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第3話 もっと支配されたい(2)
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気でもあるのかと勘違いしそうになるから、やめてほしい。犬飼は頭を抱えたくなるのを堪えながら、ビールジョッキに口をつけた。
羽柴は人懐っこい性格で、こちらがどれだけ素っ気ない態度を取っても、めげずにコミュニケーションを取ろうとする。
もちろん部下としての気遣いだったり、上司に対する敬意だったりするのだろうが、その距離感がむず痒くてならない。
(実際はDomというのも、関係しているんだろうが……世話焼きめ)
日頃から周囲に気を配っているであろうことは、見ていればわかる。今だって、女性社員が無理に勧められていた酒を、さりげなく代わりに飲んでやっていた。
羽柴の性格を考えれば、下手に勘ぐる方が愚かというものだ――というのに、
「――……」
羽柴が不意に視線を寄こしてきた。目が合った途端、犬飼は思わず顔を逸らしてしまう。
(くそ。何をしているんだ、俺は)
犬飼は平静を装いつつ、ジョッキに残ったビールを喉に流し込む。
それからしばらくして、一次会はお開きとなった。
二次会に行く者もいれば、そのまま帰る者もいて、それぞれが思い思いの行動をとりはじめる。なお、犬飼はもちろん後者だ。
店を出て、冷たい夜風に当たるも、どこか足取りがおぼつかない気がする。考え事をしていたばかりに、やや飲み過ぎたかもしれない。
(……いかん)
と、軽く頭を振った拍子に、体がふらりと揺れ動く。次の瞬間には、すかさず誰かに支えられていた。
「大丈夫ですか?」
相手は羽柴だった。犬飼の肩をしっかりと抱きとめながら、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「ああ、悪いな」
「いえ。結構飲んでたみたいっすけど、タクシー呼びますか?」
「大丈夫だ。電車で帰れる」
「なら、途中までご一緒しても?」
「それは構わないが、俺が相手でいいのか? 随分と異性に囲まれていただろう」
指摘すると、羽柴は困ったように苦笑した。
「やだなあ、あれは犬飼さんが可愛かったからでしょ?」
「間違いではないんだが、その言い方はどうなんだ」
「えー? 実際、可愛いじゃないですか!」
わざわざこちらを見て、そのようなことを言わないでほしい。
犬飼は知らんぷりをして、さっさと歩きだす。そうして連れ立って駅へ向かう道すがら、何気なく尋ねた。
「羽柴も案外軽薄だな。恋人とかいないのか?」
「ひ、ひどっ!? ……まあ、いませんけど」
「そうなのか? 君みたいなのは、さぞかしモテるだろうに」
外見も整っているし、朗らかで人当たりもいい。恋人がいたとしても、何らおかしくはないのだが――羽柴は手を横に振って否定した。
「いや、Subの子はプレイができないとなると、すぐ顔色変えちゃうし。Normalの子はDomだとわかると、偏見の目で見てくるしで。……ダイナミクスに目覚めてから、ちょっと上手くいかないんすよね」
何でもないことのような口ぶりだったが、犬飼はすぐに言葉を返せなかった。
それに気づいてか、羽柴はいたずらっぽく笑みを深める。
「そう言う犬飼さんはどうなんですか、恋人とか」
「いると思うのか? 特定の相手など作った試しもない」
「え、ガチっすか?」
「……今、『その歳で?』とか思っただろ」
「思ってない思ってない! ほら、社員の間でもひそかに人気があるっていうか、『ちょっと怖いけどイケメン』とかって聞きますし!」
フォローになっているのか、いないのか。羽柴の言葉に、犬飼はやれやれとため息をついた。
「そんなものは知らん。ダイナミクスの都合もあるし、犬に変化してしまうなどと、妙な話に付き合わせてたまるか。はたからしたら、いい迷惑だとしか思えん」
そう口走ってからハッとする。見れば、羽柴が複雑そうな表情を浮かべていた。
「すまない。君の前で、こんなことを言うのも何だな」
