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season3

scene19-02

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「まあオーケー! だけど、そんな上っ面だけの芝居されても観客には伝わんないよ! もっと感情を全身で表現するように!」
「はい!」
(クソッ、基礎からやり直しかよ!)
 立ち稽古に入ってしばらく経っているにも関わらず、未だに役を掴めていない。
 演じるのはムードメーカーでお調子者の青年だ。正直なところ、玲央としては思わぬ誤算だった。
 当初は、自分がやりやすい熱血漢タイプのオーディションを受けていた。
 ところが、オーディション現場で「別のキャラをやってみてもらえますか」と言われ、急遽演じたのが今のキャラクターなのだ。
 結果、見事オーディションには合格したものの、改めて演じてみればこれである。役を演じれば演じるほど、どのように演じればいいか不明瞭になっていくという、悪循環に陥っていた。
(やっぱ実力が足りねーのかな。台本も原作も読み込んでるつもりだけど、それでも日頃の勉強と練習不足っつーか)
 役者としてそのようなことを言い訳にするわけにはいかず、必死で演じるも、毎日演出家に怒鳴られる日々だ。
 講演開始まで二週間を切れば通し稽古が始まり、厳しさも増していくだろうと思うと憂鬱でしかない。
 映画研究会に所属していたときは自分本位で事足りていたが、これからは違う。
 良い作品をチームで作りあげるという根本的なところは変わらないが、足を踏み入れたのはビジネスの世界だ。
 観客に中途半端なものは決して見せられないし、自分に価値を見出してくれた企業側の期待と信頼にも応えたい。それぞれに見合う対価は、絶対に提供しなければならない。
(……駄目だ、焦ってる。仕事もプライベートもうまくいかねえって、どういうことだよ)
 そうこう考えている暇もなく厳しい稽古は続いた。気がつけば、とっくに陽が落ちて解散時刻になっていたのだった。
「しーちゃんってば、集中力欠けてるんじゃないの~?」
 帰り支度をしていると、鬱陶しさを感じる声が耳に届いた。
「宮下……」
 同じ俳優養成所出身の宮下真司である。玲央としては二度と見たくもない顔だったが、偶然にも同じ舞台に立つことになっていた。
「なんつーか、壁にぶつかってるカンジ? にしてはヒドすぎない? 気を引き締めて取り組まないと、原作ファンに叩かれるぞ~?」
 宮下は玲央のつむじを突きながら、ニタニタとからかってくる。
 けれども、返す言葉が見つからなかった。反論したい気はもちろんあったが、今の自分にそんな余裕がないのはわかりきっている。
「わかってるよ」
「ありゃま、言い返す気力もないとは思ったより重症だわ。まあいいや、それよか佐々木さんが食事行かないかーってさ」
 この業界で五年働いている先輩俳優の名が出てきた。
 今日は深夜バイトのシフトも入っておらず、早く家に帰ろうと思っていたのだが、ここで断るわけにもいかない。
 玲央は『遅くなるから先寝てろ』と雅にメッセージを送り、彼らに付き合うことにしたのだった。



(……タバコ臭ぇ)
 いつの間にか閉じていた瞼を薄く開け、最初に思ったのはそのことだ。
 舞台稽古のあとに食事に誘われたはずなのだが、いまいち記憶がないというか、記憶が飛んでいる。
 そもそも、ここはどこだろうか。飲食店にしては暗く静かな空間だ。
「!」
 ぼんやりとしていた意識が覚醒するなり、跳ね起きる。
 いつの間にか、見知らぬ車の助手席に座らされていた。
「あ、起きた。おっはよう、しーちゃんっ」
 車を運転しているのは宮下だった。
「なッ!」
 声をあげようと息を吸って、煙草の煙に思い切りむせてしまう。横目で見た宮下がニヒルな笑みを浮かべた。
「ゴメンゴメン、しーちゃんってタバコ苦手だっけ」
 玲央は嫌煙家で、どうにもこの煙には嫌悪感しか感じない。宮下の顔をキッと睨みつけて口を開く。
「クソがッ! 許可もなく吸うとかマナー違反だろ!? つか、なんで俺がテメェの車なんぞに乗ってンだよ!?」
「あれれー? そんな口利いていいのかな?」
 宮下はタバコの火を携帯灰皿でもみ消す。ニヤリと口角を引き上げて、
「見事に酔いつぶれてたのはどこの誰だっけ? 俺が同じ養成のよしみとして、介抱してあげたんだけどな~?」
 確かに思い返せば、先輩である佐々木にずいぶんと酒を勧められた気がする。飲酒できる相手が限られているということもあったのだろう。
 新人俳優はマネージャーが専属ではなく、現場へはそれぞれ自分の足で移動している。宮下のように車やバイクを移動手段とする者がほとんどだ。
 しかし、玲央は電車と徒歩、あるいはタクシーで移動していた。一応バイクを購入する予定はあるのだが、まだ金銭的な問題で目途が立っていない。
(クソッ、厄介なコトになっちまった)
 狭い車内に二人きりというシチュエーションに、玲央の胸はざわついていた。
 思い出すのは宮下に抱きしめられた嫌な感触だ。話としては済んだ話かもしれないが、そういった対象として見られていると思うと、気持ちが悪くて仕方がなかった。
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