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season1
scene01-01 いたいけペットな君にヒロイン役は(1)
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今が幸せか。そう訊かれたら、どれだけの人間が首を縦に振るだろうか。
登校時間が迫っているのにも関わらず、ベッドの上で呑気に寝息を立てている男――戌井誠は、間違いなく無垢な笑顔で肯定する。
幸せの形は多種多様とは言うが、誠の場合は頭が都合よく――率直に言えば自他ともに認める《バカ》だ――できているため、どんなに些細なことでも幸せだと感じるのだ。
「筋肉……モリモリマッチョマンの、変態だあ」
誠の脳内では現在、映画『コマンドー』の世界観で銃撃戦が行われている。
映画は昔から派手なものが好きだ。しかし、現実にはそんなもの必要ないと思っているし、平穏無事な日常が退屈などと感じたこともない。
都合よくできた頭は、ちょっとした小さな出来事でも幸せにしてくれるのだから。例えば、こうして二度寝している間もそうだ。
(なんか寒い……)
今は、一年の中で最も寒さが厳しい二月。
身を震わすほどの肌寒さに、少しずつ意識が浮上してくる。布団を引き寄せようとして手を動かすも、どうにも空を掴むばかりで仕方なく重い瞼を開けた。
真っ先に視界に入ったのは仏頂面で布団を持った男、桜木大樹だった。
「いい加減起きろ。このバカ犬」
「……目覚まし鳴ってねーじゃん」
「いや、鳴った。もう七時過ぎてる」
「ええ~?」
「お前のことだから無意識に止めて二度寝したんだろ。ったく、部活引退してから弛んでるぞ」
目をごしごし擦りつつ時計を確認する。彼の言うとおり、時刻は七時を過ぎていた。
ここしばらく、こんなやり取りばかりしている気がしてならない。バスケットボール部に所属していたときは、毎朝熱心に練習に励んでいたというのに。
「はいはい、ちゃんと起きるってば~」
返事をして体を起こす。あまりぐうたらしていると、大樹は母親よりもうるさいのだ。
「『はい』は一回にしろ、ムカつく。というか寝癖」
ひどいぞ、と指さされたので頭を撫でてみる。栗色の髪がピョンピョンと元気に跳ねていた。
「うーわ、ホントだ。大樹は寝癖とかつかなそうでいいよなあ」
「お前の場合、大して髪を乾かさないで寝てるせいだろ」
そのとおりなのだが、くせ毛の誠としては男らしい直毛が羨ましかった。
特に大樹の髪は理想的だ、と手を伸ばしてその黒髪に触れる。耳周りと襟足がすっきりしていて、指に伝わる感触が楽しかった。
「バカ、飯食う時間なくなるぞ」
「いてッ」
ムッとした表情で手を払われ、ついでに《デコピン》まで食らってしまう。
それから大樹は部屋から出ていって、「おばさん、誠のこと起こしてきた」とダイニングへ向かって声をかけたのだった。
(あれで、同じ高三っていうんだからなあ。どっかでダブってて、俺より年上だったりしねーかな)
などと考えてしまうも、そのようなことがないのは自分がよく知っている。
大樹は小学校からの幼馴染かつ“大”がつくほどの親友である。
彼は父子家庭で、学童保育を受けていた繋がり――誠の両親は共働きで家を空けていることが多い――で仲良くなった。
しかも、誠の家の向かいにあるアパートに住んでいて、今ではすっかり家族ぐるみの付き合いだ。親友以上と言っても過言ではない。
(どこの漫画だよ、って話だけど。リアルにいるとマジでオカンってゆーか)
口にしたらきっと怒るだろう。苦笑しながら身支度を済ませ、制服のネクタイを結びながらダイニングへ向かう。
食卓には二人分の朝食が並んでおり、大樹が味噌汁を温めなおしていた。味噌のいい香りに誠の腹がギュルルと鳴る。
「ハラへったぁ~」
腹を押さえながら突っ立っていると、後ろから頭を叩かれた。母親の直子だった。
「誠、いつまで寝てるの! 少しは大ちゃんを見習いなさい!」
そして、直子は大樹の方に向き直って、
「今日も美味しいご飯ありがとね、大ちゃん! もう息子に来てほしいくらい!」
「いいって。それよりも時間は大丈夫?」
