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season1
scene03-02
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◇
ぎらぎらと照りつける八月の太陽の下。キャンパス内の一角で、長きに渡った短編映画の撮影が終了した。
「はーい、クランクアップ! みんなお疲れ様!」
部長であり、今作の監督および脚本を手掛けた岡嶋が声をあげる。
部員たちは、それぞれの労をねぎらうように「お疲れ」と交わした。
「獅々戸さん、お疲れさまでした! 《アツシ》すげーカッコよかったですっ!」
元気よく声をかけてきたのは、後輩の一年生であり助監督の戌井誠――余談だが、玲央は《ポチ》と呼んでいる――だ。
ちなみに《アツシ》というのは玲央が演じた主役で、今作は『獅子を背負う男 ~抗争の果てに~』というタイトルの哀愁漂うヤクザ映画だった。
「ったりめーだろ? 俺様をなんだと思ってんだよ?」
衣装であるスーツのジャケットを脱ぎながら、笑って返す。
ネクタイを緩めると少しだけ暑苦しさが緩和されたが、シャツはすっかり汗で濡れそぼっていて気持ちが悪かった。
それを見た誠がタオルと飲み物を渡してくる。玲央は礼を言って受け取り、まずはタオルで顔を拭いた。
(いってぇ……)
目元を拭った時に、突き刺すような痛みが走った。
日常的にコンタクトレンズを使用しているのだが、どうも朝から調子が悪いらしく、目がごろごろしていたのだ。
反射的に浮かぶ涙を汗ごと優しく拭き取る。と、ここで岡嶋の声が再び響いた。
「このあと鬼の編集作業がありますが! とりあえず打ち上げってことで、今夜はしゃぶしゃぶ食べにいきましょうっ!」
(……それはそれとして、早いとこコンタクト外したくてしょうがねえ)
涙目になってしまうのが恥ずかしくて、一足先に部員の輪から抜けようとする。
足を数歩進めたところで視線を感じ、周囲を見やると一人の部員と目が合った。
誰かと思えば、一年生のカメラマンである藤沢雅だった。彼は目が合ったことに苦笑して、軽く頭を下げてくる。
(こんなとこ、カッコつかねえから見ないでほしいんだけどな)
じわりと滲む涙を隠すようにして立ち去るのだが、なんとなく気まずかった。
酒の席は穏やかに進み、気づけば席を移動して飲み交わす頃合いだ。
「獅々戸くんはカシオレよね。はい、飲んで飲んでっ」
岡嶋が明るく言って、追加注文で来たばかりの新しいグラスを渡してくる。
酒の席は好きだが、酒自体はあまり得意ではない。玲央はグラスの中の赤い液体をちびりと飲んだ。
太い赤ブチの眼鏡――視力が弱く、コンタクトレンズを外してしまうとほぼ見えない――を手で上げながら、他の部員に気を配る岡嶋の方を見る。
せっかく来てくれたのだから、少しくらい話したいと思案し、静かに口を開いた。
「ひとまず、お盆前に撮影終わってよかったな」
「ええ。これであなたも厚底靴から卒業ね?」
「うるせーな、これでも平均程度にはあるっての!」
岡嶋がふふっと笑う。照れくささを感じて、ぶっきらぼうに続けた。
「ンだよ、文句あんのかよ?」
「ううん、獅々戸くんを主演にしてよかったなあって。そもそも、主演はあなたしか考えてなかったんだけどね。アツシ、すごくカッコよかったぞ~?」
言いながら軽く小突いてくる岡嶋に、胸がぎゅっと締めつけられる感覚を覚えた。
性格上、「カッコいい」と言われるのは素直に嬉しいし、常日頃からそういった人間でありたいと思っている。
けれど、そのような言葉を言われても、自分は彼女の“特別”にはなれない――そう考えるだけで、胸中が切ない気持ちでいっぱいになるのだ。
