××な君にヒロイン役は似合わない

有村千代

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season2

intermission いたいけペットな君にヒロイン役は(EX3)

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 これは、大樹が高校二年生のときの話。
 日増しに寒さも募るようになった十一月上旬、大樹の通う高校で文化祭が催された。
 いつもは華のない学び舎も、今日ばかりは来場者で活気づいており、近隣の女子校の生徒にナンパするだの逆にナンパされただのと、浮いた話がちらほらと聞こえてくる。
 しかし、そんなものには目もくれず、大樹は校内出店を巡視していく。
 腕には『文化祭実行委員』と印刷された腕章。生徒会長として、早朝から休む暇もなく業務に勤しんでいた。
 今まで本部に軟禁状態で、ずっとトラブル対応に追われていたのだが、ついさっき他の役員に背を押されて、休憩という名の校内巡回に入ったのだった。
(これほど忙しいとは……)
 片耳に装着したイヤホンはトランシーバーに繋がっていて、引っ切りなしに情報交換がなされている。大なり小なり、裏では絶えずトラブルが発生していた。
 戻ったらまた監禁状態だな――ため息をつくも不満は一切ない。純粋にやりがいを感じるし、周囲が楽しんでくれて、滞りなく文化祭が終了すれば十分だ。
「おっ、いたいた! おーい、大樹っ!」
 背後から、耳に馴染んだ誠の声が飛んできた。
 タタタッという元気のいい足音に「廊下は走るな」と注意しようと思ったのだが、振り返ったところで、大樹は固まって己の目を疑った。
 疲れのあまり幻覚でも見ているのだろうか。丈の短いスカートを揺らしながら、誠が駆け寄ってくるのだ。
 そんなバカな、と目を凝らす。彼は間違いなく女装を――アイドル風の衣装を着ていた。
「LINE、反応なかったからすげー探した! じゃーんっ、どうコレ?」
 得意げに胸を張って、誠が笑顔を浮かべる。見るからに褒めてほしいのだろうが、素直に「似合ってる」「可愛い」などと言うのもどうかと思って、曖昧に返すことにした。
「はあ、いいんじゃないか」
「ええ? 可愛いとかねーのかよ?」
「………………」
 スマートフォンで写真――ここでノリよくポーズを決めるのが誠だ――に収めつつ、改めて彼の姿をつま先から頭の天辺まで見る。
 各種メディアでよく見かける、制服を模したデザインのアイドル衣装だ。白いYシャツにベストとネクタイ、チェック柄のプリーツスカートに黒のニーハイソックス……。
 それはそれとして、スカートから伸びる健康的な脚が眩しくてドキリとしてしまう。
「可愛い……」思わず呟いた。
「フフ~ン、みんなにも褒められたんだぜ? あっ、ちなみに中はスパッツなので見えませーん!」
 誠がスカートをたくし上げる。
 ハーフタイプの黒いインナースパッツが見えて、反射的に目を逸らした。言えぬ想いを日々抱えている側としては目の毒だ。
「バカ、はしたないからやめろ。一般客だって来てるんだから」
「おっと、そうだった。おムコに行けなくなっちゃうや」
「……ところでどうしたんだ。そんなことするだなんて聞いてない」
 少しばかり心が波立つのを感じつつも、平常心を装う。順序が入れ違ってしまったが、疑問に感じていたことを問いただした。
 話を聞いたところ、急遽、放送部のステージ発表に代理で出演することになったらしい。部員の一人が体調不良を起こしたために欠員が出てしまい、人づてに誠へ白羽の矢が立ったとのことだった。
「とりあえず、お前に見せたかったんだよね~……ってことで体育館行かねーと!」
「待て。俺も行く」
 歩き出す誠の隣に並ぶ。すると、嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「ステージ来てくれんの?」
「実行委員として状況を確認するだけだよ」
「お、そっか!」
(……その格好で一人出歩かれても困るし、とは言えないな)
 仕事は山積みだが校内巡回も仕事のうちだ。私情を挟むようだが、これくらいは大目に見てもらいたいものだった。



 ステージ発表が行われる体育館は、所狭しと観客がごった返していて、やや収拾がつかないくらいだった。
 トランシーバーで本部に報告しているうちに、やがて放送部のステージが始まった。
 流行りのアイドルソングとともに、舞台袖から衣装に身を包んだ生徒たちが出てきて、一曲ずつダンスを披露していく。
 誠は運動神経もいいし、バカとは言うが、実は物覚え自体は悪い方ではない。代理とは思えぬ軽快な身のこなしに、感心するように見入った。
(誠……?)
 思うところあって小首を傾げる。数曲踊り終えて最後に挨拶をしたとき、誠がほんのわずかに顔を歪めたような気がしたのだ。
 じっとしていられず、歓声と拍手が湧き上がるなか舞台裏へと回る。
 そこには小さな人だかりができており、中心では、誠が脚を押さえて丸まっていた。
「ここは俺に任せて、撤収してくれ。他の団体に差し支える」
 駆け寄るなり声をかける。役員に言われては、といった様子で、誠を取り囲んでいた生徒たちは去っていった。
「うわっ、なんか来た」
 誠の前に腰を下ろすと、微妙な顔をされた。
「なんだよ、その言いようは。様子おかしかったから来てやったのに」
「えー、わざわざ来なくてよかったのに」
「バスケやってんだし怪我したら一大事だろ。それでどうしたんだ、こむら返りか?」
「おー、大したことねーよ」
「とりあえず怪我じゃなくてよかった」
 右のふくらはぎに痙攣を起こしているのは、一目瞭然だった。
 自然に治るのを待っていてもいいが、少しでも早く、痛みを緩和してやりたくて手を伸ばした。硬直しているところをそっとさすってやる。
「ん、うぅ」
 誠が小さく吐息を漏らす。
 視線を上げたら、潤んだ瞳と目が合った。薄暗くて気づかなかったが、先ほどまでダンスを披露していた誠は、頬がすっかり上気していて首筋も汗ばんでいた。
「っ、ふ……」
「嫌?」
「んーん、そうされてる方がラク……っつーか、大樹の手冷たくてきもちい」
 微笑みを浮かべる誠に対して、ふっと妙な気が湧いてきたが理性で払いのける。筋肉の硬直が緩んできたところで、足を掴んでゆっくりとふくらはぎを伸ばした。
「~~ッ!」
 目をぎゅっとつぶって、誠が言葉にならない声をあげる。
「………………」
 その姿から何故か目が離せない。心臓がドクドクと速い脈を打っていた。
「はあ……もうへーきっぽい。ありがとな」
「そう、か」
「大樹? どうした?」
「いや、人が密集しているせいか暑いと思って……ちょっと空調見てくる」
 大樹は背を向けて立ち去る。その頬は、誠のそれよりもずっと赤く染まっていた。
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