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season3

scene19-01 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(8)

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 獅々戸玲央がバーテンダーのアルバイトを終えた頃には、時刻は深夜一時をとうに過ぎていた。
 店から出るなり、ひんやりとした冷たい空気が肌に触れる。秋の深まりを感じながら、ゆったりと巻いていたストールを首元に寄せて家路を急いだ。
(クソ眠ィ……明日も六時起きだし、早いとこ寝ないとな)
 新しく舞台――端役ではなく初めて役名を持って舞台に上がる――への出演が決定し、昼間は舞台稽古、夜間はアルバイトという生活が続いている。
 無名の新人俳優には致し方ないことだが、なかなかハードなスケジュールを送っていた。
「今日もか」
 やがて見えてきた自宅のマンション、その一室を見上げて呟く。夜も遅いのにまだ明かりが点いていて、家主である玲央の帰りを待っているようだった。
 なんとも言えぬ気分になりつつ共同玄関を抜ける。エレベーターを使って階層を上がると、部屋の鍵を開けて静かに中に入った。
「おかえりなさい」
 同棲している藤沢雅だ。丁寧にも穏やかな笑顔で玄関まで出迎えてきて、思わずため息が出た。
「ただいま。……なんで起きてんだよ。今日も遅くなるって言っただろーが」
「すみません、レポートの期日が迫っていたので。ああ、お風呂追い炊きしておきますね」
「………………」
 浴室へ向かう背中を、黙って見送る。
 遅い帰宅時間にも関わらず、いつもこうして帰りを待っていてくれるのだが……、
(正直、気ィつかわせてばっかだよな)
 自分のことを好いていてくれるのはわかる。不信に思う要素は何もないし、彼の言葉はいつだって信じている。そのはずなのに――玲央の心に影が落ちる。
 日々の小さな鬱憤の積み重なりがきっかけで、いつか別れ話を告げられるのではないか。近頃はどうも、ネガティブなことを考えるようになってしまっていた。
(ないとは思うけど、とかって自惚れだったりすんのかな。どんなに好きって言ったって、アイツにも思うところはあるだろうし……でも)
 彼の負担になっていると思うものの、もう離れられない自分がいるのも確かだ。
 大切な相手がいない生活など考えられない。今となっては、彼と恋人になるまで、どう生きてきたのか思い出せないくらいだ。
 だからこそ、どうしようもない不安が胸に重くのしかかる。
 以前はただ好きでいればよかった。二人で他愛のない会話をして、デートをして、キスをして、セックスをして……それで満ち足りていたし、同性でも恋人として成立していると思えた。
 けれど今は――同棲することになって距離は近づいたものの、これはこれで、すれ違いを感じるようになった気がする。最近は恋人らしいこともできていないし、そもそもゆっくり話をすることもない。
「なんだかなあ」
 胸がぎゅうっと締めつけられるような切なさを感じながら、ソファーに身を沈める。遅れて疲れがどっと出てきた。
 今、瞼を閉じたらすぐにでも寝てしまいそうだ。意識を持っていかれないようにしなければ、と気を張ったところで背後からそっと抱きしめられた。
「今日も一日お疲れ様でした」
「あ……や、つーか、明日も大学あんだろ? お前は早く寝ろよ」
 すっ、と雅の腕を避けて立ち上がる。
 嬉しいはずなのに素っ気ない態度をとってしまうあたり、我ながら不器用だと思う。しかし、自分のことはいいから早く休んでほしいという思いがあった。
「二限からなんで大丈夫ですよ」
「いや、いいから先寝とけって。俺もさっさと風呂入って速攻寝るし」
「あ、はい。お風呂で寝ないようにしてくださいね」
「わーってるよ」
(野郎同士ってだけでもアレなのに、ましてや俺がこんなじゃ)
 もっと自分が可愛げのある性格だったら、違ったのだろうか。
 この“好き”という感情が、きちんと伝わっているのか不安になってしまう。相手のことを想っているのに、素直に形にできないもどかしさに頭を抱えた。

    ◇

 玲央が出演する舞台は、若い女性をターゲットとした人気ソーシャルゲームを原作としたもので、歌ありダンスありのミュージカル演劇だ。
 オーディションで新人俳優を積極的に起用しているとは聞いていたが、とんだ大抜擢だったろうし、この競争率が高く厳しい世界で選ばれたのは本当に幸運だと思う。
(――M4『ボクはキミの太陽』、左右の袖からダンサー登場)
 稽古場で台本を一つずつ確認していく。場面が切り替わって、玲央の出番がやってきた。
「コンコン、ガチャ!」SEを口で発してから台詞に入る。『おい、聞いたかユースケ!? って、なんだよその顔は……』
「ハイハイ、変に演技すんな! あとスピード感! ドア開けて『おい、聞いたか』で、もっと前まで出てきちゃって!」
 演出家の指示を聞き入れ、導線や身振り手振りを意識しながら、同じシーンを繰り返し稽古する。そのうちにオーケーをもらえたものの、渋々といった様子だった。
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