「お酒なりジュースなり、ちゃんと回ってる~? あ、藤沢くん、そろそろグラス空じゃないの。なんか頼む?」
「ああ、すみません。それじゃあジンジャエールを」
モヤモヤと頭を悩ませる玲央をよそに、岡嶋は他のテーブルに移動する。
彼女は他の部員にも等しく優しい。どう頑張っても自分は、そこから抜け出ないことは明白だった。
「獅々戸さん? ため息ついてどうしたんです?」向かいに座っていた誠が言った。
「……別に? やっと撮影が終わって安心してるだけだよ。つーかこのテーブル、野菜全然減らなくね?」
テーブルのしゃぶしゃぶ鍋を見て話題を変えると、誠の隣に座っていた桜木大樹が眉間に皺を刻んだ。
「誠、ずっと肉ばっか食ってるだろ」
「あっ、バレた?」
「ほら、白菜も人参も火が通ったぞ。よそってやるから食え」
「えー、やだ。なんで俺ばっかりなんだよ?」
「お前、好き嫌いないのにどうしてこんな時だけ……」
「わかってないなあ、大樹は」
「なにが」
「しーらねっ」
(桜木は鍋奉行っつーか、ポチのオカンだな)
この二人は、小学校からの幼馴染だそうだ。
ずいぶんと仲がいいものだと会話を聞いていたら、岡嶋が「注目!」と声をあげた。
「二次会はカラオケのモニタールーム借りて、映画観賞会やります! ……ってことで、こんなん持ってきましたー、『ムカデ人間』に『ファーザーズ・デイ』、そして極めつけに『食人族』ってね!」
「バッ、なんでそんなB級ばっかなんだよ! ところどころ気まずいし、トラウマになるヤツ出るからやめろ!」
立ち上がって異議を唱える。こんなときに彼女を止められるのは自分しかいない。
「じゃあ、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作! エクステンデッドエディションで!」
「何時間あると思ってんだ!?」
あれやこれやと言い合いが続き、結局は岡嶋チョイスのもとショートフィルム決選集を見ることになったのだった。
ぎらぎらと照りつける八月の太陽の下。キャンパス内の一角で、長きに渡った短編映画の撮影が終了した。
「はーい、クランクアップ! みんなお疲れ様!」
部長であり、今作の監督および脚本を手掛けた岡嶋が声をあげる。
部員たちは、それぞれの労をねぎらうように「お疲れ」と交わした。
「獅々戸さん、お疲れさまでした! 《アツシ》すげーカッコよかったですっ!」
元気よく声をかけてきたのは、後輩の一年生であり助監督の戌井誠――余談だが、玲央は《ポチ》と呼んでいる――だ。
ちなみに《アツシ》というのは玲央が演じた主役で、今作は『獅子を背負う男 ~抗争の果てに~』というタイトルの哀愁漂うヤクザ映画だった。
「ったりめーだろ? 俺様をなんだと思ってんだよ?」
衣装であるスーツのジャケットを脱ぎながら、笑って返す。
ネクタイを緩めると少しだけ暑苦しさが緩和されたが、シャツはすっかり汗で濡れそぼっていて気持ちが悪かった。
それを見た誠がタオルと飲み物を渡してくる。玲央は礼を言って受け取り、まずはタオルで顔を拭いた。
(いってぇ……)
目元を拭った時に、突き刺すような痛みが走った。
日常的にコンタクトレンズを使用しているのだが、どうも朝から調子が悪いらしく、目がごろごろしていたのだ。
反射的に浮かぶ涙を汗ごと優しく拭き取る。と、ここで岡嶋の声が再び響いた。
「このあと鬼の編集作業がありますが! とりあえず打ち上げってことで、今夜はしゃぶしゃぶ食べにいきましょうっ!」
(……それはそれとして、早いとこコンタクト外したくてしょうがねえ)
涙目になってしまうのが恥ずかしくて、一足先に部員の輪から抜けようとする。
足を数歩進めたところで視線を感じ、周囲を見やると一人の部員と目が合った。
