××な君にヒロイン役は似合わない

有村千代

文字の大きさ
上 下
50 / 142
season2

scene10-02

しおりを挟む
 周囲がざわつく。言葉の意を知らない者も、配布資料に目を通して察したらしい。
 こんなとき――というか、そもそも彼女に意見できるのは一人しかいない。獅々戸玲央が挙手して発言した。
「マジで言ってる?」
「マジもマジよ。人の創作に茶々入れるなんて失礼しちゃうわね!」
「いやまあ、そうなんだけどよ……」
 岡嶋はコホンと咳払いをして、「誤解なきように説明するわね」と続ける。
「今は多様性重視の時代でニュースでもよく取り上げられるし、日本は遅れているけれど、認識に関しては以前よりポジティブになっていると思うの。ドラマや映画でもこういったものを扱った作品があるんだけど、わりかし評価が高いのよ」
 題材がセンシティブなだけに難しいだろうが、コンペティションでは新鮮味があるだろうし、丁寧に扱えば高評価を狙えるのではないかということらしい。
 誠も話を耳にしながら、資料のページを捲る。
 タイトルは『二人の白いキャンバス』。男性同士のプラトニックなラブストーリー。前向性健忘症を患っている若き画家に、切ない恋心を寄せる美大生の話。
 ネタとしては散々使い古されたネタだろうが、よく言えば王道的で、ラストはハッピーエンドなので手堅くまとめられた印象だ。
 最初は動揺していた部員たちだったが、気がつけば、みな静かに資料を捲っていた。
 おそらく誰もが感心していたと思われる。が、脚本家の余計な一言。
「ぶっちゃけ、リアルの恋愛に疲れた反動なんだけどねっ」
「今なんつった!?」
 玲央がすかさず突っ込む。あはは、と岡嶋は笑って誤魔化した。
「もし制作が決まったら、獅々戸くんにまた主演頼むからね! それと、お相手は立候補か推薦で決めたいなと思ってます!」
「あ、やってみたいです」
 素早く手が上がる。カメラマンの藤沢雅だった。
「はああぁっ!?」
 玲央がガタッと勢いよく席を立つ。瞳は大きく見開かれ、体はブルブルと震えていた。
「ああ……そっか、なるほど。別に意図してなかったんだけど……うん、アリね! この二人ならうまくやれるわ!」
 岡嶋はサムズアップをして言う。うんうんと微笑みながら頷く雅と、眉間に皺を寄せて頭を抱える玲央の姿が対照的だった。
「つか、決まってもないのに話進めんな! ほら次だ! プレゼンしたいヤツ、前出ろ!」
 玲央がギャンギャンと吠える。それからいくつか脚本のプレゼンテーションが行われた。
 しかし、最終的には多数決で、岡嶋の脚本『二人の白いキャンバス』を、今年の作品として制作することになったのだった。



 その後、講義を終えた誠はサークル棟へ向かう。
 部室内には岡嶋と風間の二人がいて、絵コンテの書き方について教わるのだった。
「コンテなんてポイントさえ押さえれば十分よ。人の顔は丸と十字で、どこ向いてるかで十分だし。カメラワークはこんなふうに四角を書いて……」
 ざっくりながらも、岡嶋は要点を押さえて解説をしていく。誠は指示を聞き入れながらペンを走らせた。
 まさか、自分が監督をやるなんて夢にも思わなかった。今でも信じられないくらいだが、自分の中にあるイメージを実際に書き出すと、今後の撮影に対してワクワクする思いが湧いてくる。
「じゃあ、私はこれからゼミだから。風間くん、あとはよろしくね」
 コンテ作業をしているうちにゼミナールが始まる時間になったらしく、岡嶋は挨拶もそこそこに部室を出ていった。
 必然的に風間と二人きりになって、少し気まずさを感じてしまう。
(だ、大樹がヘンなこと言うからだっ。そんなことあるわけないのにさ)
 だとしても、だ。大樹にあんなにも不機嫌になられては困るし、ここでしっかり明らかにして安心させてやりたい。そう考えて、
「唐突ですけど、風間さんって彼女とかいるんですか?」
 出し抜けにストレートな質問を投げかけてみる。風間は穏やかに微笑んだ。
「本当に唐突だね? 今はフリーだけど?」
 意外な回答だ。鼻筋の通った端正な顔立ちと温厚そうな印象は、異性にウケる要素でしかないだろう。てっきり彼女がいるのだとばかり思っていた。
(うわ、マジか。これじゃあ、なんの証明にもならないじゃん)
「へ、へー意外……風間さんカッコいいから、すげーモテそうなのにっ」
 適当に相槌を打つと、風間はそのまま訊き返してくる。
「そう言う戌井くんはどうなの?」
「えっ、俺!? 俺はいませんよっ、彼女だなんてそんな!」
(って、ああ!? うっかり否定しちゃったけど!)
 なんとなく後ろめたい気がする。確かに彼女ではないが、恋人として付き合っているのは確かなのだから、それとなく言うべきだったかもしれない。
「じゃあ一緒だね。でも俺、好きな人ならいるんだ」
「あっ、そうなんですか! どんな相手なんです?」
「戌井くん」
 予期せぬ返答に心臓がドキリと音を立てて、時間が止まったように体が固まってしまう。風間は薄く笑って言葉を加えた。
「俺、戌井くんのことが好きなんだよね。もちろん恋愛対象として」
「か、からかってます?」
「こんな冗談言う性格に見える?」
「いや……」
「それに、今に始まったことじゃないよ。前から君のことを見ていたんだから……こう言ったら思い出してくれるかな」
 既視感を感じてドクンドクンと心臓が脈打つ。そして……、
「戌井くんのことが好きなんだ。俺と付き合ってください」
 その言葉を聞いた途端、ぶわりと記憶が蘇ってきた。高校二年生の冬――階段の踊り場で、一つ上の先輩に告白された日の記憶が。
(どうして、今まで気づかなかったんだろう)
 風間はあのときの男だ。外見はずいぶんと変わって、高校のときよりもずっと垢抜けた。しかし声は、言葉の持つ響きは、すべてあの日と一緒だった。
「よかった。思い出してくれたみたいだね」
「え、えっと……」
「いつ言い出そうかって思ってた。君が映研に入ったときからずっと。――ねえ、こうしてまた会えたのって運命的だと思わない?」
 気がつけば、驚くほどに距離を詰められていた。相手は笑顔を浮かべているはずなのに、何故だか身の危険を感じた。
(な……何なんだよ、この人!?)
 と、そのとき。部室のドアがノックされてガチャリと開く。
 そちらに目を向けて、誠はギクリとした。
しおりを挟む
■同人誌版はコチラ
https://twitter.com/tiyo_arimura_/status/1583739195453222912

■この作品のイラスト・漫画まとめはコチラ
https://twitter.com/i/moments/1263670534077743106

■カップリング・キャラ投票(無期限)はコチラ
https://customform.jp/form/input/52334/
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

処理中です...