上 下
49 / 63

最終話 そして、その後の彼ら(3)

しおりを挟む
「え……」

 思わぬ言葉に、犬飼の胸が大きく音を立てた。
 羽柴は体を起こしながら、こちらの顔を覗き込んでくる。その瞳には心配の色がありありと浮かんでいた。

「最近、元気ないですよね? 何かあったんですか?」

 そう問われ、犬飼はしばし逡巡する。
 やはりというべきか。いずれは話そうと思っていたし、こうなっては観念するほかない。

「実は――」

 意を決し、起き上がりながら口を開いた。

 ベトナム駐在の辞令を出されたことを伝えると、さすがに羽柴も驚いたようだ。目を丸くし、言葉を失うようにしてこちらを見つめてくる。
 そして、ようやく口を開いたかと思えば、

「おめでとうございます! やりましたね、大抜擢だいばってきじゃないですかっ!」

 目を輝かせ、まるで自分のことのように喜ぶ羽柴。かたや犬飼は呆気にとられた。

「いいのか、君はそれで。……三年もの間、離ればなれになるんだぞ」

 そこが気がかりでならないというのに、どういった了見だろう。
 犬飼が低く問えば、羽柴はきょとんとした顔になる。それから、さも当然のように言ってのけたのだった。

「だって蓮也さん、俺に引き留めてほしいわけじゃないでしょ? 誰よりも仕事熱心なところ、いつだって見てきたんだし、それくらいわかりますって」

 図星を突かれ、犬飼は押し黙る。

 きっと羽柴に引き留められたら、彼を理由にして日本にとどまることも考えただろう。だが、それが本当に自分の望みなのかと問われたら――答えは否だ。
 悩んでいるようで、とっくに決心はついていたのだと思う。「離れなければならない」とわかっているからこそ、胸が苦しいのだ。

「せっかく、恋人同士で……パートナーになれたのに」

 無意識のうちに、ぽつりとそんな言葉がこぼれ落ちた。
 頭では理解していても、ままならない感情が膨らんで押し潰されそうになる。たまらず羽柴の胸に身を寄せれば、優しく背中を撫でられしまった。

「大丈夫。俺はもう、蓮也さんだけのDomですよ。――だから、安心して行ってきてください」

 羽柴は両手で犬飼の首輪を包み込み、こつんと額を合わせてくる。

「羽柴……」
「俺、ちゃんとこまめに連絡するし。会いに行くのはなかなか難しいかもだけど、二度と会えないわけじゃないんだから」 

 それは犬飼の背中を押すような言葉だったが、同時に自分自身にも言い聞かせているようだった。その証拠に、どことなく瞳が揺れていて、寂しげな表情になっているのがわかる。
 犬飼は首輪に添えられた手に、やんわりと自分の手を重ね合わせた。

「俺が日本に戻ってくるまで、待っていてくれるか?」
「もちろん。蓮也さんのこと、信じて待ってます」

 迷いのない眼差しで言い切る羽柴に、ますます胸が熱くなる。

 今の自分は情けない顔をしていることだろう――が、それでも構わない。唯一、この男の前でなら、弱い部分もさらけ出したいと思えるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

【完結】あなたに撫でられたい~イケメンDomと初めてのPLAY~

金色葵
BL
創作BL Dom/Subユニバース 自分がSubなことを受けれられない受け入れたくない受けが、イケメンDomに出会い甘やかされてメロメロになる話 短編 約13,000字予定 人物設定が「好きになったイケメンは、とてつもなくハイスペックでとんでもなくドジっ子でした」と同じですが、全く違う時間軸なのでこちらだけで読めます。

処理中です...