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season2
scene13-01 いたいけペットな君にヒロイン役は(8)
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いくぶん残暑も和らぎ、朝晩には涼しさを感じるようになった初秋。
戌井誠が監督を務めた短編映画『二人の白いキャンバス』が完成し、映画研究会の面々は、打ち上げにお好み焼き屋を訪れていた。
「皆さんの頑張りで、今年も活気のある素晴らしい作品を制作することができました。今日は楽しく食べて飲んで、また次回へ繋げていきましょう」
部長の風間充が最初に挨拶をし、誠の方に目を向けてくる。誠は慌てて立ち上がった。
「皆さん、本当にお疲れさまでした! それではグラスを取って、乾杯っ!」
乾杯の音頭を終えると息を吐いて座り、周囲とグラスを合わせていく。
すでに鉄板の上では、お好み焼きの具がジュウジュウと音を立てており、まだ酒が飲めない誠の意識はすっかりそちらに向いていた。
「まだ?」
「すぐ焼けるから待ってろ」
率先してお好み焼きを焼いている桜木大樹に声をかけると、造作もない様子で生地をひっくり返しながら返事をされる。
見るからに美味しそうな焼き色に、思わず誠の腹が鳴った。そこにソースの香ばしい匂いが加われば、もうどうしようもない。
「あっあ、あぁ~ッ」
「………………」
大樹が眉をひそめつつ、お好み焼きをテーブルの人数分切り分けていく。
自分の分を皿に取ってもらうと、かつお節と青海苔をたっぷりトッピングして、誠は「いただきます!」と手を合わせた。
大口を開けてパクッと口にした瞬間、ソースの風味が口いっぱいに広がって鼻から抜けていく。焼き加減が絶妙で、パリッとした豚肉と柔らかなキャベツのバランスが堪らない。
「うまッ! 労働後の体にソースの味が染み渡る!」
「……本当にお前は幸せそうに食うよな」
フッと笑いつつ、大樹は別の具材が入ったボールを手に取って調理し始める。そんな彼を見て、向かいに座っていた藤沢雅が声をかけた。
「次、俺が焼くから桜木も食べたら?」
「いや、焼きながら食うからいい」
「そう? でも……あッ、いたた」
雅の頭がコツッと小突かれる。背後には獅々戸玲央が立っていた。
フチのある眼鏡――彼は視力が悪く、普段はコンタクトである――を掛けており、よく見えないが、心なしか赤ら顔で目が据わっている気がする。
「楽しそーじゃん」
「あれ? どうしたんですか?」
「別に。共演した仲だし、積もる話もあるかなって思っただけだよ」
「ああ、そうですね。どうぞ座ってください」
「ん、そっち詰めろ」
玲央が雅の隣にどっさりと座る。それぞれが自由に移動して、席が雑然とする時間にはまだ早く、彼らの仲の良さを感じた。
はふはふとお好み焼きを頬張りながら、誠は何の気なしに二人の会話に耳を傾ける。
「藤沢、新しいグラス頼んで」
「はい。お茶がいいですか? それともジュース?」
「ビール」
「ノンアルでいいですか?」
「は? なんで?」
「獅々戸さん、もう若干酔ってるでしょ? その調子じゃ潰れますよ?」
「ンだよ、テメェがいんだからいいだろーが」
「……仕方ないなあ。あとで後悔しても知りませんからね」
雅はため息をついて店員を呼んだ。それから他の部員にも声をかけて、オーダーをまとめてとる。
(藤沢って、大樹と仲いいイメージだったけど……獅々戸さんとも仲良しなんだ)
共演者とはいえ少し意外だ――考えていたら頭を撫でられた。手を伸ばしてきたのは玲央だった。
「ポチもお疲れさん、すげーいい監督っぷりだったぞ。マジで楽しかったし、おかげでいい思い出になったわ」
言って、玲央はガシガシと髪を揉みくちゃにしてくる。思わず笑いが出た。
「ひゃ、わっ……くすぐったいですよお」
「やっぱポチって撫で心地いいな。実家の犬を思い出すっつーか」
「ええ? なんですかそれー」
