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第1話 鬼上司とポメラニアン(8)
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「い、言いましたっけ!?」
「履歴書に書いていただろうが。誰が面接してやったと思っている」
「あ……」
「それに昨夜だって、Subのフェロモンを感じ取っていたじゃないか。逆に言えば、こちらとて同じだ――欲求が解消できないなら、香水で誤魔化すとかしたらどうだ」
……どうやら以前からバレていたらしい。何を隠そう、羽柴はDomだった。
睡眠障害に悩まされているのも、ダイナミクスの欲求不満によるもの。抑制剤は服用しているけれど、欲求を緩和するだけで、自律神経の乱れはどうにもならない。
おそらく犬飼はそれを見抜き、さり気なく気遣ってくれていたのだろう。DomとSubは対になるフェロモンを放ち、欲求が満たされぬ状態だと香りが強くなる……と聞いた覚えがある。
「すみません。俺、数年前にDomと診断されたばかりで……まだよくわかってないんです」
素直に打ち明けると、犬飼は驚きに目を見開いた。
「突然変異、ということか?」
「ええ。中学時代に受けた診断では、俺もNormalだったんです」
現代の日本では、第二次性徴が現れる思春期に、ダイナミクス診断を受けることが義務づけられている。
当時はNormalと診断された羽柴だったが――大学生活にも慣れてきた頃、倦怠感や不眠の症状に悩まされるようになった。そこで、あらためて病院で検査してもらった結果、Domへの突然変異が発覚したのだ。
「だから俺、まともに《プレイ》もしたことないくらいで。どうにも引け目を感じるというか、抵抗感が……」
犬飼は羽柴の話を聞き終えるなり、神妙な面持ちをしながらも首を傾げた。
「いや、待てよ。普通にコマンド使ってなかったか?」
コマンドとは、DomがSubを従わせるために用いる命令だ。そしてそれが、ダイナミクスの欲求を満たすために行われるコミュニケーション――すなわち、プレイと呼ばれる行為である。
ただ、羽柴としては、犬飼相手にコマンドを使った覚えなどない。というよりも、
「それは、その、ワンちゃん相手だったから」
そう、本来の意といったところで、主人が飼い犬にコマンドを出すのと同じ感覚だった。
言いづらいながらに返せば、犬飼はぽかんとした様子を見せたが、やがて小さく笑みをこぼしてみせた。
「おかしなやつだな」
ほくろのある口元が、柔らかく弧を描く。初めて見る表情に、羽柴の心臓がドキリと音を立てた。
(え、えっ?)
わけもわからず視線を泳がせる。いつも気難しい顔をしているせいか、なんだかギャップにやられてしまった。
そんな羽柴の動揺をよそに、犬飼はいつもの調子で淡々と続ける。
「まあいい、そういうことなら好都合だ。――羽柴、俺でプレイの練習をする気はないか?」
「へっ……な、なんて?」
「仮のパートナーにならないか、と言っているんだ。そうしたら、互いにとって利がある。君にしたって、いつまでもプレイができずにいるのは困るだろ?」
言って、自分の胸元をつんと指先で突いたあと、同じようにこちらの胸元を突いてくる。
犬飼の言動に、羽柴はただ目を白黒させるばかりだった。
(俺と犬飼さんが、パートナーに!?)
確かに、事情を知って力になりたいとは思った。が、まさか仮にもパートナー申請されるだなんて。
はたして、目の前にいる男は本当にSubなのだろうか。Domらしからぬ自分が言うのもなんだが、はたから見たら立場がまるで逆だろう。
「で、答えは?」
高圧的な態度で迫られ、羽柴は反射的に背筋を伸ばした。
「つ……謹んでお受けいたしますッ!!」
「声が大きい」
こうして、終わりを告げたありきたりな日常。その日から、上司との秘密の関係が始まったのだった。
「履歴書に書いていただろうが。誰が面接してやったと思っている」
「あ……」
「それに昨夜だって、Subのフェロモンを感じ取っていたじゃないか。逆に言えば、こちらとて同じだ――欲求が解消できないなら、香水で誤魔化すとかしたらどうだ」
……どうやら以前からバレていたらしい。何を隠そう、羽柴はDomだった。
睡眠障害に悩まされているのも、ダイナミクスの欲求不満によるもの。抑制剤は服用しているけれど、欲求を緩和するだけで、自律神経の乱れはどうにもならない。
おそらく犬飼はそれを見抜き、さり気なく気遣ってくれていたのだろう。DomとSubは対になるフェロモンを放ち、欲求が満たされぬ状態だと香りが強くなる……と聞いた覚えがある。
「すみません。俺、数年前にDomと診断されたばかりで……まだよくわかってないんです」
素直に打ち明けると、犬飼は驚きに目を見開いた。
「突然変異、ということか?」
「ええ。中学時代に受けた診断では、俺もNormalだったんです」
現代の日本では、第二次性徴が現れる思春期に、ダイナミクス診断を受けることが義務づけられている。
当時はNormalと診断された羽柴だったが――大学生活にも慣れてきた頃、倦怠感や不眠の症状に悩まされるようになった。そこで、あらためて病院で検査してもらった結果、Domへの突然変異が発覚したのだ。
「だから俺、まともに《プレイ》もしたことないくらいで。どうにも引け目を感じるというか、抵抗感が……」
犬飼は羽柴の話を聞き終えるなり、神妙な面持ちをしながらも首を傾げた。
「いや、待てよ。普通にコマンド使ってなかったか?」
コマンドとは、DomがSubを従わせるために用いる命令だ。そしてそれが、ダイナミクスの欲求を満たすために行われるコミュニケーション――すなわち、プレイと呼ばれる行為である。
ただ、羽柴としては、犬飼相手にコマンドを使った覚えなどない。というよりも、
「それは、その、ワンちゃん相手だったから」
そう、本来の意といったところで、主人が飼い犬にコマンドを出すのと同じ感覚だった。
言いづらいながらに返せば、犬飼はぽかんとした様子を見せたが、やがて小さく笑みをこぼしてみせた。
「おかしなやつだな」
ほくろのある口元が、柔らかく弧を描く。初めて見る表情に、羽柴の心臓がドキリと音を立てた。
(え、えっ?)
わけもわからず視線を泳がせる。いつも気難しい顔をしているせいか、なんだかギャップにやられてしまった。
そんな羽柴の動揺をよそに、犬飼はいつもの調子で淡々と続ける。
「まあいい、そういうことなら好都合だ。――羽柴、俺でプレイの練習をする気はないか?」
「へっ……な、なんて?」
「仮のパートナーにならないか、と言っているんだ。そうしたら、互いにとって利がある。君にしたって、いつまでもプレイができずにいるのは困るだろ?」
言って、自分の胸元をつんと指先で突いたあと、同じようにこちらの胸元を突いてくる。
犬飼の言動に、羽柴はただ目を白黒させるばかりだった。
(俺と犬飼さんが、パートナーに!?)
確かに、事情を知って力になりたいとは思った。が、まさか仮にもパートナー申請されるだなんて。
はたして、目の前にいる男は本当にSubなのだろうか。Domらしからぬ自分が言うのもなんだが、はたから見たら立場がまるで逆だろう。
「で、答えは?」
高圧的な態度で迫られ、羽柴は反射的に背筋を伸ばした。
「つ……謹んでお受けいたしますッ!!」
「声が大きい」
こうして、終わりを告げたありきたりな日常。その日から、上司との秘密の関係が始まったのだった。
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