慌てて取り繕うと、羽柴は静かに頷いてみせる。
「そうですよ。俺、迷惑とか思ってませんし、そんな寂しいこと言わないでください」
羽柴は人懐っこい性格で、こちらがどれだけ素っ気ない態度を取っても、めげずにコミュニケーションを取ろうとする。
もちろん部下としての気遣いだったり、上司に対する敬意だったりするのだろうが、その距離感がむず痒くてならない。
(実際はDomというのも、関係しているんだろうが……世話焼きめ)
日頃から周囲に気を配っているであろうことは、見ていればわかる。今だって、女性社員が無理に勧められていた酒を、さりげなく代わりに飲んでやっていた。
羽柴の性格を考えれば、下手に勘ぐる方が愚かというものだ――というのに、
「――……」
羽柴が不意に視線を寄こしてきた。目が合った途端、犬飼は思わず顔を逸らしてしまう。
(くそ。何をしているんだ、俺は)
犬飼は平静を装いつつ、ジョッキに残ったビールを喉に流し込む。
それからしばらくして、一次会はお開きとなった。
二次会に行く者もいれば、そのまま帰る者もいて、それぞれが思い思いの行動をとりはじめる。なお、犬飼はもちろん後者だ。
店を出て、冷たい夜風に当たるも、どこか足取りがおぼつかない気がする。考え事をしていたばかりに、やや飲み過ぎたかもしれない。
(……いかん)
と、軽く頭を振った拍子に、体がふらりと揺れ動く。次の瞬間には、すかさず誰かに支えられていた。
「大丈夫ですか?」
相手は羽柴だった。犬飼の肩をしっかりと抱きとめながら、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「ああ、悪いな」
「いえ。結構飲んでたみたいっすけど、タクシー呼びますか?」
「大丈夫だ。電車で帰れる」
「なら、途中までご一緒しても?」
「それは構わないが、俺が相手でいいのか? 随分と異性に囲まれていただろう」
指摘すると、羽柴は困ったように苦笑した。
「やだなあ、あれは犬飼さんが可愛かったからでしょ?」
「間違いではないんだが、その言い方はどうなんだ」
「えー? 実際、可愛いじゃないですか!」
わざわざこちらを見て、そのようなことを言わないでほしい。
犬飼は知らんぷりをして、さっさと歩きだす。そうして連れ立って駅へ向かう道すがら、何気なく尋ねた。
「羽柴も案外軽薄だな。恋人とかいないのか?」
「ひ、ひどっ!? ……まあ、いませんけど」
「そうなのか? 君みたいなのは、さぞかしモテるだろうに」
外見も整っているし、朗らかで人当たりもいい。恋人がいたとしても、何らおかしくはないのだが――羽柴は手を横に振って否定した。
「いや、Subの子はプレイができないとなると、すぐ顔色変えちゃうし。Normalの子はDomだとわかると、偏見の目で見てくるしで。……ダイナミクスに目覚めてから、ちょっと上手くいかないんすよね」
何でもないことのような口ぶりだったが、犬飼はすぐに言葉を返せなかった。
それに気づいてか、羽柴はいたずらっぽく笑みを深める。
「そう言う犬飼さんはどうなんですか、恋人とか」
「いると思うのか? 特定の相手など作った試しもない」
「え、ガチっすか?」
「……今、『その歳で?』とか思っただろ」
「思ってない思ってない! ほら、社員の間でもひそかに人気があるっていうか、『ちょっと怖いけどイケメン』とかって聞きますし!」
フォローになっているのか、いないのか。羽柴の言葉に、犬飼はやれやれとため息をついた。
「そんなものは知らん。ダイナミクスの都合もあるし、犬に変化してしまうなどと、妙な話に付き合わせてたまるか。はたからしたら、いい迷惑だとしか思えん」
そう口走ってからハッとする。見れば、羽柴が複雑そうな表情を浮かべていた。
「すまない。君の前で、こんなことを言うのも何だな」
慌てて取り繕うと、羽柴は静かに頷いてみせる。
「そうですよ。俺、迷惑とか思ってませんし、そんな寂しいこと言わないでください」
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