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第2.5話 恋ではなく…(1)
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「おいナツ、いつまで寝てんだ」
「あーん、オーナーに蹴られたあ。パワハラだー」
ナツは大袈裟な仕草とともに体を起こし、大きく伸びをした。
寝ていたベッドの脇には、険しい目つきをした金髪の男――風俗店『Oasis』のオーナー兼マネージャーの京極がいる。
ここは2LDKマンションの一室にある、ナツの寝室だ。
現在、ナツは京極と二人暮らしをしているのだが、これといって特別な関係性ではない。自活できないナツを見かねて、京極が保護者代わりに面倒を見てくれているだけだ。まるで犬猫のような扱いで彼のもとに厄介になっているものの、おかげでなんとか生活できている。
「シーツ洗っちまうから退いとけ。朝メシはテーブルの上な」
「うぃーっす」
ナツはベッドから下りると、欠伸をしながらバスルームへと向かった。
シャワーを浴び、着替えを済ませてからダイニングへと赴く。テーブルの上には朝食のトーストとコーヒーが用意されていたが、それよりも開きっぱなしになっているノートパソコンの画面が気になった。
というのも、予約状況を確認できるカレンダーアプリが開かれていたからだ。
「ねえ、予約入ってるのってこれで全部? たかゆ――及川隆之さんって人の予約、来てない?」
「リアルタイム更新なんだから、そこになけりゃねェだろ」
京極がダイニングにやって来たところで声をかけるも、あっさり返されてしまう。ナツは椅子に腰かけると、トーストにジャムを塗りながら唇を尖らせた。
「……お仕事忙しいのかなあ」
「どうしたんだ? その客のことでなんかあった?」
「いや、最近会いに来てくれないなーって思っただけ」
「お前さんがそんなこと気にするなんて珍しいな。なんだよ、お気に入りか?」
「そーゆーのじゃないって。お客さんに優劣なんかつけねーし」
「まァ確かに。ジイサン相手にも嫌な顔しねェしな」
「ん? 俺、おじいちゃん好きだよ? 孫みたいに可愛がってくれるし、勃起してもらえたらすげー嬉しいもん」
「……ンなこと言うの、ウチの店だとお前さんだけだよ」
やれやれ、とばかりに京極が肩をすくめる。
『ナツ』には一切の嘘がない。どんな客だって、相手にしている以上は一番愛おしく思っているし、セックスも好きでやっている。他人を楽しませたり安らぎを与えたりするのが大好きで、裏表のない――全部、本当の『自分』なのだ。
とはいっても、金と引き換えの関係であることに変わりはない。ナツの場合、なにも金欲しさに体を売っているわけではないのだが、薄っぺらい関係だということは重々承知している。客が離れたところで何とも思わないし、いちいち考えている余裕もない。
だが、あの男だけは違うのだ。
(隆之さん、ちゃんと眠れてんのかな……)
初対面が店の外で、深い話を聞いてしまったせいだろうか。彼のことが妙に頭から離れず、気になって仕方がなかった。
最近は笑顔を見せてくれるようになったものの、やはり時折寂しげな表情をすることがある。そんなときは決まって、胸の奥がチクリと痛むのだ。
同情心があるのは自覚しているが、ここまで気がかりなのはどうしてだろう――そう思いながら、トーストにかじりつく。
「及川さん、ね……最近お前さんの常連になった客だよな」京極がおもむろに口を開いた。
「そーだよ。お金大丈夫かなって思うけど、毎週指名くれてさ」
「ははーん残念、今ふと思い出しちまった。そいつ、こないだヒカルのこと指名してたぞ?」
「え……」
その言葉を聞いた途端、ナツは息が詰まるような感覚を覚えた。
ヒカルはアイドルのように中性的な美貌を持つ人気のボーイだ。店のNo.1はいかにもゲイ受けするようなガタイのいいボーイなのだが、それに迫る勢いで売上を伸ばしている。
見た目だけでなく、話し上手なうえサービスもいい。すべてが上位互換でまさに格上の存在――が、そうとわかってはいても、隆之が自分ではなく別のボーイを指名していたことに、何故だか無性に悲しくなってしまう。
