84 / 142
season3
scene18-02
しおりを挟む
◇
それから数日が経ち、炊事に掃除洗濯と肩代わりするかのように、誠が家事を行うことが増えた。
(一体どういうことなんだ?)
今日もそのような調子だった。せめて夕食後の片付けくらいはやると提案したのだが、あっさりと断られてしまい、こうしてダイニングでテレビをぼんやりと見ている。
「つまらないな」
テレビのチャンネルを変えるも、大して興味をそそられる番組がなく物思いにふける。
同棲生活を始める際、金銭問題といった最低限のルールしか取り決めなかった。
家事の分担においては皆無で、当然自分が請け負うものだと思っていたし、話題にも上がらなかったほどだ。
それが今になって何故だろうか。恋人の手料理が食べられるのはもちろん嬉しいが、どうにも勘ぐってしまう。
誠もいい歳になるのだから、家事ができるに越したことはないと思うし、甘やかしたいばかりに、あれこれ世話を焼く自分が成長を妨げているような気もしている。
己の庇護欲のようなものは、前々から気づいてはいた。これでは彼のためにならないということも。ただ、そう理解していても、やはり自分に甘えていてほしいと感じる――やるせない気持ちがあった。
「なあ、誠」
食器を洗い終えたところを見計らって声をかける。隣に行くなり、すっと滑らかな動作で額と額を重ねた。
誠は飛び跳ねるようにして数歩後ずさる。まるでカエルのような動きだった。
「だっ、だから熱なんかねえっての! 俺が家事やるの、そんなにおかしい!?」
「ああ」
じっと目を見て頷くと、誠は言い返すでもなく目を泳がせた。
(やれやれだ)
何か隠しているような様子を見て、冷蔵庫からあるものを取り出す。策は事前に用意していた。
「これ、見かけたから買ってきたんだが。ちゃんと白状すれば食ってもいい」
取り出したのは、誠が最近ハマっているという抹茶味のシュークリームだった。しかもSNSの口コミを通して話題となり、売り切れ続出のトレンドものだ。
「あっ、言う! 言います!」
案の定、いとも簡単に食いついてきた。こんなところは非常に扱いやすくて助かる。
「じゃあ、話したあとでな」
「えっ? わ、やべっ、男に二言はっ」
「あるわけねーだろ」
何か困ったときは、やはりこの手に限るな――考えつつ、ダイニングテーブルに戻った。
誠が向かいの席に着くと、「さあ、話してもらおうか」とばかりに視線を向ける。彼はやがて観念したように口を開いた。
「ゼミで仲良くなった女の子がさ、彼氏の面倒見るのが嫌になって……んで、別れたって話をしてきたんだよね」
「はあ」
いろいろとツッコミを入れたい気分になったが、堪えて相槌を打つ。
「彼氏がいつも甘えてばかりでさ、こっちは母親じゃないんだっての~って冷めたとかなんかで」
「それで?」
「……俺も愛想つかされたら、どうしようかと思って」
二人の間に妙な沈黙が訪れる。
正直拍子抜けしてしまい、思わずため息が零れ落ちた。
「くだらないな。今さらにもほどが――」
「くだらなくなんかねーよ!」誠が噛みつくように声を荒らげた。「だって俺、大樹に嫌われたくない!」
そして、畳み掛けるように言葉を続ける。
「友達と恋人って違うだろ!? 友情は続いても、恋愛って別れたらもう終わりじゃん! 大樹とはこの先もずっと一緒がいいし、嫌われたくねーよ!」
言い終えると、誠は顔を伏せて黙った。「ああ、やってしまった」と己の軽率な発言を後悔した。
「……誠、悪かった」
すぐに席を立って近くに駆けつける。膝を床につけるなり、そっと手を取って相手の顔を見上げた。
「そうだよな、好きなヤツに嫌われたくないのは当然だよな」
誠がコクンと頷く。向けられた瞳はわずかに揺れていて、ひどく胸が痛んだ。
「もしかしたらって思ったら、怖くなって」
「大丈夫だよ。俺がお前に愛想を尽かすなんてあり得ない。何年の付き合いだと思っているんだ」
「でも俺、大樹に対してなんもできてねーし」
何を言っているのだろうか。そんなことない、としっかり首を横に振って否定する。
「誠がいてくれるだけで、俺がどれだけ救われているか……全然わかってないだろ」
「そっ、そりゃあ、俺だって大樹がいてくれるだけでいいんだけどさ」
「だろ?」
「うーん……」
「そもそも、俺は好きで尽くしてるだけだ。お前は何も気にしなくていいんだよ」
といった言葉とともに手の甲に口づける。誠もやっと安心したようで、表情がいくらか和らいだ。
「お前、ホント恋愛映画見すぎっつーか」
「そのうち、一緒に見るのもいいかもしれないな」
「やだ。俺が好きなのはアクションとか特撮だし、そーゆーシーン出てくるの苦手だもん」
「ったく、昔から変わらないな」
だからこそ、どうしようもなく嬉しい。
恋愛にはまったくと言っていいほど無関心で、どこまでも疎かった誠だ。
それが、いつからこのような――恋人に嫌われたくないなんて――ことを考えられるようになったのだろう。
付き合い始めた頃はまだ淡い感情だったはずだ。その感情をここまで育んでくれたことに、この上ない喜びを覚えた。
「好きだよ、誠」
愛おしい小さな手に唇を這わせる。ちゅっと甘い音を立ててキスをし、舌先で指をやんわり舐めると、誠は小さく身を震わせた。
それから数日が経ち、炊事に掃除洗濯と肩代わりするかのように、誠が家事を行うことが増えた。
(一体どういうことなんだ?)
