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第5話 あと一歩の気持ち(3)
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高山は一瞬だけ驚いたように目を瞠ったあと、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「まだいるよ。なんなら、泊まってったっていいんだぜ」
顔を覗き込んでくるとともに、そっと手を取られた。
何故そこまで優しくできるのだろう――こんな、自分を相手にして。嬉しい反面、申し訳なくなってくる。
考えを巡らせているうちにも、高山は「ん?」と首を傾げていて、相変わらずこちらの返事を待っていた。侑人は静かに口を開く。
「ごめん……俺、高山さんの優しさに甘えてばっかだ」
口をついて出たのは謝罪の言葉だった。高山は苦笑を返してくる。
「どうして謝るんだよ。仮にも恋人だろ、俺ら」
恋人。その言葉に胸が痛むような思いだった。
高山は優しいから、いつだって気遣ってくれて際限なく甘やかしてくれる。
一方で、自分はその想いに応えられているだろうか。素直になれない性格のせいで素っ気ない態度を取ってしまうし、感謝の気持ちだってろくに口にできていない気がする。
そして何よりも――、
「だって俺、告白の返事もまだじゃん」
なし崩し的に始まった関係は、未だ曖昧なまま。
これほど想われているというのに、まだ何も高山に返せていない。それが申し訳なくて仕方なかった。
我ながら情けない話だとは思うが、今さら恋だの愛だの言われても十代の頃とは違う。思春期真っただ中の勢いなど、もうとっくに枯れているのだ。
つい最近は婚活だってしたけれど、そこにあったのは互いに損得勘定ばかりで、恋愛とは程遠いものだった。
だからこそ、余計にわからなくなる。どうやって恋をしたらいいのか、どうやって愛したらいいのか。真剣であれば真剣であるほどハードルは高くなり、感情の整理が追い付かない。
(きっと答えは出かかっているはずなのに。……俺はこの先、高山さんとどうなりたいんだろう)
これでも実感はしていた。ともに過ごす時間が増えて、楽しかったり嬉しかったりして、少しずつ距離が縮まっているのを。
戸惑いながらも、間違いなく自分は高山に惹かれている――ただ、問題はそこから先だ。自分がどうしたいのかわからないまま、ずるずると時間だけが過ぎていく。
そんな侑人の葛藤を見透かしたかのように、不意に高山が頭を撫でてきた。
「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ」
「え?」
「悩ませちまってごめんな。けど、侑人が俺のこと意識してくれて、真剣に考えてくれて――すげえ嬉しい。今はそれで十分だ」
そのまま引き寄せられるようにして抱きしめられる。高山の声色はどこまでも優しかった。
「なんで、そんなふうに俺のことわかってくれるんだよ」
「そんなの、ずっと好きだったからに決まってるだろ。お前がどんだけ意地っ張りで、不器用で、生真面目で……繊細なヤツなのか、全部知ってる」
「――……」
もとより他人の感情に疎いのは自覚していたけれど、己の不甲斐なさを思い知らされる。一度でも高山の身になって、物事を考えたことがあっただろうか。
高山はずっと寄り添ってくれていたのだ、肉体のみならず精神的にも。こちらが作った壁を何度だって乗り越えて。――それをさも当たり前のように受け入れていた自分は、一体何だったのだろう。
「あーあ、顔真っ赤にしちまって」
高山が両手で頬を包み込んでくる。
顔が熱くてたまらないのは、おそらく熱のせいだけではない。だって、こんなにも胸が高鳴っているのだから。
「……高山さん」侑人は震える唇で告げる。「まだ時間かかるかもしんないけど、もう少し待ってて」
こう言ってしまうのはきっとずるい。けれど、言わずにはいられなかった。
「まだいるよ。なんなら、泊まってったっていいんだぜ」
顔を覗き込んでくるとともに、そっと手を取られた。
何故そこまで優しくできるのだろう――こんな、自分を相手にして。嬉しい反面、申し訳なくなってくる。
考えを巡らせているうちにも、高山は「ん?」と首を傾げていて、相変わらずこちらの返事を待っていた。侑人は静かに口を開く。
「ごめん……俺、高山さんの優しさに甘えてばっかだ」
口をついて出たのは謝罪の言葉だった。高山は苦笑を返してくる。
「どうして謝るんだよ。仮にも恋人だろ、俺ら」
恋人。その言葉に胸が痛むような思いだった。
高山は優しいから、いつだって気遣ってくれて際限なく甘やかしてくれる。
一方で、自分はその想いに応えられているだろうか。素直になれない性格のせいで素っ気ない態度を取ってしまうし、感謝の気持ちだってろくに口にできていない気がする。
そして何よりも――、
「だって俺、告白の返事もまだじゃん」
なし崩し的に始まった関係は、未だ曖昧なまま。
これほど想われているというのに、まだ何も高山に返せていない。それが申し訳なくて仕方なかった。
我ながら情けない話だとは思うが、今さら恋だの愛だの言われても十代の頃とは違う。思春期真っただ中の勢いなど、もうとっくに枯れているのだ。
つい最近は婚活だってしたけれど、そこにあったのは互いに損得勘定ばかりで、恋愛とは程遠いものだった。
だからこそ、余計にわからなくなる。どうやって恋をしたらいいのか、どうやって愛したらいいのか。真剣であれば真剣であるほどハードルは高くなり、感情の整理が追い付かない。
(きっと答えは出かかっているはずなのに。……俺はこの先、高山さんとどうなりたいんだろう)
これでも実感はしていた。ともに過ごす時間が増えて、楽しかったり嬉しかったりして、少しずつ距離が縮まっているのを。
戸惑いながらも、間違いなく自分は高山に惹かれている――ただ、問題はそこから先だ。自分がどうしたいのかわからないまま、ずるずると時間だけが過ぎていく。
そんな侑人の葛藤を見透かしたかのように、不意に高山が頭を撫でてきた。
「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ」
「え?」
「悩ませちまってごめんな。けど、侑人が俺のこと意識してくれて、真剣に考えてくれて――すげえ嬉しい。今はそれで十分だ」
そのまま引き寄せられるようにして抱きしめられる。高山の声色はどこまでも優しかった。
「なんで、そんなふうに俺のことわかってくれるんだよ」
「そんなの、ずっと好きだったからに決まってるだろ。お前がどんだけ意地っ張りで、不器用で、生真面目で……繊細なヤツなのか、全部知ってる」
「――……」
もとより他人の感情に疎いのは自覚していたけれど、己の不甲斐なさを思い知らされる。一度でも高山の身になって、物事を考えたことがあっただろうか。
高山はずっと寄り添ってくれていたのだ、肉体のみならず精神的にも。こちらが作った壁を何度だって乗り越えて。――それをさも当たり前のように受け入れていた自分は、一体何だったのだろう。
「あーあ、顔真っ赤にしちまって」
高山が両手で頬を包み込んでくる。
顔が熱くてたまらないのは、おそらく熱のせいだけではない。だって、こんなにも胸が高鳴っているのだから。
「……高山さん」侑人は震える唇で告げる。「まだ時間かかるかもしんないけど、もう少し待ってて」
こう言ってしまうのはきっとずるい。けれど、言わずにはいられなかった。
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