が、ほんわかとした空気はすぐさま一変する。
「獅々戸さん、埃が飛ぶのでやめてください」と大樹が言って、
「戌井はいいなあ。獅々戸さんに頭撫でてもらえて」と雅が言った。
それらに対し、小さく息を呑む誠と玲央なのであった。
◇
打ち上げは大いに盛り上がって、二次会のカラオケ――深夜帯のフリータイムで、いわゆる《カラオケオール》である――へ移行した。
部屋を複数取ると、夜通し歌うタイプと騒ぎ疲れて寝るタイプ、必然的に二つに分かれることになる。
誠は後者で、周囲の騒音も気にせずにいつの間にか眠っていた。
「ん……」
ふと浅い眠りから目を覚ます。頬を撫でてくる冷たい手の感触を感じたのだ。
(なんだ大樹か)
優しげな手つきに、うとうと微睡む。
ところが、なんとなくいつものような心地よさがいまいちない。
違和感にゆっくりと重い瞼を開ける。瞳に映ったのは思わぬ人物だった。
「かざっ……」
「しー、みんな起きちゃうよ」
相手は風間だった。口元に人差し指を押し付けられては、何も言えなくなってしまう。
「まだ朝の五時前だし。みんな夜遅かったんだから、寝かせてあげよう?」
風間の言葉に頷きながら体を起こす。けれども、内心は困惑でいっぱいだった。
(どうしよ、風間さんが考えてることわかんねえ。と、とりあえず……)
「あの。俺、ちょっとトイレ行ってきます」
居ても立っても居られず、小声で伝えるなり立ち上がる。ドアに手をかけたところで、「そうだ」と風間が声をかけてきた。
「ドリンクバー行ってくるけど、ついでになんか持ってこようか?」
「え? ああ、すみません。じゃあホットココアでお願いします」
小さく返して逃げるように部屋を出る。トイレで用を済ませると、ついでに顔を洗い、やっとのことで落ち着きが出てきたのだった。
(自意識過剰なだけだっての)
彼の告白を断って以来、何の接触もなかったから少し驚いてしまった。なんてことのないスキンシップだろうに、と思い直す。
(そうそう、獅々戸さんにだって撫でられたし! ヘンに意識するからおかしいんだっ!)
自分に言い聞かせながら部屋に戻る。すでに風間は、ドリンクを持って戻ってきていた。
戌井誠が監督を務めた短編映画『二人の白いキャンバス』が完成し、映画研究会の面々は、打ち上げにお好み焼き屋を訪れていた。
「皆さんの頑張りで、今年も活気のある素晴らしい作品を制作することができました。今日は楽しく食べて飲んで、また次回へ繋げていきましょう」
部長の風間充が最初に挨拶をし、誠の方に目を向けてくる。誠は慌てて立ち上がった。
「皆さん、本当にお疲れさまでした! それではグラスを取って、乾杯っ!」
乾杯の音頭を終えると息を吐いて座り、周囲とグラスを合わせていく。
すでに鉄板の上では、お好み焼きの具がジュウジュウと音を立てており、まだ酒が飲めない誠の意識はすっかりそちらに向いていた。
「まだ?」
「すぐ焼けるから待ってろ」
率先してお好み焼きを焼いている桜木大樹に声をかけると、造作もない様子で生地をひっくり返しながら返事をされる。
見るからに美味しそうな焼き色に、思わず誠の腹が鳴った。そこにソースの香ばしい匂いが加われば、もうどうしようもない。
「あっあ、あぁ~ッ」
「………………」
大樹が眉をひそめつつ、お好み焼きをテーブルの人数分切り分けていく。
自分の分を皿に取ってもらうと、かつお節と青海苔をたっぷりトッピングして、誠は「いただきます!」と手を合わせた。
大口を開けてパクッと口にした瞬間、ソースの風味が口いっぱいに広がって鼻から抜けていく。焼き加減が絶妙で、パリッとした豚肉と柔らかなキャベツのバランスが堪らない。
「うまッ! 労働後の体にソースの味が染み渡る!」
「……本当にお前は幸せそうに食うよな」
フッと笑いつつ、大樹は別の具材が入ったボールを手に取って調理し始める。そんな彼を見て、向かいに座っていた藤沢雅が声をかけた。
「次、俺が焼くから桜木も食べたら?」
「いや、焼きながら食うからいい」
「そう? でも……あッ、いたた」