(なんだかなあ)
頭を叩かれたことよりも、自分との態度の違いにむくれてしまう。母親としてどうなのだろうか。
「やだ、もうこんな時間? それじゃあ大ちゃん、あとはよろしくね! 誠は卒業間近だからってぼんやりしてないでよ!」
そう言って仕事に向かう母親を見送ったあと、
「よその息子にメシ作らせておいて、なーに言ってんだか」誠は小さく呟く。
「好きでやってるんだからいいんだよ、ほら」
大樹が味噌汁を差し出してくる。茶碗を受け取るなり、誠は大人しく席に着いた。
高校生になってからは、こうして食事を一緒にとることが日常的になっている。
というのも、大樹は現在一人暮らしをしているからだ。
突如決まった父親の海外赴任に反発し、たいそうな大喧嘩になったらしいのだが、そこに仲裁に入ったのが誠の両親であった。息子さんを預かることはできませんが、ちゃんとうちで様子を見ますよ――と。
それで事態が丸く収まったのはいいが、今ではすっかりこの有様である。
(うまそう……)
味噌汁の他にも、焼き鮭、卵焼き、ほうれん草のお浸し……といった大樹が用意した品々が朝食を彩っていた。
最後にご飯を茶碗によそってもらうと、「いただきます」と挨拶をして食事を始める。
「は~っ、大樹の味噌汁は今日も幸せの味がする! ホント嫁に欲しいくらいっ!」
また一つ小さな幸せにほっこりしていると、大樹の切れ長の目がキッと険しくなった。不機嫌そうに眉根が寄る。
「バカなこと言ってないで、一人でも起きられるようにしろよ」
「ふえっ? きゅうになんだよ?」
「口に物入れたまま喋るな。これからは朝起こしてくれる人も、飯作ってくれる人もいないんだぞ。そんなで大学どうするんだ」
「でも、同じ大学じゃん」
「進学先が同じだからって、そこまで面倒見る気はない。大体、おばさんたちに世話になってるから日頃……」
「っ――」
大樹の言葉を遮るように、ガタンッと音を立てて立ち上がる。無意識的な行動に、誠自身も目を丸くして「ごめん」と謝った。
「そ、そーだよな……確かに依存しすぎっつーか。ちゃんと自活しないと駄目だよな」
「別に、寮入るとかでもいいと思うけど」
「おう……」
椅子に座り直して再び朝食に手を付ける。
目を合せることなく食べ終わると、気まずい雰囲気のまま登校するのだった。
登校時間が迫っているのにも関わらず、ベッドの上で呑気に寝息を立てている男――戌井誠は、間違いなく無垢な笑顔で肯定する。
幸せの形は多種多様とは言うが、誠の場合は頭が都合よく――率直に言えば自他ともに認める《バカ》だ――できているため、どんなに些細なことでも幸せだと感じるのだ。
「筋肉……モリモリマッチョマンの、変態だあ」
誠の脳内では現在、映画『コマンドー』の世界観で銃撃戦が行われている。
映画は昔から派手なものが好きだ。しかし、現実にはそんなもの必要ないと思っているし、平穏無事な日常が退屈などと感じたこともない。
都合よくできた頭は、ちょっとした小さな出来事でも幸せにしてくれるのだから。例えば、こうして二度寝している間もそうだ。
(なんか寒い……)
今は、一年の中で最も寒さが厳しい二月。
身を震わすほどの肌寒さに、少しずつ意識が浮上してくる。布団を引き寄せようとして手を動かすも、どうにも空を掴むばかりで仕方なく重い瞼を開けた。
真っ先に視界に入ったのは仏頂面で布団を持った男、桜木大樹だった。
「いい加減起きろ。このバカ犬」
「……目覚まし鳴ってねーじゃん」
「いや、鳴った。もう七時過ぎてる」
「ええ~?」
「お前のことだから無意識に止めて二度寝したんだろ。ったく、部活引退してから弛んでるぞ」
目をごしごし擦りつつ時計を確認する。彼の言うとおり、時刻は七時を過ぎていた。
ここしばらく、こんなやり取りばかりしている気がしてならない。バスケットボール部に所属していたときは、毎朝熱心に練習に励んでいたというのに。
「はいはい、ちゃんと起きるってば~」
返事をして体を起こす。あまりぐうたらしていると、大樹は母親よりもうるさいのだ。
「『はい』は一回にしろ、ムカつく。というか寝癖」
ひどいぞ、と指さされたので頭を撫でてみる。栗色の髪がピョンピョンと元気に跳ねていた。
