12 / 46
第2話 甘い恋のトラップ(4)
しおりを挟む
どことなくナツは気恥ずかしげにしていた。セックスのときはあんなにも手慣れている様子なのに――今は年相応というか、本当によく表情がころころ変わる子だ。
隆之はその愛らしさにドキリとしつつ言葉を返す。
「なら、次は家に呼ばせてもらうよ。出張も頼めるんだよな?」
「も、もちろんっ! てゆーか、隆之さんの家行ってもいーの?」
「ああ。狭いところなんだが、それでもよければ」
「そんなの気にしないって! 楽しみ!」
ナツが無邪気に笑い、ぎゅうっと腕に絡みついてくる。それを受け止めながら、隆之は自然と微笑みを浮かべている自分に驚いていた。
こうして会うたびに、少しずつ距離が縮まっている気がする。いや、というよりは、
(俺が、この子に惹かれているのか……?)
一緒にいたいと思えるし、もっと彼のことを知りたいとも思う。
しかし、相手は風俗店で働いているボーイなのだ。同性で立場だって違うのだから、普通に考えて恋愛感情など抱くはずがない。
そうとわかってはいるものの、心の奥底に生まれたほのかな想いを意識せずにはいられなかった。
◇
「及川、今日はプレゼンだったよな。クライアントからのフィードバックはどうだった?」
外回り営業を終えてオフィスに戻ると、上司から早速声をかけられた。
「概ね好評でしたよ。明日の打ち合わせで最終調整して、A案でFIX予定です」
隆之の返答に上司は満足げに口角を上げる。報告を済ませてからデスクに着き、パソコンを立ち上げたところで、今度は隣の席から声がかかった。
「順調そうで羨ましいなあ、おい。俺なんかまた課長にネチネチ怒られちまったぜ」
同期の川島だ。恨めしそうな視線を向けられて、隆之はため息をついた。
「またスケジュール寝かせてたのか?」
「俺じゃなくてクリエイティブの連中に言ってくれよお、俺の意見ガン無視しやがって」
「そこをどうにかするのが仕事だろ」
「うう、お前までそんなことをっ。あー癒しがほしいっ、ひと段落ついたら絶対オネエチャンのとこ行ってやんだ……」
泣き真似をする川島を横目に見つつ、そういえばと思い出す。
(川島のやつ……風俗に通ってる、って話をしていたな)
性行為は好きな人同士で――などと当然のごとく思っていたし、以前は適当に聞き流していたのだが、今となっては話を聞いてみるのも悪くない。
とはいえ内容が内容だ。オフィスでぺちゃくちゃと雑談するわけにもいかず、切り出したのは業務が終わってからだった。
「なんだよ、ついにお前も風俗デビューしたっての!? いいよなあ、明日からも頑張ろうって活力もらえてさ!」
「……大きな声で言うなよ」
最寄り駅までの道すがら、嬉々として川島が語る。隆之は苦笑しつつも、思い切って気になっていたことを訊ねてみた。
「なあ、川島は相手に恋愛感情のようなものを抱いたりするか?」
「は? なに、ガチ恋的な?」
「がち恋?」
「えーないないっ、だって向こうは仕事でやってんだぜ? こっちだって《ヤリ目》で通ってんだしありえねーって」
「そう、か」
やはりそういうものなのか。隆之が内心落胆していると、川島は少しだけ真面目なトーンになって続ける。
「その気にさせるのが上手い嬢にでも捕まったか? お前って生真面目だからヘンなハマり方しそうで怖ェわ。あくまで嬢と客――金ありきの関係なんだし、いろんな意味で身を滅ぼすことになりかねんぞ?」
「……ご忠告どうも」
川島が言っていることはもっともだ。傷心状態のところに優しくされたぶん、入れ込みすぎて勘違いをしそうになっているのかもしれない。あまりよくない傾向だろう。
(ナツにとっても、好きでもない相手からの好意なんて迷惑でしかないだろうしな……)
何をどぎまぎとしていたのか。心が沈むのを感じるも、考えてみればすぐにわかることだった。
川島と別れて一人になると、隆之はスマートフォンを取り出し、『Oasis』のホームページにアクセスする。
人恋しさを紛らわせれば、ナツじゃなくても――そんな思いから、適当に他のボーイのページを開いたのだった。
隆之はその愛らしさにドキリとしつつ言葉を返す。
「なら、次は家に呼ばせてもらうよ。出張も頼めるんだよな?」
「も、もちろんっ! てゆーか、隆之さんの家行ってもいーの?」
「ああ。狭いところなんだが、それでもよければ」
「そんなの気にしないって! 楽しみ!」
ナツが無邪気に笑い、ぎゅうっと腕に絡みついてくる。それを受け止めながら、隆之は自然と微笑みを浮かべている自分に驚いていた。
こうして会うたびに、少しずつ距離が縮まっている気がする。いや、というよりは、
(俺が、この子に惹かれているのか……?)
