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season1
scene01-02
しおりを挟む授業中もずっと上の空で、誠は板書を写す手だけを動かしていた。頭にあるのは、今朝の大樹とのやり取りだった。
(当然だよな、幼馴染だからって図々しいこと言ってらんねーし。それは別にいいんだけど、なにもあんなふうに言わなくたっていーじゃん……大樹のアホ)
気持ちが暗然とする。ただの義理人情で面倒を見ているように取れる言葉が、心に深く突き刺さっていた。
なにかと世話を焼いてくれるのは、自分を特別な存在だと思ってくれているからだと信じて疑わなかった。幼馴染で親友。少なくとも誠にとって大樹は、他の友人とは違うそれ以上の存在だ。
だから平然と、彼の好意に甘えてしまっていたのだが、実際はひどい自惚れだったのかもしれない。
心地よい関係性だと感じていただけに、強くショックを受けている誠がいた。
(なんだろう、この気持ち……モヤモヤする)
そのようなことを考えているうちに、時間は刻々と過ぎていき、結局その日の授業はまったく身が入らないまま終わってしまう。
らしくもないため息をついていたら、スマートフォンが震えた。LINEの通知だ。
確認すれば大樹からで、『今日は遅い』とメッセージが入っていた。言葉足らずな部分を補足すると、『先に帰って、適当に夕飯を済ませてほしい』ということだ。
軽く返事を送って、言われたままに帰り支度をする。
クラスメイトと一緒に校舎を出ると、突き刺すような冷たい冬の風が頬を掠めた。他愛のない話をしながら中庭を抜けたところで、ふと立ち止まる。
校舎内に見慣れた姿があった。一階の生徒会室――そこに大樹が一人で佇んでいた。
今朝の気まずさを思い出して少し躊躇しつつも、クラスメイトに「先に行ってて」と告げるなり、生徒会室の方へ足を向ける。このまま帰ってしまうのは、なんとなく嫌だと感じた。
(別に喧嘩してるワケじゃねーし)
コンコンと窓を叩く。大樹はすぐに気づいてこちらに寄ってきた。
窓を開けてもらうと、窓粋に両手を置いて身を乗り出すように話しかける。なるべくいつものように明るく、という意識を持ちながら。
「なあにしてんのっ?」
「答辞の読みあげ。先生に添削してもらう前に確認してたんだよ」
「ああ、そーいえばそんなのもあったな」
「『そーいえば』ってなあ」
大樹は前生徒会長で、卒業式では代表として答辞を任されていたのだった。
「な、それ聞かせろよっ!」
「なんで。卒業式になれば嫌でも聞かされるだろうし、面白いものでもないだろ」
「いーじゃん、先に聞きたいんだよっ。ほら、練習だと思ってさあ~?」
駄々をこねる子供のような声色で言うと、大樹は仕方ないなとばかりに息を吐いてから、
「暖かい春の陽射しが降り注ぎ、校庭の桜も――」
低く落ち着いた声が静かに響く。グラウンドから運動部のかけ声が聞こえてきたが、喧噪に埋もれることなどなく、確かな存在感を持って耳に心地よく流れ込んでくる――そんな声だった。
(イケメンって、こーゆーのを言うんだろうなあ)
答辞を述べる大樹の姿を見つめる。窓から差し込むオレンジ色の光が、端正な顔つきに影を落としていた。
堂々たる立ち姿。その振る舞いは品があって、同性ながら見惚れてしまうほどだ。
これが中高一貫の男子校でなく、共学校に通っていたらさぞやモテただろう。考えてから少し複雑な気分になった。
彼が好かれることは親友として純粋に嬉しいのだが、特別な異性が隣にいる光景を想像すると、胸のあたりが不思議とモヤモヤとしてしまう。
「あだッ」
不意にコツッと頭を小突かれて、声をあげた。
気づけば、大樹が眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「お前、聞いてなかっただろ」
「ええーっ!? 聞いてたよ、聞いてたもんね! ……とりあえず三年間充実してたってコトだろ?」
頭を押さえつつ口にしたら、大樹は穏やかに目を細めて笑った。
「本当にお前はバカだな」
その言葉はどうなのかとは思うが、自分はこの笑顔に弱いらしい。
大樹は目つきが悪く、無口で不愛想だ。そんなことから感情が希薄な人間だと思われがちなのだが、実のところは違う。
誠が知っている大樹は、眉根を寄せてしかめ面をしたかと思えば、あたたかな眼差しで笑うこともある。単に人と積極的に関わろうとしないだけだ。
「う、うるせーなあ! どーせバカですよーだっ!」
「……よかった。もういつもの誠だ」
「え?」
唐突な言葉に目を瞬いた。
今日一日考えごとをしていたおかげで気持ちの整理がついたのだろうか。思ったより自然に会話できている自分に気づく。
「すまん。いつもの小言が過ぎた」
「そっ、そんなのいいっての! 大体、小言くらい慣れっこだし!」
確かにうるさいとは思うが別に嫌なわけではない。こちらのことを思ってゆえの言葉だとわかっているし、いちいちクヨクヨしない。
(そういうことじゃないんだよな)
誠の沈みゆく思いをよそに、大樹は追い打ちをかけてくる。
「よくよく考えれば、俺が口出しすることでもないだろうしな」
「………………」
彼の発した言葉に心底うんざりした。胸にズキンという痛みを感じて、自分でも理解できぬ感情が込み上げてくる。
「誠?」
呼びかけにハッとすると、大樹が目を瞠らせていた。
それから遅れて、自分が彼のジャケットの袖を掴んでいたことに気づく。
いつの間にこんなことをしていたのだろう。手を放しつつ、そこで今抱えている気持ちが何なのかやっとわかった。
「俺、寂しいんだ」
小さく呟いて俯く。自分の足元を見ながら言葉を続けた。
「ごめん。甘えっぱなしで面倒なヤツとか思われてるかもしんないけどっ……でも、なんかやっぱり、お前がいなきゃ駄目だって思って――!」
それ以上、続けられなかった。
唇に柔らかな感触を感じる。俯いていたはずなのに、いつの間にか上を向かされ、息遣いを感じるほど近くに大樹の顔があった。
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