今日もそのような調子だった。せめて夕食後の片付けくらいはやると提案したのだが、あっさりと断られてしまい、こうしてダイニングでテレビをぼんやりと見ている。
「つまらないな」
テレビのチャンネルを変えるも、大して興味をそそられる番組がなく物思いにふける。
同棲生活を始める際、金銭問題といった最低限のルールしか取り決めなかった。
家事の分担においては皆無で、当然自分が請け負うものだと思っていたし、話題にも上がらなかったほどだ。
それが今になって何故だろうか。恋人の手料理が食べられるのはもちろん嬉しいが、どうにも勘ぐってしまう。
誠もいい歳になるのだから、家事ができるに越したことはないと思うし、甘やかしたいばかりに、あれこれ世話を焼く自分が成長を妨げているような気もしている。
己の庇護欲のようなものは、前々から気づいてはいた。これでは彼のためにならないということも。ただ、そう理解していても、やはり自分に甘えていてほしいと感じる――やるせない気持ちがあった。
「なあ、誠」
食器を洗い終えたところを見計らって声をかける。隣に行くなり、すっと滑らかな動作で額と額を重ねた。
誠は飛び跳ねるようにして数歩後ずさる。まるでカエルのような動きだった。
「だっ、だから熱なんかねえっての! 俺が家事やるの、そんなにおかしい!?」
「ああ」
じっと目を見て頷くと、誠は言い返すでもなく目を泳がせた。
(やれやれだ)
何か隠しているような様子を見て、冷蔵庫からあるものを取り出す。策は事前に用意していた。
「これ、見かけたから買ってきたんだが。ちゃんと白状すれば食ってもいい」
取り出したのは、誠が最近ハマっているという抹茶味のシュークリームだった。しかもSNSの口コミを通して話題となり、売り切れ続出のトレンドものだ。
「あっ、言う! 言います!」
案の定、いとも簡単に食いついてきた。こんなところは非常に扱いやすくて助かる。
「じゃあ、話したあとでな」
「えっ? わ、やべっ、男に二言はっ」
「あるわけねーだろ」
何か困ったときは、やはりこの手に限るな――考えつつ、ダイニングテーブルに戻った。
誠が向かいの席に着くと、「さあ、話してもらおうか」とばかりに視線を向ける。彼はやがて観念したように口を開いた。
「ゼミで仲良くなった女の子がさ、彼氏の面倒見るのが嫌になって……んで、別れたって話をしてきたんだよね」
「はあ」
いろいろとツッコミを入れたい気分になったが、堪えて相槌を打つ。
「彼氏がいつも甘えてばかりでさ、こっちは母親じゃないんだっての~って冷めたとかなんかで」
「それで?」
「……俺も愛想つかされたら、どうしようかと思って」
二人の間に妙な沈黙が訪れる。
正直拍子抜けしてしまい、思わずため息が零れ落ちた。
「くだらないな。今さらにもほどが――」
「くだらなくなんかねーよ!」誠が噛みつくように声を荒らげた。「だって俺、大樹に嫌われたくない!」
そして、畳み掛けるように言葉を続ける。
「友達と恋人って違うだろ!? 友情は続いても、恋愛って別れたらもう終わりじゃん! 大樹とはこの先もずっと一緒がいいし、嫌われたくねーよ!」
言い終えると、誠は顔を伏せて黙った。「ああ、やってしまった」と己の軽率な発言を後悔した。
「……誠、悪かった」
すぐに席を立って近くに駆けつける。膝を床につけるなり、そっと手を取って相手の顔を見上げた。
「そうだよな、好きなヤツに嫌われたくないのは当然だよな」
誠がコクンと頷く。向けられた瞳はわずかに揺れていて、ひどく胸が痛んだ。
「もしかしたらって思ったら、怖くなって」
「大丈夫だよ。俺がお前に愛想を尽かすなんてあり得ない。何年の付き合いだと思っているんだ」
「でも俺、大樹に対してなんもできてねーし」
何を言っているのだろうか。そんなことない、としっかり首を横に振って否定する。
「誠がいてくれるだけで、俺がどれだけ救われているか……全然わかってないだろ」
「そっ、そりゃあ、俺だって大樹がいてくれるだけでいいんだけどさ」
「だろ?」
「うーん……」
「そもそも、俺は好きで尽くしてるだけだ。お前は何も気にしなくていいんだよ」
といった言葉とともに手の甲に口づける。誠もやっと安心したようで、表情がいくらか和らいだ。
「お前、ホント恋愛映画見すぎっつーか」
「そのうち、一緒に見るのもいいかもしれないな」
「やだ。俺が好きなのはアクションとか特撮だし、そーゆーシーン出てくるの苦手だもん」
「ったく、昔から変わらないな」
だからこそ、どうしようもなく嬉しい。
恋愛にはまったくと言っていいほど無関心で、どこまでも疎かった誠だ。
それが、いつからこのような――恋人に嫌われたくないなんて――ことを考えられるようになったのだろう。
付き合い始めた頃はまだ淡い感情だったはずだ。その感情をここまで育んでくれたことに、この上ない喜びを覚えた。
「好きだよ、誠」
愛おしい小さな手に唇を這わせる。ちゅっと甘い音を立ててキスをし、舌先で指をやんわり舐めると、誠は小さく身を震わせた。
1
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる