上 下
31 / 77

第5話 俺が好きなのは(7)

しおりを挟む
 壁に背を預ける形で座っていたものの、こちらの存在に気づくなり、腰を上げてゆっくり近づいてくる。
 その姿を見て安心したのだろう。最後の階段を上がったとき、ついに千佳の足はもつれてしまった。危うく転びそうになったのを明に支えてもらい、へなへなと座り込む。
「大丈夫かよ」
「わ、わりーな。ちょっと、ダメかも――おえ……吐きそう」
「『吐きそう』ってお前な。どうして、こんなになってんだよ」
「だって、さ。ここまで走ってきたんだぜ? 帰宅部、ナメんなっての……」
 本気で心臓が苦しい。ぜえはあ、と荒い呼吸を繰り返しながら途切れがちに答えると、明は黙って背中をさすってくれた。
 明の厚意を受けつつ、再び千佳は口を開く。まだ全身が悲鳴を上げていたけれど、構ってなどいられなかった。
「先輩は? つーか告白、結局どうしたんだよ?」
 訊くと、明は困ったように眉根を寄せる。
「先輩は帰ったし、告白なら断った。あんなふうに言われたら、断るしかねえだろ」
「……よかったあ。もしかして、俺のこと待っててくれた?」
「あの様子だと、なんとなく来るような気がしたからな。まさか息切らすまで走ってくるとは思わなかったけど」
 明に言われて千佳も苦笑する。
 漫画じゃあるまいし、と思うものの、明のことを考えたら走らずにはいられなかった。この想いはもう誰にも、自分にだって止めようがない。
(ここまで来ちまったら……これ以上、バカな頭でウジウジ考えても仕方ねーよな)
 小さく深呼吸して、千佳は顔を上げた。
 視線が合う。じっと見つめれば、明もまっすぐに見返してくれた。
「なあ、明。俺らさ、遠慮とかするような仲じゃねーよな」
「そりゃそうだろ。ケンカなんて何回もしてきたし、そもそもお前デリカシーないし」
「じゃあ……言ってもいい?」
 何を、とも言わなかった。静かに明は耳を傾けて、言葉を待っているようだった。
 二人の間にしばし沈黙が訪れる。ただ互いを見つめ合い、まるで時が止まったかのような錯覚を起こした。
 そんな永遠とも思える長い一瞬のあと、やっとの思いで決心がつく。千佳は震える唇をゆっくりと動かした。
「俺、明が好きだ」
 ずっと胸の奥にしまっていた気持ち――明に対する、本当の想い。その一言を口にするのに、どれほどの時間を要しただろう。
 はっきりと言葉にしなくても、明は恋愛対象としての意だと察したらしい。信じられない、といったふうに口元を手で覆った。
「嘘、だろ……」
「ごめん。俺だって大切な親友だと思ってるし、言わないでおこうと思ったんだけどさ――こんな気持ち、抑えていられるほど我慢強くねーんだわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

兄が届けてくれたのは

くすのき伶
BL
海の見える宿にやってきたハル(29)。そこでタカ(31)という男と出会います。タカは、ある目的があってこの地にやってきました。 話が進むにつれ分かってくるハルとタカの意外な共通点、そしてハルの兄が届けてくれたもの。それは、決して良いものだけではありませんでした。 ハルの過去や兄の過去、複雑な人間関係や感情が良くも悪くも絡み合います。 ハルのいまの苦しみに影響を与えていること、そしてハルの兄が遺したものとタカに見せたもの。 ハルは知らなかった真実を次々と知り、そしてハルとタカは互いに苦しみもがきます。己の複雑な感情に押しつぶされそうにもなります。 でも、そこには確かな愛がちゃんと存在しています。 ----------- シリアスで重めの人間ドラマですが、霊能など不思議な要素も含まれます。メインの2人はともに社会人です。 BLとしていますが、前半はラブ要素ゼロです。この先も現時点ではキスや抱擁はあっても過激な描写を描く予定はありません。家族や女性(元カノ)も登場します。 人間の複雑な関係や心情を書きたいと思ってます。 ここまで読んでくださりありがとうございます。

小さな食堂

希紫瑠音
BL
年下(大柄・強面)×年上の食堂店主(世話好き)  カウンター席の奥、定食を頬張る男がいる。  大柄で目つきは鋭く無表情。白いシャツのボタンは二つあいていて、袖をまくっていて、そこから腕時計が見える。  どうみてもカタギではない。そう口にする客もいるが、沖食堂の店主である沖駿也(おきしゅんや)は彼がどんな人物だろうと構わなかった。 ※郷田は刑事設定ですが、あまり仕事の描写はでてきません。 ※印はゆるいのも含めて性的描写あり

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

君に噛み跡を遺したい。

卵丸
BL
真面目な‪α‬の氷室 絢斗はΩなのに営業部のエースである箕輪 要が気になっていた。理由は彼の首の項には噛み跡が有るから番はいると思っていたがある日、残業していた要に絢斗は噛み跡の事を聞くと要は悲しい表情で知らないと答えて・・・・・。 心配性の真面目な‪α‬と人に頼らない実はシンママのΩのオフィスラブストーリー。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

sugar sugar honey! 甘くとろける恋をしよう

乃木のき
BL
母親の再婚によってあまーい名前になってしまった「佐藤蜜」は入学式の日、担任に「おいしそうだね」と言われてしまった。 周防獅子という負けず劣らずの名前を持つ担任は、ガタイに似合わず甘党でおっとりしていて、そばにいると心地がいい。 初恋もまだな蜜だけど周防と初めての経験を通して恋を知っていく。 (これが恋っていうものなのか?) 人を好きになる苦しさを知った時、蜜は大人の階段を上り始める。 ピュアな男子高生と先生の甘々ラブストーリー。 ※エブリスタにて『sugar sugar honey』のタイトルで掲載されていた作品です。

処理中です...