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season2

scene09-04

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    ◇

 約束の日がやってきて、雅は養成所として使用されているスタジオビルへ赴いた。
 早く会いたいとビルの前でそわそわと待っていると、聞きたくもない声が耳に届く。
「あれっ、後輩君じゃーん」宮下が軽い足取りで近づいてきた。「しーちゃん待ってんの? アイツ、先生と話してるから少し遅くなるよ?」
「そう、ですか」
 普段なら、どのような相手でも穏やかに接することができるのだが、この男の前ではつい素っ気ない態度をとってしまう。
 何かしら察したのか、宮下が口の端を吊りあげた。
「健気なのもいいけど、度が過ぎると重いだけだよ? それが見返り求めるのだったら、もう最悪っつーか……面倒だし、疲れるだけじゃない?」
「どうしてあなたは、そんなに噛みついてくるんですか」
「ヒドいなあ。可愛い後輩君にアドバイスしてあげてるだけじゃん。しーちゃんもどうかと思うけど、大人しい顔して、君も結構自分勝手だよねえ」
 ナイフにでも刺されたかのように、ズキリと鋭い痛みが胸に走る。醜く浅ましい感情を持ってしまったことに対する、自己嫌悪といってもいいだろう。
 顔を伏せて、宮下のことが視界に入らないようにする。手が震えていることに気づけば、誤魔化すように握り拳を作った。
(駄目だ。自分が本当に嫌になる)
 ククッと宮下が笑って、沈黙を破る気配がする。そのときだった。
「あーのーさあー、勝手に俺の後輩イジメないでくんね?」
 顔を上げると、そこには玲央がいた。
 宮下には目もくれずに歩いてきて、雅の前に立つと一言。
「ボサっとしてんじゃねーよ」
 言って、玲央は手を掴んできた。
「えっ、あの?」
 彼がこのような行為を、しかも人前で行うだなんて考えられない。手を引かれるがままに歩き出すも、突然の事態によろけてしまう。
「獅々戸さん、待ってください! み、見られちゃいますよっ」
「ああッ!? こーゆーことしたかったんじゃねーのかよ!」
「それはそうなんですけど」
 人の目を避けて――例えば、映画館では上映中によく手を重ねていた。彼の言うとおりではある。
(けど……これは手を繋ぐというより、強引に手を引かれているというのでは?)
 苦笑しつつも、何も言わずに隣に並ぶ。
 手の震えはいつの間にか止まっていて、少し位置をずらして握り返すと、やっとそれらしくなった。
「待たせて悪かったな、藤沢」
「いえ、全然待ってないです」
「そうじゃなくってさ。宮下のヤツほんと軽薄っつーか、大して仲良くもねえのに、やたらと絡んでくるヤツだろ? 気ィ悪くさせたならごめん」
 思いもよらず恥ずかしいところを見せてしまい、やや気まずくなる。
 それでも気遣ってくれるのが嬉しくて、「大丈夫ですよ」と繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
「それより、今日はどうしますか? どこか行きたいところありますか?」
 無駄な心配をかけまいと、話の方向を変えることにしたのだが、
「とりあえず飯食おうぜ。んで……お前の家とか」
 返ってきたのは予想外の提案だった。



 自宅に着くと、真っ先に玲央はベッドに腰かけた。
 座れ、とばかりに手振りで示されたので、雅もその隣に並ぶ。
「なあ、最近どうしたんだよ?」
 少しの沈黙のあと、玲央が静かに言った。
 訊かれる予感はしていたが、素直に答える気にはなれない。
「言ったら、きっと獅々戸さんは幻滅します」
「しねえよ」
「俺のこと嫌いになっちゃいます」
「ならねーっての。ガキかテメェは」
「どうせガキですよ」
 自分に嫌気がさして、拗ねたように呟く。玲央は困ったように頭を掻いた。
「言い方が悪かった。藤沢、遠慮しないでいいから」
「……本当に嫌いになりませんか?」
「ああ。だから話せよ」
 玲央は催促するでもなく、黙ってこちらの言葉を待つ姿勢を見せる。表情は落ち着き払っていて、年上らしい頼もしさを感じた。
(敵わないな)
 こうまでされては言わざるを得ないだろう。
 覚悟を決めると、内に秘めた想いをありのままに告白した。
「俺、あなたのことをどうしようもなく求めてる。獅々戸さんが欲しい――体だけじゃなくて心も繋がりたい。そう思うようになってしまいました」
 恐る恐る反応を待っていたら、飛んできたのは額への軽い衝撃で、俗にいう《デコピン》だった。
 玲央は小さく鼻で笑ってから、口を開く。
「バーカ、重く受け止めすぎだろ。ったく、何を言いだすかと思ったら」
「バカって……」
「俺はそうなると思ってたし、今の関係が続くとも思ってなかったよ」
「そうじゃなくて、他にあるでしょう? お前とはもう付き合ってられないみたいな……嫌いにはならないまでも、困るに決まってます。わかってるんで、その」
「コラ、勝手に決めつけんな。俺、お前と一緒にいるのが一番楽しいんだけど」
「え? あ、はい、ありがとうございます……?」
 あまりにもさり気なく言われたので、言葉の意味を考えずに返事をしてしまった。再び額を指先で弾かれる。
「『ありがとうございます』じゃねーだろ! もういい、この際ちゃんと言うから耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!」
 玲央の顔がじわじわと紅潮していく。
 いや、そんなまさかとは思ったのだが、そのまさかだった。
「俺は、藤沢と正式に付き合いたんだ。――恋人として」
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