上 下
140 / 142
extra2

おまけSS 生意気な後輩

しおりを挟む
 玄関のドアが開く音に、雅は読書をしていた手を止めた。「おかえりなさい」と出迎えると、仕事を終えた玲央がため息交じりに返事する。
「ただいま」
「あ、いつもより疲れてる顔。玲央さん、何かあった?」
「別に……」
 などと言うも、何やら複雑そうな顔で見上げてくる。
 雅が「うん?」と首を傾げれば、玲央は数度目を瞬かせて、
「それとは関係ねーんだけどさ。お前、ずいぶんとタメ口きくようになったな」
「え? そう?」
「ほら、今だって」
 あっ、となる――無意識だった。付き合いだしたばかりの頃と比べれば、確かに馴れ馴れしい話し方になっている気がする。
「すみません。敬意は払っているつもりなんですが、なんだか“馴れ”が出てきちゃって」
「あ、いや、ふと思っただけ。お前が話しやすい方で話してくれていいし。それに……」
 そこで、玲央は一呼吸置いて、
「なんつーか、そっちのが歳とか気にしなくて気楽っつか……恋人として対等ってゆーか」
「ええと」
「っ、シャワー浴びてくる!」
 返す言葉が即座に見当たらないこちらに対して、玲央は気まずくなったのか、荷物を投げ捨てて浴室へと足を向ける。
「あ、待って」
 思わず腕を掴んだ。ここで逃がすなんて、とてもじゃないが考えられなかった。
「ンだよ」
「その、そんなふうに言ってくれるだなんて……って」
「なんか文句あっか」
「ううん、すごく嬉しい。玲央さんのことだから許してくれないと思ってたし」
「お前なあ」
 玲央が手を振り払って向き直る。ひどく不服そうな表情を浮かべて、
「散々、テメェ勝手なワガママ許してきただろうが! 今さらなに言ってやがる!」
「ああ、確かに」
「今までのことに比べたら、これくらいどうってことねーだろ……ったく!」
「あはは、それじゃあ……」
 ワガママついでに、と調子に乗ってしまうのは悪い癖だろう。それでも、湧き上がった衝動を抑えきれずに口を開いた。
「玲央」
「え……」
「……なんて」
「ッ! クソ生意気だっ!」
 一瞬目を見開いて静止したあと、玲央が体ごと大きく顔を背ける。
「タメ口きいてもいいって」
「呼び捨てがいいとは言ってねーだろ! バカ野郎!」
「あー、さすがに駄目かあ……あれ?」
 言いながらも、ちゃっかり気づいてしまった。髪の合間から見える玲央の耳が、赤く染まっていることに。
 どうやらこれは――と思った瞬間、雅の体が自然と動いて、玲央のことを背後から抱きしめていた。
「ちょっ!?」
「玲央」
 耳元で同じように名を呼ぶと、ビクッとその体が反応を見せる。
「だから、呼び捨てはやめろって!」
「どうして?」
「うっせ! どうしてもだ!」
 腕の中で――どうにもならないと知っているだろうに――ジタバタと暴れる姿が、あまりに愛おしくて笑みが零れる。
 クスクスという笑い声が耳に入ったのか、玲央はますます頬を染めるのだった。
「……マジでやめろって」
「じゃあ、そういった雰囲気のときだけ」
「そういった雰囲気って」
「今とか」
 くるりと玲央の体を反転させて、強引に唇を奪う。気分はすっかりその気になっていた。
「ま、待てっての……俺、汗かいてるし」
「何度も言ってるでしょ? 俺は気にしないって」
「人が疲れてるってのに」
「キスだけだから」
「……ぜってー嘘」
 見つめると、やがて観念したらしく玲央の瞼が下ろされる。誘われるように、甘ったるく口づけを交わした。
「ん、ん……っ」
「……玲央」
 キスの合間に名を呼べば、「ムカつく」と小さく返ってくる。
 けれど、嫌ではないことは明らかだった。むず痒そうに顔をしかめるも、玲央はもう咎めようとはしない。
 それどころか、いつにも増して瞳を潤ませ、
「雅……」
 今度は玲央の方から名を呼んで、唇を重ねてくる。
 下唇に噛みつかれ、間近で視線を交わせば、もう情欲に溺れるしかなかった。
(愛おしい気持ちでいっぱいで……どうにかなっちゃいそうだ)
 人のことを好きだと思う感情に、きっと際限などないのだろう――まるで恋愛映画にでも出てくるような言葉だが、今なら確信できる。
 自分はこれから先もずっと、どれほど時が経ったって、どこまでも彼のことを好きになるに違いないと。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...