一緒にいたいと思えるし、もっと彼のことを知りたいとも思う。
しかし、相手は風俗店で働いているボーイなのだ。同性で立場だって違うのだから、普通に考えて恋愛感情など抱くはずがない。
そうとわかってはいるものの、心の奥底に生まれたほのかな想いを意識せずにはいられなかった。
◇
「及川、今日はプレゼンだったよな。クライアントからのフィードバックはどうだった?」
外回り営業を終えてオフィスに戻ると、上司から早速声をかけられた。
「概ね好評でしたよ。明日の打ち合わせで最終調整して、A案でFIX予定です」
隆之の返答に上司は満足げに口角を上げる。報告を済ませてからデスクに着き、パソコンを立ち上げたところで、今度は隣の席から声がかかった。
「順調そうで羨ましいなあ、おい。俺なんかまた課長にネチネチ怒られちまったぜ」
同期の川島だ。恨めしそうな視線を向けられて、隆之はため息をついた。
「またスケジュール寝かせてたのか?」
「俺じゃなくてクリエイティブの連中に言ってくれよお、俺の意見ガン無視しやがって」
「そこをどうにかするのが仕事だろ」
「うう、お前までそんなことをっ。あー癒しがほしいっ、ひと段落ついたら絶対オネエチャンのとこ行ってやんだ……」
泣き真似をする川島を横目に見つつ、そういえばと思い出す。
(川島のやつ……風俗に通ってる、って話をしていたな)
性行為は好きな人同士で――などと当然のごとく思っていたし、以前は適当に聞き流していたのだが、今となっては話を聞いてみるのも悪くない。
とはいえ内容が内容だ。オフィスでぺちゃくちゃと雑談するわけにもいかず、切り出したのは業務が終わってからだった。
「なんだよ、ついにお前も風俗デビューしたっての!? いいよなあ、明日からも頑張ろうって活力もらえてさ!」
「……大きな声で言うなよ」
最寄り駅までの道すがら、嬉々として川島が語る。隆之は苦笑しつつも、思い切って気になっていたことを訊ねてみた。
「なあ、川島は相手に恋愛感情のようなものを抱いたりするか?」
「は? なに、ガチ恋的な?」
「がち恋?」
「えーないないっ、だって向こうは仕事でやってんだぜ? こっちだって《ヤリ目》で通ってんだしありえねーって」
「そう、か」
やはりそういうものなのか。隆之が内心落胆していると、川島は少しだけ真面目なトーンになって続ける。
「その気にさせるのが上手い嬢にでも捕まったか? お前って生真面目だからヘンなハマり方しそうで怖ェわ。あくまで嬢と客――金ありきの関係なんだし、いろんな意味で身を滅ぼすことになりかねんぞ?」
「……ご忠告どうも」
川島が言っていることはもっともだ。傷心状態のところに優しくされたぶん、入れ込みすぎて勘違いをしそうになっているのかもしれない。あまりよくない傾向だろう。
(ナツにとっても、好きでもない相手からの好意なんて迷惑でしかないだろうしな……)
何をどぎまぎとしていたのか。心が沈むのを感じるも、考えてみればすぐにわかることだった。
川島と別れて一人になると、隆之はスマートフォンを取り出し、『Oasis』のホームページにアクセスする。
人恋しさを紛らわせれば、ナツじゃなくても――そんな思いから、適当に他のボーイのページを開いたのだった。
10
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。
丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。
イケメン青年×オッサン。
リクエストをくださった棗様に捧げます!
【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。
楽しいリクエストをありがとうございました!
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
真柴さんちの野菜は美味い
晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。
そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。
オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。
※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。
※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる