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第5話 さよならへのカウントダウン(3)
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(……ほんと、あったかい)
トクントクンと鼓動が脈打つ。
隆之は何も訊かずに傍に置いてくれて、優しくしてくれて。他の常連客だってそういったところはあるにせよ、こんなふうに安堵感を得られるのは彼だけだと思う。
「……やっぱ俺、隆之さんのこと――好きだなあ」
さすがにこれ以上、目を逸らすことはできなかった。自然とそんな言葉がこぼれ落ちる。
しかし相手からしたら、今までと何ら変わりないリップサービスにすぎなくて――ナツは思い余って、隆之の唇に自分のそれを重ねた。
「おい、ナツ」
「ココア飲んだあとだと、なんか甘いカンジすんね?」
隆之が慌てて制止してくるが、構わず続けた。
角度を変えて何度も啄むうちに、隆之は小さく吐息を漏らす。それが愛おしくて、ナツは少しばかり開いた隙間から舌先を侵入させた。歯列を割って、逃げる隆之のそれを追いかけては絡めとり、夢中になって口腔内を犯していく。
「っ、こら」隆之がナツの肩を押し返す。
渋々離れれば唾液が糸を引いた。隆之は濡れた口元を手の甲で拭いながら、こちらを見据えてくる。
「今日はそういったことはしない、って話だったろ」
「アハ、もう忘れちった。それにさ、俺から手ェ出すぶんにはセーフじゃん?」
「とにかくしないったらしない。ほら、飲み終わったならシャワー浴びてこいよ」
真面目な隆之らしい。脱衣所までずるずると引きずられていき、ナツは「やーん」とふざけた調子で声を上げた。
「あ、ねえねえ隆之さん。覗きたかったら覗いてもいーよ?」
「誰が覗くかっ」
ピシャリと脱衣所のドアが外から閉められる。
一人になったところでその場にしゃがみ込み、ナツは両手で顔を覆った。
(心臓がうるさいや……なんだよ、思いっきり恋してんじゃん)
隆之といると元気が出るし、ドキドキする一方、心が安らいで幸せな気分になる。
その彼のことで悩んでいるのも事実なのだが、甘くて切なくて、そういえば恋ってそんなものだっけ――と思い出した。受け入れてしまえば何ということはない。やっと自分自身と向き合えたような気がして、むしろ心が軽くなっていた。
(でも、だからってどうしたらいいんだろう。俺はどうしたいんだろう)
服を脱ぎ捨てて浴室に入り、シャワーのコックを捻る。
頭上から降り注ぐ温かい雨を浴びながら、ナツはぼんやりと考えた。ふと、京極が口にしていた言葉がよぎる。
『及川だってお前さんにほの字みてーだし、二人でよろしくやりゃいいだろ? それでめでたしめでたし、だ』
随分と簡単に言ってくれたものだけれど、本当にそうなのだろうか。
確かに、隆之が自分に対して特別な感情を抱いていることはわかっている。客として立場をわきまえているだけで、その想いはひしひしと伝わっていた。
もし、ボーイと客という今の関係が変わったら、彼は一体どのような選択をするのだろうか。
(俺が『ナツ』じゃなくなれば、全部うまくいくのかな。そしたらきっと、『好き』って伝えて……)
今度こそ、この想いが届くように。『ナツ』ではなく『××』として――。
そんなことをぼんやり考えつつ浴室を出れば、バスタオルと一緒に着替えが置かれていた。Tシャツにスウェットパンツ、下着は新品のものだ。
さらには脱ぎ捨てた服も丁寧に畳まれており、隆之らしい気遣いにくつくつと笑ったのだった。
トクントクンと鼓動が脈打つ。
隆之は何も訊かずに傍に置いてくれて、優しくしてくれて。他の常連客だってそういったところはあるにせよ、こんなふうに安堵感を得られるのは彼だけだと思う。
「……やっぱ俺、隆之さんのこと――好きだなあ」
さすがにこれ以上、目を逸らすことはできなかった。自然とそんな言葉がこぼれ落ちる。
しかし相手からしたら、今までと何ら変わりないリップサービスにすぎなくて――ナツは思い余って、隆之の唇に自分のそれを重ねた。
「おい、ナツ」
「ココア飲んだあとだと、なんか甘いカンジすんね?」
隆之が慌てて制止してくるが、構わず続けた。
角度を変えて何度も啄むうちに、隆之は小さく吐息を漏らす。それが愛おしくて、ナツは少しばかり開いた隙間から舌先を侵入させた。歯列を割って、逃げる隆之のそれを追いかけては絡めとり、夢中になって口腔内を犯していく。
「っ、こら」隆之がナツの肩を押し返す。
渋々離れれば唾液が糸を引いた。隆之は濡れた口元を手の甲で拭いながら、こちらを見据えてくる。
「今日はそういったことはしない、って話だったろ」
「アハ、もう忘れちった。それにさ、俺から手ェ出すぶんにはセーフじゃん?」
「とにかくしないったらしない。ほら、飲み終わったならシャワー浴びてこいよ」
真面目な隆之らしい。脱衣所までずるずると引きずられていき、ナツは「やーん」とふざけた調子で声を上げた。
「あ、ねえねえ隆之さん。覗きたかったら覗いてもいーよ?」
「誰が覗くかっ」
ピシャリと脱衣所のドアが外から閉められる。
一人になったところでその場にしゃがみ込み、ナツは両手で顔を覆った。
(心臓がうるさいや……なんだよ、思いっきり恋してんじゃん)
隆之といると元気が出るし、ドキドキする一方、心が安らいで幸せな気分になる。
その彼のことで悩んでいるのも事実なのだが、甘くて切なくて、そういえば恋ってそんなものだっけ――と思い出した。受け入れてしまえば何ということはない。やっと自分自身と向き合えたような気がして、むしろ心が軽くなっていた。
(でも、だからってどうしたらいいんだろう。俺はどうしたいんだろう)
服を脱ぎ捨てて浴室に入り、シャワーのコックを捻る。
頭上から降り注ぐ温かい雨を浴びながら、ナツはぼんやりと考えた。ふと、京極が口にしていた言葉がよぎる。
『及川だってお前さんにほの字みてーだし、二人でよろしくやりゃいいだろ? それでめでたしめでたし、だ』
随分と簡単に言ってくれたものだけれど、本当にそうなのだろうか。
確かに、隆之が自分に対して特別な感情を抱いていることはわかっている。客として立場をわきまえているだけで、その想いはひしひしと伝わっていた。
もし、ボーイと客という今の関係が変わったら、彼は一体どのような選択をするのだろうか。
(俺が『ナツ』じゃなくなれば、全部うまくいくのかな。そしたらきっと、『好き』って伝えて……)
今度こそ、この想いが届くように。『ナツ』ではなく『××』として――。
そんなことをぼんやり考えつつ浴室を出れば、バスタオルと一緒に着替えが置かれていた。Tシャツにスウェットパンツ、下着は新品のものだ。
さらには脱ぎ捨てた服も丁寧に畳まれており、隆之らしい気遣いにくつくつと笑ったのだった。
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