クールな年下男子は、俺の生徒で理想のお嫁さん!?

有村千代

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第3話 最悪のカミングアウト(1)

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 生徒にとってはオアシスの昼休みであっても、職員室は慌ただしい。

 事務作業、授業準備、生徒対応および指導、ときに会議――非常勤講師の諒太でさえ、その日は業務と並行しながら昼食をとっていた。昼休みに限らず、空き時間に食事をするようにしているのだが、授業が詰まっている日はどうしても時間に追われてしまう。

(あーあ、俺にも昼休みがほしいよ……)

 ノートパソコンと睨めっこしながら、弁当に箸を伸ばす。

 と、そこに思わぬ人物が現れた。「失礼します」と、橘が職員室に入ってきたのだ。
 彼は大量のノートを抱えており、迷わず諒太のデスクにやって来る。

「坂上先生、地理のノートを提出しに来ました。三年四組の分です」
「えっ、教科係の子は?」
「めちゃくちゃかったるそうにしてたんで、代わりを買って出ました」
「ありゃ、それはご苦労さま」

 授業の終わりにノートを提出するよう告げていたのだが、まさか橘が来るとは思わなかった。いや、なにも自ら代わりを買って出なくてもいいとは思うが。

(もしかしなくても、俺が受け持ってる授業だから……とか?)

 なんだかこそばゆい気持ちになる。内心で苦笑していると、橘がデスクの上に広げられた弁当を目にして訊ねてきた。

「お昼、お弁当なんすね」
「今日は特別だよ。保育園が《お弁当の日》でさ、そのついでにな」

 園の方針で月に一回、《お弁当の日》がある。家庭で弁当を用意し、子供に持たせることになっているのだ。

「へえ、ちゃんとしてるじゃないですか」
「まあな。最近は冷食に頼ることも少なくなったし――あ、これとか前に教わったハンバーグ。ちゃんと一人でも作れるようになってさ」

 などと話していたら、こほん、とわざとらしい咳払いが聞こえてギクリとする。見れば、学年主任の女性教員がこちらに視線を送っていた。
 諒太は会釈を返し、口元を手で覆いながら声を潜めた。

「それで、なんだけど」
「はい」

 内緒話をする仕草を見て、橘も耳を寄せてくる。諒太は思いがけない距離の近さにドキッとした。

(顔、近い……って、俺は中学生か!)

 やはりというか何というか、橘は大人びていると思う。高校生とは思えない落ち着きがあり、男らしさを感じるのだ。
 だからといって、彼は恋愛対象にはなりえない。今までの経験上、そのはずなのだけれど……、

(ヤバい、なんだこれ)

 なぜだか胸がドキドキとして、調子が狂ってしまう。先日からどうにもおかしい。
 諒太は動揺を隠しつつ、小さな声で囁くように言った。

「美緒が遊びたがっててさ。またちょっとご飯でもどう?」
「いいですね。なら、あとで連絡します――長居するのもアレそうなんで」
「そうしてもらえると助かる」

 早々に話を切り上げて橘と別れる。すると、例の学年主任がやってきた。

「坂上先生は、ちょっと生徒との距離が近いんじゃないですか」
「すみません、つい」

 今のやり取りだけで注意されてしまうのか――諒太の背に嫌な汗が流れる。学年主任は厳格な考えを持っているようで、眉間にシワを寄せて言葉を続けた。

「あなたは生徒にとって教育者であり、彼らに教育と指導を提供する義務があります。生徒から信頼を得ることも大事ですが、その自覚を忘れないでください」
「はい、ご指導ありがとうございます」

 反省している旨を伝えると、それ以上は追求されなかった。

 入れ替わりで、今度は教頭である老教師が通りがかる。彼は眼鏡の奥にある目を細めて、静かに口を開いた。

「気にしなくていいですよ。僕が若い頃なんか、ご飯を奢ってやるとかしょっちゅうだったし、校外学習にかこつけて一緒に映画を見たりなんかもしました――今はちょっとうるさくもなりましたけど、先生らしく生徒を導いてあげればいいと思いますよ」
「教頭先生……」

 思わぬ味方の登場に感動する。が、そんな矢先のこと。

「あ、でも女子生徒には注意してくださいね。些細なことでもセクハラになりかねませんし、ことによっては大問題になりますから」

 しっかりと一線を引くように、と言われて固まってしまう。確かにそれはそうなのだが、

(俺の場合、男子生徒の方が危ういのでは!?)

 ゲイセクシャルだからといって、すべての男性が恋愛・性的対象になるかといえばノーではあるけれど――ストレートだって同じようなものだろう――、心当たりがあるぶん、胸がざわついてしまう。

 頭に浮かぶのは、やはり橘大地の顔だ。自覚というのは恐ろしいもので、彼のことが好きなのかもしれないと考えだしたら止まらなくなっていた。しかも、今さら一線を引くだなんてできないほどに、距離感が縮まっているときた。

(好き、なんかじゃないし……手を出すはずもないけど)

 そんなことを考えている時点で、もう危ういのだろうか――諒太は人知れずため息をつく。気づけば昼休みも終了間際で、慌てて昼食を終えたのだった。
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