上 下
88 / 142
season3

scene19-01 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(8)

しおりを挟む
 獅々戸玲央がバーテンダーのアルバイトを終えた頃には、時刻は深夜一時をとうに過ぎていた。
 店から出るなり、ひんやりとした冷たい空気が肌に触れる。秋の深まりを感じながら、ゆったりと巻いていたストールを首元に寄せて家路を急いだ。
(クソ眠ィ……明日も六時起きだし、早いとこ寝ないとな)
 新しく舞台――端役ではなく初めて役名を持って舞台に上がる――への出演が決定し、昼間は舞台稽古、夜間はアルバイトという生活が続いている。
 無名の新人俳優には致し方ないことだが、なかなかハードなスケジュールを送っていた。
「今日もか」
 やがて見えてきた自宅のマンション、その一室を見上げて呟く。夜も遅いのにまだ明かりが点いていて、家主である玲央の帰りを待っているようだった。
 なんとも言えぬ気分になりつつ共同玄関を抜ける。エレベーターを使って階層を上がると、部屋の鍵を開けて静かに中に入った。
「おかえりなさい」
 同棲している藤沢雅だ。丁寧にも穏やかな笑顔で玄関まで出迎えてきて、思わずため息が出た。
「ただいま。……なんで起きてんだよ。今日も遅くなるって言っただろーが」
「すみません、レポートの期日が迫っていたので。ああ、お風呂追い炊きしておきますね」
「………………」
 浴室へ向かう背中を、黙って見送る。
 遅い帰宅時間にも関わらず、いつもこうして帰りを待っていてくれるのだが……、
(正直、気ィつかわせてばっかだよな)
 自分のことを好いていてくれるのはわかる。不信に思う要素は何もないし、彼の言葉はいつだって信じている。そのはずなのに――玲央の心に影が落ちる。
 日々の小さな鬱憤の積み重なりがきっかけで、いつか別れ話を告げられるのではないか。近頃はどうも、ネガティブなことを考えるようになってしまっていた。
(ないとは思うけど、とかって自惚れだったりすんのかな。どんなに好きって言ったって、アイツにも思うところはあるだろうし……でも)
 彼の負担になっていると思うものの、もう離れられない自分がいるのも確かだ。
 大切な相手がいない生活など考えられない。今となっては、彼と恋人になるまで、どう生きてきたのか思い出せないくらいだ。
 だからこそ、どうしようもない不安が胸に重くのしかかる。
 以前はただ好きでいればよかった。二人で他愛のない会話をして、デートをして、キスをして、セックスをして……それで満ち足りていたし、同性でも恋人として成立していると思えた。
 けれど今は――同棲することになって距離は近づいたものの、これはこれで、すれ違いを感じるようになった気がする。最近は恋人らしいこともできていないし、そもそもゆっくり話をすることもない。
「なんだかなあ」
 胸がぎゅうっと締めつけられるような切なさを感じながら、ソファーに身を沈める。遅れて疲れがどっと出てきた。
 今、瞼を閉じたらすぐにでも寝てしまいそうだ。意識を持っていかれないようにしなければ、と気を張ったところで背後からそっと抱きしめられた。
「今日も一日お疲れ様でした」
「あ……や、つーか、明日も大学あんだろ? お前は早く寝ろよ」
 すっ、と雅の腕を避けて立ち上がる。
 嬉しいはずなのに素っ気ない態度をとってしまうあたり、我ながら不器用だと思う。しかし、自分のことはいいから早く休んでほしいという思いがあった。
「二限からなんで大丈夫ですよ」
「いや、いいから先寝とけって。俺もさっさと風呂入って速攻寝るし」
「あ、はい。お風呂で寝ないようにしてくださいね」
「わーってるよ」
(野郎同士ってだけでもアレなのに、ましてや俺がこんなじゃ)
 もっと自分が可愛げのある性格だったら、違ったのだろうか。
 この“好き”という感情が、きちんと伝わっているのか不安になってしまう。相手のことを想っているのに、素直に形にできないもどかしさに頭を抱えた。

    ◇

 玲央が出演する舞台は、若い女性をターゲットとした人気ソーシャルゲームを原作としたもので、歌ありダンスありのミュージカル演劇だ。
 オーディションで新人俳優を積極的に起用しているとは聞いていたが、とんだ大抜擢だったろうし、この競争率が高く厳しい世界で選ばれたのは本当に幸運だと思う。
(――M4『ボクはキミの太陽』、左右の袖からダンサー登場)
 稽古場で台本を一つずつ確認していく。場面が切り替わって、玲央の出番がやってきた。
「コンコン、ガチャ!」SEを口で発してから台詞に入る。『おい、聞いたかユースケ!? って、なんだよその顔は……』
「ハイハイ、変に演技すんな! あとスピード感! ドア開けて『おい、聞いたか』で、もっと前まで出てきちゃって!」
 演出家の指示を聞き入れ、導線や身振り手振りを意識しながら、同じシーンを繰り返し稽古する。そのうちにオーケーをもらえたものの、渋々といった様子だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】女装ロリィタ、職場バレしました

若目
BL
ふわふわ揺れるリボン、フリル、レース。 キラキラ輝くビジューやパール。 かぼちゃの馬車やガラスの靴、白馬の王子様に毒リンゴ、ハートの女王やトランプの兵隊。 ケーキにマカロン、アイシングクッキーにキャンディ。 蔦薔薇に囲まれたお城や猫脚の家具、花かんむりにピンクのドレス。 ロココにヴィクトリアン、アールデコ…… 身長180センチ体重80キロの伊伏光史郎は、そのたくましい見かけとは裏腹に、子どもの頃から「女の子らしくてかわいいもの」が大好きな25歳。 少女趣味が高じて、今となってはロリィタファッションにのめり込み、週末になると大好きなロリィタ服を着て出かけるのが習慣となっていた。 ある日、お気に入りのロリィタ服を着て友人と出かけていたところ、職場の同僚の小山直也と出くわし、声をかけられた。 自分とは体格も性格もまるっきり違う小山を苦手としている光史郎は困惑するが…… 小柄な陽キャ男子×大柄な女装男子のBLです

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

【本編完結】一夜限りの相手に気に入られています!?

海里
BL
 浜本流羽は、突然恋人に別れを告げられる。というよりも、浮気現場をバッチリ見てしまったのだ。  彼は流羽よりも可愛い恋人を作り、流羽に別れを告げるとそのままどこかに行ってしまった。  残された流羽は、失恋の傷を癒すために一夜限りの相手を探すことにした。  その日――桜田陸矢に出逢った。少し話をして、彼と共にホテルに向かい、一夜限りの相手をしてもらう。今までの相手とはまったく違う触れ方に流羽は戸惑ったが、『大切にされている』ような錯覚に酔いしれた。  一夜限りということで、もう二度と会うことはないと思っていた。しかし、不幸は重なるもので住んでいたところに行くと火事で起こり全焼していた。住む場所を失った流羽はショックを隠せずに職場に向かおうとするが、店長から電話が来て自身がクビになったことを告げられる。  家と職を失った流羽は公園でぼんやりとしているところを、陸矢に見つかり、話を聞いてもらう。  そして――なぜか、彼の家で『家政夫』として雇われることになった。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...