雅の頭がコツッと小突かれる。背後には獅々戸玲央が立っていた。
フチのある眼鏡――彼は視力が悪く、普段はコンタクトである――を掛けており、よく見えないが、心なしか赤ら顔で目が据わっている気がする。
「楽しそーじゃん」
「あれ? どうしたんですか?」
「別に。共演した仲だし、積もる話もあるかなって思っただけだよ」
「ああ、そうですね。どうぞ座ってください」
「ん、そっち詰めろ」
玲央が雅の隣にどっさりと座る。それぞれが自由に移動して、席が雑然とする時間にはまだ早く、彼らの仲の良さを感じた。
はふはふとお好み焼きを頬張りながら、誠は何の気なしに二人の会話に耳を傾ける。
「藤沢、新しいグラス頼んで」
「はい。お茶がいいですか? それともジュース?」
「ビール」
「ノンアルでいいですか?」
「は? なんで?」
「獅々戸さん、もう若干酔ってるでしょ? その調子じゃ潰れますよ?」
「ンだよ、テメェがいんだからいいだろーが」
「……仕方ないなあ。あとで後悔しても知りませんからね」
雅はため息をついて店員を呼んだ。それから他の部員にも声をかけて、オーダーをまとめてとる。
(藤沢って、大樹と仲いいイメージだったけど……獅々戸さんとも仲良しなんだ)
共演者とはいえ少し意外だ――考えていたら頭を撫でられた。手を伸ばしてきたのは玲央だった。
「ポチもお疲れさん、すげーいい監督っぷりだったぞ。マジで楽しかったし、おかげでいい思い出になったわ」
言って、玲央はガシガシと髪を揉みくちゃにしてくる。思わず笑いが出た。
「ひゃ、わっ……くすぐったいですよお」
「やっぱポチって撫で心地いいな。実家の犬を思い出すっつーか」
「ええ? なんですかそれー」
が、ほんわかとした空気はすぐさま一変する。
「獅々戸さん、埃が飛ぶのでやめてください」と大樹が言って、
「戌井はいいなあ。獅々戸さんに頭撫でてもらえて」と雅が言った。
それらに対し、小さく息を呑む誠と玲央なのであった。
◇
打ち上げは大いに盛り上がって、二次会のカラオケ――深夜帯のフリータイムで、いわゆる《カラオケオール》である――へ移行した。
部屋を複数取ると、夜通し歌うタイプと騒ぎ疲れて寝るタイプ、必然的に二つに分かれることになる。
誠は後者で、周囲の騒音も気にせずにいつの間にか眠っていた。
「ん……」
ふと浅い眠りから目を覚ます。頬を撫でてくる冷たい手の感触を感じたのだ。
(なんだ大樹か)
優しげな手つきに、うとうと微睡む。
ところが、なんとなくいつものような心地よさがいまいちない。
違和感にゆっくりと重い瞼を開ける。瞳に映ったのは思わぬ人物だった。
「かざっ……」
「しー、みんな起きちゃうよ」
相手は風間だった。口元に人差し指を押し付けられては、何も言えなくなってしまう。
「まだ朝の五時前だし。みんな夜遅かったんだから、寝かせてあげよう?」
風間の言葉に頷きながら体を起こす。けれども、内心は困惑でいっぱいだった。
(どうしよ、風間さんが考えてることわかんねえ。と、とりあえず……)
「あの。俺、ちょっとトイレ行ってきます」
居ても立っても居られず、小声で伝えるなり立ち上がる。ドアに手をかけたところで、「そうだ」と風間が声をかけてきた。
「ドリンクバー行ってくるけど、ついでになんか持ってこようか?」
「え? ああ、すみません。じゃあホットココアでお願いします」
小さく返して逃げるように部屋を出る。トイレで用を済ませると、ついでに顔を洗い、やっとのことで落ち着きが出てきたのだった。
(自意識過剰なだけだっての)
彼の告白を断って以来、何の接触もなかったから少し驚いてしまった。なんてことのないスキンシップだろうに、と思い直す。
(そうそう、獅々戸さんにだって撫でられたし! ヘンに意識するからおかしいんだっ!)
自分に言い聞かせながら部屋に戻る。すでに風間は、ドリンクを持って戻ってきていた。
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