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season3
scene18-01 いたいけペットな君にヒロイン役は(11)
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桜木大樹の余暇は公務員試験対策でほぼ占められており、今日も大学での講義を終えると、自室でペンを走らせていた。
近頃、長かった梅雨も明けて、気候の変化に夏の訪れを感じる。自室の壁に掛けられた温度計を見たら、室温は二十七度を超えていた。
大樹は蒸し暑さにシャツの襟元を緩めて、息を吐き出しながら背筋を伸ばす。
(そろそろ買い物に行くか)
時計は午後三時を指している。集中している分、時間があっという間に感じられた。
キリのいいところで参考書を閉じて、自室をあとにする。
キッチンに向かうと冷蔵庫の中を確認した。必要なものをざっと頭の中で整理して、スマートフォンにメモを取っていく。
同居人である戌井誠が帰ってきたのは、ちょうどそんなときだった。
「ただいま~っ」
誠は元気な声を響かせ、ガサガサとビニール袋を揺らしながら部屋に上がってくる。
「おかえり。また何か買ってきたのか?」
誠がビニール袋を手に帰宅するのは、珍しいことではない。彼が食いしん坊であることは重々承知しているし、菓子類をあれやこれやと買い込む姿は日常茶飯事だ。
しかし、見てみれば――彼はコンビニエンスストアで買い物をすることが多いのだが――今日はスーパーマーケットのロゴが印刷された袋を手にしており、中身も菓子類ではないようだった。
「なんだそれ」
訊くと、きょとんとした顔で返される。
「ん? 買い出ししてきたに決まってんじゃん」
「え……」
思わず間の抜けた声が出た。あの誠が買い出しをするだなんて考えられない。
「そうそう、今日の夕飯だけど生姜焼きでいい? それにサラダと味噌汁付けようと思うんだけど」
しかも、まるで自分が調理するかのような口ぶりだ。ますます意味がわからなかった。
「なんだよ、文句あんのかよ?」
突然の事態に押し黙っていたら、誠がムッとした顔で突っかかってきた。
「……ないけど」
「ならいーじゃん」
「よくない。お前、熱でもあるんじゃないのか?」
「熱!? どうしてそうなんの!?」
「誠らしくない」
「なっ! お、俺だって簡単なヤツなら作れるし! ちょっと作ろうかなーって思っただけだもんね!」
頬を膨らませながら、誠は食材を冷蔵庫に収めていく。大樹が後ろからぼうっと見ていると、今度はジトリと睨まれた。
「なに見てんだよ。いいから夕飯まで勉強でもしてろよっ」
「あ、ああ」
つんけんした態度で言われては仕方ない、と素直に自室へと戻った。しかし、誠のことがどうにも気になってしまう。
誠が自ら進んで家のことをするなんて、風邪を引いて寝込んだとき以来ではなかろうか。一体どういった風の吹き回しだろう。誠のことだから単に気分で、ということもあるかもしれないが――大樹は大いに頭を悩ませるのだった。
「どーだっ! 俺だって、ちゃんとできるんだぜー?」
夕食の時間になると、誠が作った料理が食卓に並んだ。
豚肉の生姜焼き、生野菜サラダ、ネギと豆腐の味噌汁……大樹としてはもう一品くらい欲しいところだったが、一般的な学生には十分すぎる食事だろう。
「いただきます」
挨拶をして、手始めに生姜焼きへ箸を伸ばす。
きちんと肉に火は通っている。焼きすぎていることもなく、すっと箸で切れる柔らかさに仕上がっているようだ。
口に運べば爽やかな生姜の風味がふわりと香って、ほどよく煮詰まったタレが味覚を刺激した。味の濃さも絶妙な加減だ。
「美味い」
お世辞でも何でもなく、感じたままの感想を率直に述べる。誠は嬉しそうに笑った。
「だろ? 俺も食おーっと!」
