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番外編 アフターストーリー(1)
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「先輩っ、荷物これで全部です!」
犬塚も高校を卒業し、不破と同じ大学へ進学が決まった春。約束していたとおり、ルームシェアの準備が進められていた。
といっても、引っ越し業者の手を借りるほどの大掛かりなものではない。一足先に不破が入居を済ませていたし、必要な家具や家電もあらかじめ買い揃えてある。
残る作業は、犬塚が持ち込んだ私物を荷解きするくらいだ。が、これが驚くほど少ない。前々から思っていたけれど、犬塚はあまり自分のものを持たないタイプのようだ。
「荷解き、俺も手伝っていい?」
「あ、はい! ありがとうございますっ」
許可を得て、犬塚から受け取った段ボールを開封していく。
中身は衣類がほとんどだ。それらをまとめて収納スペースに仕舞いながら、改めて新居を眺めてみる。
都内にある小さなマンションの一室。築年数はそれなりだが、内装はリフォームされているようで床や壁はピカピカだ。二人で住むのに十分な広さだってあるし、不破は何よりこの部屋から見える景色が好きだった。
(もうすっかり春だな)
換気のために開けた窓から、心地よい風が入ってくる。
ベランダから見渡せるのは桜並木だ。今はつぼみしか見えないものの、じきに満開の花が咲き誇るだろう。時期としては学生の入学式シーズン前か。
(……にしても、コイツも大学生かあ。未だに中坊と間違われそうだけど)
ふと犬塚の方を見やれば、目と目が合って微笑まれた。
彼と付き合いだしてから、三年の月日が流れようとしている。二人とも少しずつ大人になりつつあるわけだが、かと言って共同生活が始まった以外、特に変わったことはない。
顕著なのは犬塚だ。背丈は数センチほど伸びた程度だし、体つきにも変化はない。以前と変わらず小柄で童顔のまま。
ついでに髪色だってずっと茶髪だったりする。訊けば、「舎弟にさせてください!」と申し出たときのことを忘れないためだと言うのだが――まあ、それはそれで犬塚らしくていいかと思っている。今となっては、不破にとっても大事な思い出だ。
一方の不破はといえば、こちらも相変わらずで、以前よりやや大人びた程度だろうか。唯一、変わったことがあるとしたら、
「なあ、拓哉。昼メシどうする? どっか食いに行く?」
そう、普段から犬塚を名前で呼ぶようになったくらいか。残念ながら、相手からは「龍之介」と呼ばれた試しはないのだが。
「簡単なものでいいんだったら、俺作りますよ? パスタとか乾麺類なら結構ありますし、あとソースとか麺つゆなんかも」
「お前、そんなもんまで実家から持ってきたのか?」
「うう、安く買えたはいいんだけど賞味期限が近くって。家に置いといたら絶対忘れられちゃうだろうしっ」
犬塚はダンボールから様々な食品を取り出していく。
実家では家計のやりくりも任されていたようだが、こういったところを見ると、改めてしっかり者なのだと感じさせられる。
共同生活をするうえでなんとも頼もしい限りだ。勿論、任せっきりにするつもりはないけれど、自炊に関してはあまり得意ではないぶん助かる。
「……嫁さんもらったときの気分って、こんな感じなのかな」
感心のあまり、そんな独り言が漏れてしまった。
直後、それを耳にした犬塚の動きがピタッと止まる。彼の頬はほんのりと赤く染まっていた。
犬塚も高校を卒業し、不破と同じ大学へ進学が決まった春。約束していたとおり、ルームシェアの準備が進められていた。
といっても、引っ越し業者の手を借りるほどの大掛かりなものではない。一足先に不破が入居を済ませていたし、必要な家具や家電もあらかじめ買い揃えてある。
残る作業は、犬塚が持ち込んだ私物を荷解きするくらいだ。が、これが驚くほど少ない。前々から思っていたけれど、犬塚はあまり自分のものを持たないタイプのようだ。
「荷解き、俺も手伝っていい?」
「あ、はい! ありがとうございますっ」
許可を得て、犬塚から受け取った段ボールを開封していく。
中身は衣類がほとんどだ。それらをまとめて収納スペースに仕舞いながら、改めて新居を眺めてみる。
都内にある小さなマンションの一室。築年数はそれなりだが、内装はリフォームされているようで床や壁はピカピカだ。二人で住むのに十分な広さだってあるし、不破は何よりこの部屋から見える景色が好きだった。
(もうすっかり春だな)
換気のために開けた窓から、心地よい風が入ってくる。
ベランダから見渡せるのは桜並木だ。今はつぼみしか見えないものの、じきに満開の花が咲き誇るだろう。時期としては学生の入学式シーズン前か。
(……にしても、コイツも大学生かあ。未だに中坊と間違われそうだけど)
ふと犬塚の方を見やれば、目と目が合って微笑まれた。
彼と付き合いだしてから、三年の月日が流れようとしている。二人とも少しずつ大人になりつつあるわけだが、かと言って共同生活が始まった以外、特に変わったことはない。
顕著なのは犬塚だ。背丈は数センチほど伸びた程度だし、体つきにも変化はない。以前と変わらず小柄で童顔のまま。
ついでに髪色だってずっと茶髪だったりする。訊けば、「舎弟にさせてください!」と申し出たときのことを忘れないためだと言うのだが――まあ、それはそれで犬塚らしくていいかと思っている。今となっては、不破にとっても大事な思い出だ。
一方の不破はといえば、こちらも相変わらずで、以前よりやや大人びた程度だろうか。唯一、変わったことがあるとしたら、
「なあ、拓哉。昼メシどうする? どっか食いに行く?」
そう、普段から犬塚を名前で呼ぶようになったくらいか。残念ながら、相手からは「龍之介」と呼ばれた試しはないのだが。
「簡単なものでいいんだったら、俺作りますよ? パスタとか乾麺類なら結構ありますし、あとソースとか麺つゆなんかも」
「お前、そんなもんまで実家から持ってきたのか?」
「うう、安く買えたはいいんだけど賞味期限が近くって。家に置いといたら絶対忘れられちゃうだろうしっ」
犬塚はダンボールから様々な食品を取り出していく。
実家では家計のやりくりも任されていたようだが、こういったところを見ると、改めてしっかり者なのだと感じさせられる。
共同生活をするうえでなんとも頼もしい限りだ。勿論、任せっきりにするつもりはないけれど、自炊に関してはあまり得意ではないぶん助かる。
「……嫁さんもらったときの気分って、こんな感じなのかな」
感心のあまり、そんな独り言が漏れてしまった。
直後、それを耳にした犬塚の動きがピタッと止まる。彼の頬はほんのりと赤く染まっていた。
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