誰かと思えば、一年生のカメラマンである藤沢雅だった。彼は目が合ったことに苦笑して、軽く頭を下げてくる。
(こんなとこ、カッコつかねえから見ないでほしいんだけどな)
じわりと滲む涙を隠すようにして立ち去るのだが、なんとなく気まずかった。
酒の席は穏やかに進み、気づけば席を移動して飲み交わす頃合いだ。
「獅々戸くんはカシオレよね。はい、飲んで飲んでっ」
岡嶋が明るく言って、追加注文で来たばかりの新しいグラスを渡してくる。
酒の席は好きだが、酒自体はあまり得意ではない。玲央はグラスの中の赤い液体をちびりと飲んだ。
太い赤ブチの眼鏡――視力が弱く、コンタクトレンズを外してしまうとほぼ見えない――を手で上げながら、他の部員に気を配る岡嶋の方を見る。
せっかく来てくれたのだから、少しくらい話したいと思案し、静かに口を開いた。
「ひとまず、お盆前に撮影終わってよかったな」
「ええ。これであなたも厚底靴から卒業ね?」
「うるせーな、これでも平均程度にはあるっての!」
岡嶋がふふっと笑う。照れくささを感じて、ぶっきらぼうに続けた。
「ンだよ、文句あんのかよ?」
「ううん、獅々戸くんを主演にしてよかったなあって。そもそも、主演はあなたしか考えてなかったんだけどね。アツシ、すごくカッコよかったぞ~?」
言いながら軽く小突いてくる岡嶋に、胸がぎゅっと締めつけられる感覚を覚えた。
性格上、「カッコいい」と言われるのは素直に嬉しいし、常日頃からそういった人間でありたいと思っている。
けれど、そのような言葉を言われても、自分は彼女の“特別”にはなれない――そう考えるだけで、胸中が切ない気持ちでいっぱいになるのだ。
「お酒なりジュースなり、ちゃんと回ってる~? あ、藤沢くん、そろそろグラス空じゃないの。なんか頼む?」
「ああ、すみません。それじゃあジンジャエールを」
モヤモヤと頭を悩ませる玲央をよそに、岡嶋は他のテーブルに移動する。
彼女は他の部員にも等しく優しい。どう頑張っても自分は、そこから抜け出ないことは明白だった。
「獅々戸さん? ため息ついてどうしたんです?」向かいに座っていた誠が言った。
「……別に? やっと撮影が終わって安心してるだけだよ。つーかこのテーブル、野菜全然減らなくね?」
テーブルのしゃぶしゃぶ鍋を見て話題を変えると、誠の隣に座っていた桜木大樹が眉間に皺を刻んだ。
「誠、ずっと肉ばっか食ってるだろ」
「あっ、バレた?」
「ほら、白菜も人参も火が通ったぞ。よそってやるから食え」
「えー、やだ。なんで俺ばっかりなんだよ?」
「お前、好き嫌いないのにどうしてこんな時だけ……」
「わかってないなあ、大樹は」
「なにが」
「しーらねっ」
(桜木は鍋奉行っつーか、ポチのオカンだな)
この二人は、小学校からの幼馴染だそうだ。
ずいぶんと仲がいいものだと会話を聞いていたら、岡嶋が「注目!」と声をあげた。
「二次会はカラオケのモニタールーム借りて、映画観賞会やります! ……ってことで、こんなん持ってきましたー、『ムカデ人間』に『ファーザーズ・デイ』、そして極めつけに『食人族』ってね!」
「バッ、なんでそんなB級ばっかなんだよ! ところどころ気まずいし、トラウマになるヤツ出るからやめろ!」
立ち上がって異議を唱える。こんなときに彼女を止められるのは自分しかいない。
「じゃあ、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作! エクステンデッドエディションで!」
「何時間あると思ってんだ!?」
あれやこれやと言い合いが続き、結局は岡嶋チョイスのもとショートフィルム決選集を見ることになったのだった。
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