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第5話 さらけ出して、君となら(1)
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犬飼に限って、遅刻や無断欠勤などあり得ない。室内はすぐにざわつき始めた。
羽柴もスマートフォンを取り出すと、犬飼の番号をタップする。しかし、コール音が虚しく響くばかりで、相手が出る気配はなかった。
まさか、己のDom性を否定するあまりに、肝心なことを失念してしまったのではないか。最悪の事態が脳裏をよぎり、羽柴は焦燥感に駆られる。
(あれ、昨日……アフターケアしてない――?)
以前、注意されていたはずだ。あまりにケアを怠ると、Subが強い不安に苛まれる《サブドロップ》になりかねないと。
思い当たる節があるだけに、余計に不安が募っていく。
少し考えればわかるはずだった。だというのに、自分のことばかりに気をとられたあげく、ダイナミクスからも――そして、犬飼からも逃げてしまったのだ。
羽柴は自分の愚かさに内心で舌打ちをし、弾かれたように大きく宣言した。
「俺、主任の自宅まで様子見てきます!」
背後から呼び止める声が聞こえたが、構わずに鞄を引っ掴んで、オフィスをあとにする。エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け下りて、街路に出るなりタクシーに飛び乗った。
犬飼の住むマンションは、車で十分ほどの距離にある。羽柴はやきもきしながら運転手に住所を告げ、車内で何度もスマートフォンを確認した。
そうして目的地に到着すると、共同玄関を抜けて、勢いそのままに部屋の前まで駆けていく。
続けざまにインターホンを鳴らしてみるも、なんら反応はなかった。合鍵を使って中に入ろうとしたところ、鍵がかかっていないことに気づく。
「犬飼さん!!」
玄関に飛び込むなり、羽柴は大声で呼びかけた。靴を脱ぐのもそこそこに、急いでリビングへと向かう。
すると、甲高い鳴き声とともに、部屋中を飛び跳ねている毛玉が目に留まった。――ポメラニアンの姿になってしまった犬飼だ。
「そんな走り回ったら、危なっ――!」
怪我でもしたら大変だと、とっさにコマンドを口にしようとした。が、戸惑いが生じる。
サブドロップに陥った状態で、さらにコマンドを出そうものなら、どうなるかわからない。下手をすれば、生死に関わることだってあるのだ。
羽柴はぐっと唇を引き結び、姿勢を低くして犬飼の方へ歩み寄った。距離が縮まったところで、その小さな体を抱きしめる。
互いにとってあまり良い方法でないのは、もちろん承知の上だった。
「っ!」
親指の付け根に焼けつくような痛みが走る。
案の定、犬飼の牙が食い込んでいた。だが、羽柴は怯むことなく、あやすように犬飼の背中を撫でるのだった。
「ごめんね、蓮也。ずっと怖かったよね……一人でよく頑張ったね」
「いい子」と何度も繰り返しては、優しく語りかける。
犬飼は最初こそ、唸り声を上げて抵抗していたものの、そのうちに顎の力を緩めてくれた。呼吸もだんだん整ってきて、羽柴は小さく息をつく。
「蓮也、すごくいい子――Good boy」
胸が締めつけられる感覚とともに口にすれば、腕の中の存在がビクンッと震えたのがわかった。
「……そんなに抱きしめられると苦しい」
「!」
次の瞬間には、元の成人男性の姿に戻った犬飼がいた。
ただし例のごとく全裸で、羽柴は着ていたジャケットを羽織らせると、パッと視線を逸らす。
一方、犬飼はこちらの手を取って、傷跡に視線を落とした。
羽柴もスマートフォンを取り出すと、犬飼の番号をタップする。しかし、コール音が虚しく響くばかりで、相手が出る気配はなかった。
まさか、己のDom性を否定するあまりに、肝心なことを失念してしまったのではないか。最悪の事態が脳裏をよぎり、羽柴は焦燥感に駆られる。
(あれ、昨日……アフターケアしてない――?)
以前、注意されていたはずだ。あまりにケアを怠ると、Subが強い不安に苛まれる《サブドロップ》になりかねないと。
思い当たる節があるだけに、余計に不安が募っていく。
少し考えればわかるはずだった。だというのに、自分のことばかりに気をとられたあげく、ダイナミクスからも――そして、犬飼からも逃げてしまったのだ。
羽柴は自分の愚かさに内心で舌打ちをし、弾かれたように大きく宣言した。
「俺、主任の自宅まで様子見てきます!」
背後から呼び止める声が聞こえたが、構わずに鞄を引っ掴んで、オフィスをあとにする。エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け下りて、街路に出るなりタクシーに飛び乗った。
犬飼の住むマンションは、車で十分ほどの距離にある。羽柴はやきもきしながら運転手に住所を告げ、車内で何度もスマートフォンを確認した。
そうして目的地に到着すると、共同玄関を抜けて、勢いそのままに部屋の前まで駆けていく。
続けざまにインターホンを鳴らしてみるも、なんら反応はなかった。合鍵を使って中に入ろうとしたところ、鍵がかかっていないことに気づく。
「犬飼さん!!」
玄関に飛び込むなり、羽柴は大声で呼びかけた。靴を脱ぐのもそこそこに、急いでリビングへと向かう。
すると、甲高い鳴き声とともに、部屋中を飛び跳ねている毛玉が目に留まった。――ポメラニアンの姿になってしまった犬飼だ。
「そんな走り回ったら、危なっ――!」
怪我でもしたら大変だと、とっさにコマンドを口にしようとした。が、戸惑いが生じる。
サブドロップに陥った状態で、さらにコマンドを出そうものなら、どうなるかわからない。下手をすれば、生死に関わることだってあるのだ。
羽柴はぐっと唇を引き結び、姿勢を低くして犬飼の方へ歩み寄った。距離が縮まったところで、その小さな体を抱きしめる。
互いにとってあまり良い方法でないのは、もちろん承知の上だった。
「っ!」
親指の付け根に焼けつくような痛みが走る。
案の定、犬飼の牙が食い込んでいた。だが、羽柴は怯むことなく、あやすように犬飼の背中を撫でるのだった。
「ごめんね、蓮也。ずっと怖かったよね……一人でよく頑張ったね」
「いい子」と何度も繰り返しては、優しく語りかける。
犬飼は最初こそ、唸り声を上げて抵抗していたものの、そのうちに顎の力を緩めてくれた。呼吸もだんだん整ってきて、羽柴は小さく息をつく。
「蓮也、すごくいい子――Good boy」
胸が締めつけられる感覚とともに口にすれば、腕の中の存在がビクンッと震えたのがわかった。
「……そんなに抱きしめられると苦しい」
「!」
次の瞬間には、元の成人男性の姿に戻った犬飼がいた。
ただし例のごとく全裸で、羽柴は着ていたジャケットを羽織らせると、パッと視線を逸らす。
一方、犬飼はこちらの手を取って、傷跡に視線を落とした。
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