今でこそ聖女ですが、貴族令嬢であるなら誰しも憧れる女性です。
 凛とした佇まい、自国のみならず他国にも精通する知識、男性にも負けない剣の腕。そして何より王族たる気概。

 エドヴァルド様は本当に、王女殿下の隣に立つに相応しい方なのかしら?
 
 この方はとても優しい方です。女性への気遣いや、また同僚の方への気遣いもしっかりされています。
 だけれどエドヴァルド様の表情には、自信が見えませんでした。剣の腕だって決して悪くないというのに、いつもどこか迷っているような表情を浮かべるのです。
 彼はいつも言っていました。
「自分はアクセリナ様に比べたら全然未熟だ」
「隣に立つためにはまだ、力が足りない」
「オレは本当に、アクセリナ様に相応しい男になれるのか……」
 わたくしはその度に、「大丈夫ですわ」「充分お強いです」「心配しなくても、王女殿下はわかってくださいますわ」――そんなふうに、慰めていたのですけれど。エドヴァルド様は一向に自信を身につけることはなく、迷ってばかりいるのです。
 
 本当に、王女殿下の伴侶になる気があるのかしら?
 本気であの御方と共に、国を背負う気があるのかしら?
 
 わたくしは、この国が好きですから。
 国を背負って立つ人が、こんなに頼りない方では困ってしまいます。
 だからわたくし、勝手ながら、エドヴァルド様を試すことにしましたの。エドヴァルド様だけではなく、王女殿下のことも。
 もしわたくしの行動によって心を乱してしまうようなことがあれば、国王となるのは王女殿下ではなく、王子殿下になることでしょう。
 ハニートラップ、と言えばいいのでしょうか。わたくしはエドヴァルド様に、気のある素振りを見せました。もちろん、ふりです。エドヴァルド様自身は王女殿下に夢中であったので、あまり意識していないようでしたが、周りは違いました。わたくしのあからさまな行動に、少しずつ噂が広がっていったのです。
 二人が本当に想い合っているのなら、わたくしの行動は許されるものではありませんね。
 ですけれど、仕方ありません。国のための汚れ役は必要悪ですもの。
 王女殿下には申し訳ないと思いつつ、わたくしは行動をエスカレートさせました。
 エドヴァルドは、わたくしを拒絶すべきであるのに、いつだってされるがままでした。わたくしの言葉に流され、瘴気払いのための行動範囲を広げる旨を両殿下に進言されたのです。
 もちろん殿下から許しはありませんでした。
 当然です、どう考えたって「エドヴァルド様に想いを寄せる聖女の我儘」でしかありません。
 そしてわたくしは、最後の賭けに出ることにしました。
「婚約者。そうですわ、エドヴァルド様。きっとそれが、問題なのです。あなたが婚約者であることが」
「婚約者という肩書きを持ってしまっているために、あなたは制限されてしまう。……だからいっそ、一度婚約を解消したらどうかと思うの」
「あなたが自信を身に付けて……そうね、花束を持って、もう一度結婚を申し込むのはどうでしょう? とてもロマンティックで素敵だと思いません? 王女殿下もきっと喜ばれると思いますわ」
 そんなふうに、唆して。
 とても優しいこの方に、最後の選択肢を与えたのです。
 
 王女殿下を想うのなら。本気で支えていきたいと思うのなら。わたくしのこんな戯言、鼻で笑ってしまえばいいのです。
――けれど、エドヴァルド様は。
 わたくしの言葉を鵜呑みにして。
 婚約者であることが強くなれない理由なのだと思い込んで。
 王女殿下に婚約解消を願い出たのです。
 
 あぁ、やはり。
 やはり、この方では駄目でした。この方はきっといつまでも迷い続ける。いつまでも悩み続ける。
 何が正しいのか、自分では判断出来ない。
 王配たりえない。
 
 直後、王家から行動範囲拡大の許可がおりました。つまり、そういうことです。エドヴァルド様はもう、王女殿下の婚約者ではなくなってしまった。
 そしてわずか一月の間に、王女殿下は隣国の第二王子と婚約しました。
 きっと王女殿下は深く傷つかれたことでしょう。だから国王になるのではない方法で、国のためになる道を選んだ。
「エドヴァルド様、気を落とさないでくださいませね。お可哀そうに、王女殿下はきっと、政略結婚の道具に……」
 最後にそう言えば、エドヴァルド様はようやく自分が出してしまった結果に気づいて、城へと走っていきました。
 
 もう、手遅れですのに。
 
 そのあとのことはわかりません。
 エドヴァルド様は護衛騎士を辞め、姿を消しました。どこにいるのか、生きているのかすら、それはわたくしの知るところではございません。
 わたくしのしたことは、王女殿下やエドヴァルド様にとっては大きなお世話であったことでしょう。
 二人の仲を壊した悪女。そう思われても結構です。
 
 わたくしはわたくしのために、わたくしが出来ることをしたまで。
 
 だけれど、お二人の御心を深く傷つけてしまったことは間違いありませんし、どれほど謝っても許されることではないでしょう。
 だからわたくしはこれからも、国のために瘴気を払い続けます。王女殿下が守られるこの国の、ほんの僅かな部分ですけれど。
 
 それが聖女であるわたくしに出来る、せめてもの贖罪。
 
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