「うーわ、ホントだ。大樹は寝癖とかつかなそうでいいよなあ」
「お前の場合、大して髪を乾かさないで寝てるせいだろ」
そのとおりなのだが、くせ毛の誠としては男らしい直毛が羨ましかった。
特に大樹の髪は理想的だ、と手を伸ばしてその黒髪に触れる。耳周りと襟足がすっきりしていて、指に伝わる感触が楽しかった。
「バカ、飯食う時間なくなるぞ」
「いてッ」
ムッとした表情で手を払われ、ついでに《デコピン》まで食らってしまう。
それから大樹は部屋から出ていって、「おばさん、誠のこと起こしてきた」とダイニングへ向かって声をかけたのだった。
(あれで、同じ高三っていうんだからなあ。どっかでダブってて、俺より年上だったりしねーかな)
などと考えてしまうも、そのようなことがないのは自分がよく知っている。
大樹は小学校からの幼馴染かつ“大”がつくほどの親友である。
彼は父子家庭で、学童保育を受けていた繋がり――誠の両親は共働きで家を空けていることが多い――で仲良くなった。
しかも、誠の家の向かいにあるアパートに住んでいて、今ではすっかり家族ぐるみの付き合いだ。親友以上と言っても過言ではない。
(どこの漫画だよ、って話だけど。リアルにいるとマジでオカンってゆーか)
口にしたらきっと怒るだろう。苦笑しながら身支度を済ませ、制服のネクタイを結びながらダイニングへ向かう。
食卓には二人分の朝食が並んでおり、大樹が味噌汁を温めなおしていた。味噌のいい香りに誠の腹がギュルルと鳴る。
「ハラへったぁ~」
腹を押さえながら突っ立っていると、後ろから頭を叩かれた。母親の直子だった。
「誠、いつまで寝てるの! 少しは大ちゃんを見習いなさい!」
そして、直子は大樹の方に向き直って、
「今日も美味しいご飯ありがとね、大ちゃん! もう息子に来てほしいくらい!」
「いいって。それよりも時間は大丈夫?」
(なんだかなあ)
頭を叩かれたことよりも、自分との態度の違いにむくれてしまう。母親としてどうなのだろうか。
「やだ、もうこんな時間? それじゃあ大ちゃん、あとはよろしくね! 誠は卒業間近だからってぼんやりしてないでよ!」
そう言って仕事に向かう母親を見送ったあと、
「よその息子にメシ作らせておいて、なーに言ってんだか」誠は小さく呟く。
「好きでやってるんだからいいんだよ、ほら」
大樹が味噌汁を差し出してくる。茶碗を受け取るなり、誠は大人しく席に着いた。
高校生になってからは、こうして食事を一緒にとることが日常的になっている。
というのも、大樹は現在一人暮らしをしているからだ。
突如決まった父親の海外赴任に反発し、たいそうな大喧嘩になったらしいのだが、そこに仲裁に入ったのが誠の両親であった。息子さんを預かることはできませんが、ちゃんとうちで様子を見ますよ――と。
それで事態が丸く収まったのはいいが、今ではすっかりこの有様である。
(うまそう……)
味噌汁の他にも、焼き鮭、卵焼き、ほうれん草のお浸し……といった大樹が用意した品々が朝食を彩っていた。
最後にご飯を茶碗によそってもらうと、「いただきます」と挨拶をして食事を始める。
「は~っ、大樹の味噌汁は今日も幸せの味がする! ホント嫁に欲しいくらいっ!」
また一つ小さな幸せにほっこりしていると、大樹の切れ長の目がキッと険しくなった。不機嫌そうに眉根が寄る。
「バカなこと言ってないで、一人でも起きられるようにしろよ」
「ふえっ? きゅうになんだよ?」
「口に物入れたまま喋るな。これからは朝起こしてくれる人も、飯作ってくれる人もいないんだぞ。そんなで大学どうするんだ」
「でも、同じ大学じゃん」
「進学先が同じだからって、そこまで面倒見る気はない。大体、おばさんたちに世話になってるから日頃……」
「っ――」
大樹の言葉を遮るように、ガタンッと音を立てて立ち上がる。無意識的な行動に、誠自身も目を丸くして「ごめん」と謝った。
「そ、そーだよな……確かに依存しすぎっつーか。ちゃんと自活しないと駄目だよな」
「別に、寮入るとかでもいいと思うけど」
「おう……」
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