私とたべもの

素麺

私は素麺が苦手だった
冷たく冷やされ一口大に皿に盛られた素麺
めんつゆで食べる素麺
一食がただ延々と同じ味と動作の繰り返しでつまらない素麺
ねぎやわさびの味変はあってないようなものだった

母曰く「あなたが食のことでマイナスのことを言ったのはやっすいお米を食べさせた時だけだった」（子供の時の出来事ですが、これは本当に美味しくなかった）と言われる私だったが、これに加えて素麺も苦手なものだった。あの時のお米よりは随分マシですが

蕎麦やうどんは好きなのにどうして素麺だけ…
あと、にゅうめんも苦手
私は素麺というものが苦手なんだと今日まで思っていた

一人暮らしを始めて幾日か経ったころ
行った先のスーパーに素麺が有った
何の変哲もない６輪158円の素麺
何故かはわからない、でも何となく手に取ってカゴに入れていた

帰宅
少し疲れていた、米を炊く気力は無い
何より冷凍庫にまだストックがある
しかし諸事情により我が家には電子レンジが無い
米を食べるのは諦めた
しかし何か食べねば
戸棚を漁る
いつしかの素麺と共にツナ缶が出てきた
そして冷蔵庫には平松洋子さんの著作に出てきた「あられもない姿になったトマト」を作ろうとして魔改造しまくったものが眠っている

ツナ缶とトマトとついでに塩昆布を混ぜたものを素麺にかければ良いのでは？
天啓が降りてきた
万が一素麺が合わなかった時を考慮し、絹豆腐も入れる
これで喉越し爽やかにつるりといけるはず

思い立ったが吉日と早速作り始める
あっという間に茹で上がり、水で締めた素麺の上に豆腐を乗せ、あらかじめ混ぜておいたトマトたちを流れ込ませる

鍋を洗い、冷房の効いた部屋に駆け込む
お気に入りの丼の中で白い麺とトマトの赤、昆布の黒、それら全てを覆い隠すツナ
…ツナ缶は半分にしておけばよかったと少し後悔した
しかし見た目はそこそこ美味しそうである
恐る恐る素麺を口に運ぶ
衝撃が走る
美味しい
これが、あの素麺なのか
惰性で食べて最後の方は「片付けたいから早く食べなさい」と言われてしまうあの素麺なのか
具はもちろん美味しい
トマトは前日に食べて美味しいことを知っていたし、ツナが美味しく無いはずがない
でも、それより、具から出た汁を纏った素麺がとてつもなく美味しい
豆腐の存在を忘れてつるつると麺を啜る
美味しい
ひたすら美味しい、幸せ
トマトと一緒に食べる
美味しい
ツナと塩昆布をしっかり絡めて
美味しい
豆腐も一緒に
美味しい

なんて美味しいんだ
こんな美味しいものを私はしばらく食べていなかったのか

素麺は残り５輪
明日はゆでどりを作るのでそれを乗せるつもりだ