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第4話 加速する疑似恋愛(1)★
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ナツが初めて肉体関係を持ったのは、高校一年生のとき。相手は大学に通う家庭教師だった。
「ねえ先生、見て! この前のテスト、すげー点数上がったっしょ?」
「ああうん……××くんは、本当に可愛いな」
「えー? 男に『可愛い』ってヘンなの。それよりちゃんと褒めてよ、俺頑張ったんだからさあ」
「わかったよ。じゃあ、こっちにおいで――ご褒美あげるから」
「うん?」
その日、初めてキスをした。気づいたときには押し倒されていて、それ以上の恥ずかしいことだって無理矢理されてしまった。
このことは、俺と××くんだけの秘密にしようね。お母さんにもお父さんにも内緒だよ――目の前の男は、今まで見たことがない表情を浮かべていた。
「せんせっ……やだ、痛い……や、やめ……っ」
最初は痛くて苦しくて、気持ち悪かった。ただ、快楽に溺れるのにそう時間はかからず、わけもわからないまま何度も絶頂を迎えてしまっていた。きっと、素質があったのだと思う。
「××くんはやらしい子だね。こんなことなら、もっと早く抱いてやればよかった」
「せん……せぇ……」
それからというもの、家庭教師との淫らな関係が始まった。
もちろん、誰にも言えなかった――いや、言わなかった。すっかりセックスの虜になっていたし、彼に対して特別な感情を抱いてしまったからだ。
しかし、それが長く続くことはなかった。
家庭教師のアルバイトを辞め、彼が社会人になってからも定期的に会ってはいたのだが、ある日を境にばったりと連絡が途絶えたのだ。
人づてに聞いた話では、学生の頃から付き合っていた相手と結婚したとのことだった。
結局、彼とはそれっきりになってしまい、まだ高校生だったナツが多大なショックを受けたのは言うまでもない。なにぶん初恋だったのだ。
(違う、こんなの恋じゃない。ちょっと勘違いしただけで――あんな人、別に好きじゃなかった……)
そう何度も言い聞かせたけれど、涙は止まらなかった。
そして、男に抱かれる悦びを知ってしまった体を持て余し、誰彼構わず体を重ねるようになったのである。
性に奔放な今の自分になったのは、この出来事が原因だと言ってもいい。
そのうちに、男同士なんて性欲ばかりで、所詮は《ヤリ目》の関係にすぎないのだと知ったのだった。
◇
「ヒカルくんはさ、お客さんを好きになったことある?」
店内の個室清掃中、ナツはボーイ仲間のヒカルに問いかけた。
「はあ? あるワケねーじゃん。客相手に好きも嫌いもねーだろ、フツー」
ヒカルはベッドメイクの手を止めずに返してくる。
中性的で愛されキャラを売りとしているボーイだが、実の性格はかなりぶっきらぼうだ。猫っ被りであり、ナツとは対照的に裏表の激しいボーイだったりする。
「あー無関心?」
「そ、いい人だと思うことはあるけど。紳士的で気前よくチップ払ってくれる人とかさ」
「アハハ、わかるかも」
チップの類はすべて断っているので、わかるも何もないのだが――ナツは軽く相槌を打っておいた。とにもかくにも割り切った関係ということだろう。
「つーか急になんだよ? 気になってる客でもいんの?」
「……んーん、ちょっと疑問に思っただけ」
笑って誤魔化しながらも、「気になってる客」と聞いて、脳裏に浮かんだのは隆之の顔だった。最近は隆之のことを考えるたび、胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に襲われてしまう。
『人に与えてばかりで、君のその心はどうやって満たすんだろうと思って……』
あの夜、彼はそう言ってくれた。自分でも忘れていたことだというのに。まるで、『ナツ』ではなく、『××』を見てくれているかのようで嬉しかったのだ。
前々から、隆之には他の客と違うものを感じていた。だからこんなふうに気になっているのだと思うし、ましてや失恋したという境遇に同情心だってあった。むしろ、気にならない方が無理な話ではないだろうか。
(でも『好き』って言っても、きっと俺の『好き』は違うんだろうな……)
ナツが隆之に惹かれているのは事実だが、それが恋愛感情かというと、わからないものがあった。数えきれないほどの男を相手にしてきて、感覚なんてとっくに麻痺しているのだから。
ただ、隆之と一緒にいると、どこか懐かしいような心地になる。以前の自分を思い出すような――、
(ああなんだろう、これ……ヘンなの)
考えても仕方がなくて、ナツは首を振って雑念を払い落とした。
「ねえ先生、見て! この前のテスト、すげー点数上がったっしょ?」
「ああうん……××くんは、本当に可愛いな」
「えー? 男に『可愛い』ってヘンなの。それよりちゃんと褒めてよ、俺頑張ったんだからさあ」
「わかったよ。じゃあ、こっちにおいで――ご褒美あげるから」
「うん?」
その日、初めてキスをした。気づいたときには押し倒されていて、それ以上の恥ずかしいことだって無理矢理されてしまった。
このことは、俺と××くんだけの秘密にしようね。お母さんにもお父さんにも内緒だよ――目の前の男は、今まで見たことがない表情を浮かべていた。
「せんせっ……やだ、痛い……や、やめ……っ」
最初は痛くて苦しくて、気持ち悪かった。ただ、快楽に溺れるのにそう時間はかからず、わけもわからないまま何度も絶頂を迎えてしまっていた。きっと、素質があったのだと思う。
「××くんはやらしい子だね。こんなことなら、もっと早く抱いてやればよかった」
「せん……せぇ……」
それからというもの、家庭教師との淫らな関係が始まった。
もちろん、誰にも言えなかった――いや、言わなかった。すっかりセックスの虜になっていたし、彼に対して特別な感情を抱いてしまったからだ。
しかし、それが長く続くことはなかった。
家庭教師のアルバイトを辞め、彼が社会人になってからも定期的に会ってはいたのだが、ある日を境にばったりと連絡が途絶えたのだ。
人づてに聞いた話では、学生の頃から付き合っていた相手と結婚したとのことだった。
結局、彼とはそれっきりになってしまい、まだ高校生だったナツが多大なショックを受けたのは言うまでもない。なにぶん初恋だったのだ。
(違う、こんなの恋じゃない。ちょっと勘違いしただけで――あんな人、別に好きじゃなかった……)
そう何度も言い聞かせたけれど、涙は止まらなかった。
そして、男に抱かれる悦びを知ってしまった体を持て余し、誰彼構わず体を重ねるようになったのである。
性に奔放な今の自分になったのは、この出来事が原因だと言ってもいい。
そのうちに、男同士なんて性欲ばかりで、所詮は《ヤリ目》の関係にすぎないのだと知ったのだった。
◇
「ヒカルくんはさ、お客さんを好きになったことある?」
店内の個室清掃中、ナツはボーイ仲間のヒカルに問いかけた。
「はあ? あるワケねーじゃん。客相手に好きも嫌いもねーだろ、フツー」
ヒカルはベッドメイクの手を止めずに返してくる。
中性的で愛されキャラを売りとしているボーイだが、実の性格はかなりぶっきらぼうだ。猫っ被りであり、ナツとは対照的に裏表の激しいボーイだったりする。
「あー無関心?」
「そ、いい人だと思うことはあるけど。紳士的で気前よくチップ払ってくれる人とかさ」
「アハハ、わかるかも」
チップの類はすべて断っているので、わかるも何もないのだが――ナツは軽く相槌を打っておいた。とにもかくにも割り切った関係ということだろう。
「つーか急になんだよ? 気になってる客でもいんの?」
「……んーん、ちょっと疑問に思っただけ」
笑って誤魔化しながらも、「気になってる客」と聞いて、脳裏に浮かんだのは隆之の顔だった。最近は隆之のことを考えるたび、胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に襲われてしまう。
『人に与えてばかりで、君のその心はどうやって満たすんだろうと思って……』
あの夜、彼はそう言ってくれた。自分でも忘れていたことだというのに。まるで、『ナツ』ではなく、『××』を見てくれているかのようで嬉しかったのだ。
前々から、隆之には他の客と違うものを感じていた。だからこんなふうに気になっているのだと思うし、ましてや失恋したという境遇に同情心だってあった。むしろ、気にならない方が無理な話ではないだろうか。
(でも『好き』って言っても、きっと俺の『好き』は違うんだろうな……)
ナツが隆之に惹かれているのは事実だが、それが恋愛感情かというと、わからないものがあった。数えきれないほどの男を相手にしてきて、感覚なんてとっくに麻痺しているのだから。
ただ、隆之と一緒にいると、どこか懐かしいような心地になる。以前の自分を思い出すような――、
(ああなんだろう、これ……ヘンなの)
考えても仕方がなくて、ナツは首を振って雑念を払い落とした。
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