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第3話 もっと支配されたい(1)
しおりを挟む犬飼にとって羽柴大和という男は、当初より印象深い存在だった。
初めて顔を合わせたのは、採用面接のときだ。
一九〇センチ近いだろう背丈に、スーツの上からでもわかる体格の良さ――こう言ってはなんだが、面接の場において一際異彩を放っていたように思える。
また、刈り上げられた栗色の髪は清潔感があり、人当たりのよさそうな笑顔からして、いかにも営業向きといった感じだった。
『それではまず、簡単に自己紹介をお願いします』
『はい、K大学経済学部――』
終始ハキハキとした口調で、よどみなく質問に答えてみせる羽柴。
当時、面接官の一人だった犬飼も、自分の部署に配属されたときのイメージを膨らませていた。フィジカルもメンタルも強そうだし、必死に困難と向き合い、やり抜く力がありそうだと。
実際に採用されてからも、羽柴の印象はそう変わらなかった。仕事の要領が悪くとも、商社マンとしてのバイタリティを感じるし、何事にもめげずに食らいつく精神は、評価に値する。
そのような経緯もあり、上司として伸ばしてやりたいと思うのは当然のことだった。
「手がかかる子ほど可愛い」というべきか。あくまでも目をかけていた部下の一人であって、特別な感情などないと思っていたのに――。
(いつからだろう、あいつから目が離せなくなったのは)
……それこそ初対面からか。
だとしても、あまりにも淡い好意であり、特にどうにかなりたいという願望もなかった。まあ、よくある話だと思う。
ところが、最近になってどうもおかしいのだ。
『――羽柴、俺でプレイの練習をする気はないか?』
仮にもパートナーを組もうと言いだすなんて、自分らしくもない。いったい何を考えているのかと、自問するばかりだった。
◇
その日は、営業部の新入社員歓迎会に参加した。
和食居酒屋の個室で、乾杯の音頭とともにビールジョッキを傾ける。それからは無礼講といった雰囲気で、あちらこちらで談笑が始まった。
正直、酒はあまり得意ではないのだが、職業柄として飲まざるを得ない。社外の接待はもちろんのこと、社内にしたって体育会系の男性社員がほとんどを占めるものだから、いわゆる《飲みニケーション》は日常茶飯事である。
(あまり辛気臭い顔をするのも何だが、こういった場は向かん……)
犬飼がちびちびとビールを飲んでいると、ふと羽柴の姿が目に留まった。なにやら同僚らと盛り上がっているようで、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「ハハハッ! なんだよ、羽柴っ……そのホーム画面!」
「へへー可愛いっしょ?」
羽柴がスマートフォンを見せびらかしているようだが、何がどうしたというのか。疑問に思っているうちにも、その答えは他の同僚によって明かされるのだった。
「あっ、ポメラニアン! 可愛い~っ!」
「っ!?」
犬飼は思わずビールを吹き出しそうになった。
一方、羽柴はというと、数少ない女性社員にすっかり囲まれている。ホーム画面に設定したポメラニアンの写真が、可愛いだのなんだのとちやほやされているらしい。
(馬鹿なのか? 犬の姿とはいえ、人の写真を待ち受けにするだなんて!)
呆れて物も言えない、とはこのことだ。
だが、羽柴はそんな犬飼の心中など知る由もなく、写真を見せびらかし続けている。
「この毛並みといい、つぶらな瞳といい――もう最高に可愛いんすよ! ほら、これとか見てくださいよ!」
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