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season2
scene14-01 いたいけペットな君にヒロイン役は(9)
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冬特有の高い空の下、東京から新大阪間を西方向に走る東海道新幹線。
東京駅を出発してから三十分弱。戌井誠が窓際で前後に体を揺らしていると、軽く小突かれる感覚がした。
「起きてるか?」
桜木大樹の声だ。誠は目元を擦りながら顔を上げた。
「やべ、うとうとしてた」
「ったく、どおりで静かだと思った。外見てみろよ、そろそろ富士山見えるぞ」
「え? ホント?」
スマートフォンを構えて車窓に張り付くように外を見る。景色がいつの間にか、東京のビル群から田園や住宅街に変わっていた。
やがて大樹の言葉どおり、冠雪した富士山の姿が山の向こうに見えてくる。
電線や木々で少し見えにくいが、幸運にも晴天の日に恵まれて、雲のかかっていない優美な姿をカメラに収めることができた。
満足してインスタグラムに写真を投稿していると、大樹が苦笑しながら話しかけてくる。
「昨日眠れなかったのかよ?」
「な、なんだよ悪いっ?」
「別に。小学生の頃からずっとそうだよな、遠足の前なんかは決まってさ」
「ふーんだ。どうせ俺はガキだし、誕生日だってまだまだ嬉しいもんねっ」
そう、今日は二月五日――誠の誕生日。大樹の提案により、箱根へ一泊二日の温泉旅行に行くことになったのだった。
つい舟をこいでしまったのも、寝不足になるほど心を踊らせていたのが原因だ。それこそ、まさに遠足気分といったところだろう。
幼少期からの付き合いではあるものの、二人だけで温泉旅行なんて初めての経験だ。楽しみすぎて眠れないに決まっていた。
それからもう少し新幹線に揺られ、箱根登山線に乗り換えると、目的地の箱根湯本駅に到着する。
宿泊予約をしていた旅館――正面玄関からして高級感漂う雰囲気だったので、少したじろいたのは内緒だ――のチェックインまで余裕があったため、二人は荷物を預けて近隣を散策することにした。
「のどかだあ~」
「外国人が多いな」
誠と大樹はそれぞれ感想を呟く。
温泉街はキャリーバッグを引いた旅行客で溢れかえっていて、なかでも外国人が特に目に入った。
ノスタルジックな商店街に出れば、さまざまな土産店や飲食店が立ち並び、見ているだけで食欲をそそられる。饅頭、煎餅、さつま揚げ、ソフトクリーム……どれも手頃な価格で食べ歩きにはもってこいだ。
まずはどれに手をつけようか。美味しそうな品々を眺めながら、特に香りが気になったコーヒー味のソフトクリームを購入することにした。
「大樹も食う?」
「俺はいい。というか、クソ寒いのによく食えるな」
「えー? 季節とか関係ないじゃん」
そのような会話をしつつ、ソフトクリームを受け取って店前のベンチに座る。
ソフトクリームは、深煎りのコーヒー豆と牛乳で作られているらしく、淡いクリーム色をしていた。
スマートフォンで撮影してから、ペロリと小さく舌を這わせる。
途端にコーヒーの深い香りと苦みが口いっぱいに広がって、あとから牛乳のまろやかな甘みを感じた。また、気をつけないと、うっかり倒してしまいそうなくらいに柔らかく作られていて口溶けもいい。
「うんまぁ~っ!」
「そりゃよかったな」
幸せ気分を味わっていると、素っ気ない言葉が返ってくる。そのわりに大樹は食い入るように、こちらを見ていた。
「なに? ジロジロ見て」
「……美味そうに食べるなと思って」
「ん、一口くらいあげよっか? マジでうまいから食べてみ?」
大樹はあまり甘いものが得意ではなかったが、これならば食べられるだろうと思って、声をかけてみる。
「そんなに言うなら」
「おう、どーぞっ」
口元にソフトクリームを近づけてやる。
一口だけ食べて、大樹は頷いた。様子を見るからにお気に召したらしい。
「確かに美味いけど、夏場に食べたいな。こんな時期は一口で十分だ」
「はーやれやれ、大樹はわかってないなあ」
再びソフトクリームを舌先でちろちろと愛でる。
冬場に食べるアイスは、それはそれで美味なのだ。暖かい部屋で冷たいアイスを食べるのもいいし、溶けるのを気にせずゆっくり楽しめるのもいい。
などと考えているうちに、またもや大樹の視線を感じた。もう少し食べたいのかと思って声をかけるも、首を横に振られてしまう。
「……あっ。こういったとき、『間接キスだ!』とかって騒がれた方が嬉しい?」
にまーっとイタズラっぽく笑って訊く。ロマンチストな彼が考えるのは、どうせそんなことだろうと見当を付けたのだが、どうやら外れたようだ。
「バーカ、ガキかよ」
「あれっ? 違うの?」
「今さらすぎ。いちいち気にしてられるか」
「まー付き合い長いとそうだよな。つーか部活だって、回し飲みとかフツーだったし」
「………………」
大樹のこめかみが、ピクリと動く。
「え、なにっ? 駄目!?」
「別に」
「ええー……」
(回し飲みすら微妙って、どんだけヤキモチ焼きなんだよ……ガキって言ったクセにそっちのがガキじゃん!)