(……単なる考えすぎだろうか)
続けて食事を始める誠を尻目に、疑問符を頭に浮かべる。
突拍子もない言動は今に始まったことじゃないが、どこか引っかかりを感じていた。
近頃、長かった梅雨も明けて、気候の変化に夏の訪れを感じる。自室の壁に掛けられた温度計を見たら、室温は二十七度を超えていた。
大樹は蒸し暑さにシャツの襟元を緩めて、息を吐き出しながら背筋を伸ばす。
(そろそろ買い物に行くか)
時計は午後三時を指している。集中している分、時間があっという間に感じられた。
キリのいいところで参考書を閉じて、自室をあとにする。
キッチンに向かうと冷蔵庫の中を確認した。必要なものをざっと頭の中で整理して、スマートフォンにメモを取っていく。
同居人である戌井誠が帰ってきたのは、ちょうどそんなときだった。
「ただいま~っ」
誠は元気な声を響かせ、ガサガサとビニール袋を揺らしながら部屋に上がってくる。
「おかえり。また何か買ってきたのか?」
誠がビニール袋を手に帰宅するのは、珍しいことではない。彼が食いしん坊であることは重々承知しているし、菓子類をあれやこれやと買い込む姿は日常茶飯事だ。
しかし、見てみれば――彼はコンビニエンスストアで買い物をすることが多いのだが――今日はスーパーマーケットのロゴが印刷された袋を手にしており、中身も菓子類ではないようだった。
「なんだそれ」
訊くと、きょとんとした顔で返される。
「ん? 買い出ししてきたに決まってんじゃん」
「え……」
思わず間の抜けた声が出た。あの誠が買い出しをするだなんて考えられない。
「そうそう、今日の夕飯だけど生姜焼きでいい? それにサラダと味噌汁付けようと思うんだけど」
しかも、まるで自分が調理するかのような口ぶりだ。ますます意味がわからなかった。
「なんだよ、文句あんのかよ?」
突然の事態に押し黙っていたら、誠がムッとした顔で突っかかってきた。
「……ないけど」
「ならいーじゃん」
「よくない。お前、熱でもあるんじゃないのか?」
「熱!? どうしてそうなんの!?」
「誠らしくない」
「なっ! お、俺だって簡単なヤツなら作れるし! ちょっと作ろうかなーって思っただけだもんね!」
頬を膨らませながら、誠は食材を冷蔵庫に収めていく。大樹が後ろからぼうっと見ていると、今度はジトリと睨まれた。
「なに見てんだよ。いいから夕飯まで勉強でもしてろよっ」
「あ、ああ」
つんけんした態度で言われては仕方ない、と素直に自室へと戻った。しかし、誠のことがどうにも気になってしまう。
誠が自ら進んで家のことをするなんて、風邪を引いて寝込んだとき以来ではなかろうか。一体どういった風の吹き回しだろう。誠のことだから単に気分で、ということもあるかもしれないが――大樹は大いに頭を悩ませるのだった。
「どーだっ! 俺だって、ちゃんとできるんだぜー?」
夕食の時間になると、誠が作った料理が食卓に並んだ。
豚肉の生姜焼き、生野菜サラダ、ネギと豆腐の味噌汁……大樹としてはもう一品くらい欲しいところだったが、一般的な学生には十分すぎる食事だろう。
「いただきます」
挨拶をして、手始めに生姜焼きへ箸を伸ばす。
きちんと肉に火は通っている。焼きすぎていることもなく、すっと箸で切れる柔らかさに仕上がっているようだ。
口に運べば爽やかな生姜の風味がふわりと香って、ほどよく煮詰まったタレが味覚を刺激した。味の濃さも絶妙な加減だ。
「美味い」
お世辞でも何でもなく、感じたままの感想を率直に述べる。誠は嬉しそうに笑った。
「だろ? 俺も食おーっと!」
(……単なる考えすぎだろうか)
続けて食事を始める誠を尻目に、疑問符を頭に浮かべる。
突拍子もない言動は今に始まったことじゃないが、どこか引っかかりを感じていた。
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