「あーん、オーナーに蹴られたあ。パワハラだー」
ナツは大袈裟な仕草とともに体を起こし、大きく伸びをした。
寝ていたベッドの脇には、険しい目つきをした金髪の男――風俗店『Oasis』のオーナー兼マネージャーの京極がいる。
ここは2LDKマンションの一室にある、ナツの寝室だ。
現在、ナツは京極と二人暮らしをしているのだが、これといって特別な関係性ではない。自活できないナツを見かねて、京極が保護者代わりに面倒を見てくれているだけだ。まるで犬猫のような扱いで彼のもとに厄介になっているものの、おかげでなんとか生活できている。
「シーツ洗っちまうから退いとけ。朝メシはテーブルの上な」
「うぃーっす」
ナツはベッドから下りると、欠伸をしながらバスルームへと向かった。
シャワーを浴び、着替えを済ませてからダイニングへと赴く。テーブルの上には朝食のトーストとコーヒーが用意されていたが、それよりも開きっぱなしになっているノートパソコンの画面が気になった。
というのも、予約状況を確認できるカレンダーアプリが開かれていたからだ。
「ねえ、予約入ってるのってこれで全部? たかゆ――及川隆之さんって人の予約、来てない?」
「リアルタイム更新なんだから、そこになけりゃねェだろ」
京極がダイニングにやって来たところで声をかけるも、あっさり返されてしまう。ナツは椅子に腰かけると、トーストにジャムを塗りながら唇を尖らせた。
「……お仕事忙しいのかなあ」
「どうしたんだ? その客のことでなんかあった?」
「いや、最近会いに来てくれないなーって思っただけ」
「お前さんがそんなこと気にするなんて珍しいな。なんだよ、お気に入りか?」
「そーゆーのじゃないって。お客さんに優劣なんかつけねーし」
「まァ確かに。ジイサン相手にも嫌な顔しねェしな」
「ん? 俺、おじいちゃん好きだよ? 孫みたいに可愛がってくれるし、勃起してもらえたらすげー嬉しいもん」
「……ンなこと言うの、ウチの店だとお前さんだけだよ」
やれやれ、とばかりに京極が肩をすくめる。
『ナツ』には一切の嘘がない。どんな客だって、相手にしている以上は一番愛おしく思っているし、セックスも好きでやっている。他人を楽しませたり安らぎを与えたりするのが大好きで、裏表のない――全部、本当の『自分』なのだ。
とはいっても、金と引き換えの関係であることに変わりはない。ナツの場合、なにも金欲しさに体を売っているわけではないのだが、薄っぺらい関係だということは重々承知している。客が離れたところで何とも思わないし、いちいち考えている余裕もない。
だが、あの男だけは違うのだ。
(隆之さん、ちゃんと眠れてんのかな……)
初対面が店の外で、深い話を聞いてしまったせいだろうか。彼のことが妙に頭から離れず、気になって仕方がなかった。
最近は笑顔を見せてくれるようになったものの、やはり時折寂しげな表情をすることがある。そんなときは決まって、胸の奥がチクリと痛むのだ。
同情心があるのは自覚しているが、ここまで気がかりなのはどうしてだろう――そう思いながら、トーストにかじりつく。
「及川さん、ね……最近お前さんの常連になった客だよな」京極がおもむろに口を開いた。
「そーだよ。お金大丈夫かなって思うけど、毎週指名くれてさ」
「ははーん残念、今ふと思い出しちまった。そいつ、こないだヒカルのこと指名してたぞ?」
「え……」
その言葉を聞いた途端、ナツは息が詰まるような感覚を覚えた。
ヒカルはアイドルのように中性的な美貌を持つ人気のボーイだ。店のNo.1はいかにもゲイ受けするようなガタイのいいボーイなのだが、それに迫る勢いで売上を伸ばしている。
見た目だけでなく、話し上手なうえサービスもいい。すべてが上位互換でまさに格上の存在――が、そうとわかってはいても、隆之が自分ではなく別のボーイを指名していたことに、何故だか無性に悲しくなってしまう。
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