しかし、それほど想われているという証拠でもあるのだろう。そう考えれば悪い気がせず、ほんのりと頬を赤らめる誠なのだった。
東京駅を出発してから三十分弱。戌井誠が窓際で前後に体を揺らしていると、軽く小突かれる感覚がした。
「起きてるか?」
桜木大樹の声だ。誠は目元を擦りながら顔を上げた。
「やべ、うとうとしてた」
「ったく、どおりで静かだと思った。外見てみろよ、そろそろ富士山見えるぞ」
「え? ホント?」
スマートフォンを構えて車窓に張り付くように外を見る。景色がいつの間にか、東京のビル群から田園や住宅街に変わっていた。
やがて大樹の言葉どおり、冠雪した富士山の姿が山の向こうに見えてくる。
電線や木々で少し見えにくいが、幸運にも晴天の日に恵まれて、雲のかかっていない優美な姿をカメラに収めることができた。
満足してインスタグラムに写真を投稿していると、大樹が苦笑しながら話しかけてくる。
「昨日眠れなかったのかよ?」
「な、なんだよ悪いっ?」
「別に。小学生の頃からずっとそうだよな、遠足の前なんかは決まってさ」
「ふーんだ。どうせ俺はガキだし、誕生日だってまだまだ嬉しいもんねっ」
そう、今日は二月五日――誠の誕生日。大樹の提案により、箱根へ一泊二日の温泉旅行に行くことになったのだった。
つい舟をこいでしまったのも、寝不足になるほど心を踊らせていたのが原因だ。それこそ、まさに遠足気分といったところだろう。
幼少期からの付き合いではあるものの、二人だけで温泉旅行なんて初めての経験だ。楽しみすぎて眠れないに決まっていた。
それからもう少し新幹線に揺られ、箱根登山線に乗り換えると、目的地の箱根湯本駅に到着する。
宿泊予約をしていた旅館――正面玄関からして高級感漂う雰囲気だったので、少したじろいたのは内緒だ――のチェックインまで余裕があったため、二人は荷物を預けて近隣を散策することにした。
「のどかだあ~」
「外国人が多いな」
誠と大樹はそれぞれ感想を呟く。
温泉街はキャリーバッグを引いた旅行客で溢れかえっていて、なかでも外国人が特に目に入った。
ノスタルジックな商店街に出れば、さまざまな土産店や飲食店が立ち並び、見ているだけで食欲をそそられる。饅頭、煎餅、さつま揚げ、ソフトクリーム……どれも手頃な価格で食べ歩きにはもってこいだ。
まずはどれに手をつけようか。美味しそうな品々を眺めながら、特に香りが気になったコーヒー味のソフトクリームを購入することにした。
「大樹も食う?」
「俺はいい。というか、クソ寒いのによく食えるな」
「えー? 季節とか関係ないじゃん」
そのような会話をしつつ、ソフトクリームを受け取って店前のベンチに座る。
ソフトクリームは、深煎りのコーヒー豆と牛乳で作られているらしく、淡いクリーム色をしていた。
スマートフォンで撮影してから、ペロリと小さく舌を這わせる。
途端にコーヒーの深い香りと苦みが口いっぱいに広がって、あとから牛乳のまろやかな甘みを感じた。また、気をつけないと、うっかり倒してしまいそうなくらいに柔らかく作られていて口溶けもいい。
「うんまぁ~っ!」
「そりゃよかったな」
幸せ気分を味わっていると、素っ気ない言葉が返ってくる。そのわりに大樹は食い入るように、こちらを見ていた。
「なに? ジロジロ見て」
「……美味そうに食べるなと思って」
「ん、一口くらいあげよっか? マジでうまいから食べてみ?」
大樹はあまり甘いものが得意ではなかったが、これならば食べられるだろうと思って、声をかけてみる。
「そんなに言うなら」
「おう、どーぞっ」
口元にソフトクリームを近づけてやる。
一口だけ食べて、大樹は頷いた。様子を見るからにお気に召したらしい。
「確かに美味いけど、夏場に食べたいな。こんな時期は一口で十分だ」
「はーやれやれ、大樹はわかってないなあ」
再びソフトクリームを舌先でちろちろと愛でる。
冬場に食べるアイスは、それはそれで美味なのだ。暖かい部屋で冷たいアイスを食べるのもいいし、溶けるのを気にせずゆっくり楽しめるのもいい。
などと考えているうちに、またもや大樹の視線を感じた。もう少し食べたいのかと思って声をかけるも、首を横に振られてしまう。
「……あっ。こういったとき、『間接キスだ!』とかって騒がれた方が嬉しい?」
にまーっとイタズラっぽく笑って訊く。ロマンチストな彼が考えるのは、どうせそんなことだろうと見当を付けたのだが、どうやら外れたようだ。
「バーカ、ガキかよ」
「あれっ? 違うの?」
「今さらすぎ。いちいち気にしてられるか」
「まー付き合い長いとそうだよな。つーか部活だって、回し飲みとかフツーだったし」
「………………」
大樹のこめかみが、ピクリと動く。
「え、なにっ? 駄目!?」
「別に」
「ええー……」
(回し飲みすら微妙って、どんだけヤキモチ焼きなんだよ……ガキって言ったクセにそっちのがガキじゃん!)
しかし、それほど想われているという証拠でもあるのだろう。そう考えれば悪い気がせず、ほんのりと頬を赤らめる誠なのだった。
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