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・夢
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お日様の匂いがする。
柔らかく暖かな場所に目を閉じて横たわりながら、シルフィアはそう思った。
炎の温もりとはまた違う撫でるような柔らかな日の温もりを頬に感じながら、ここは何処なのだろうかとシルフィアは周りを見渡そうとするも、いつもならすぐに開くはずの彼女の瞼は何故か酷く重たかった。
「やだよ、おばあちゃん死なないで…」
シルフィアが瞼を上げようと奮闘していると、近くから幼い子供の声が彼女の耳に届いた。
次いで年若い女の声ーー幼子の母親だろうか?ーーがそれを宥めるが、堰を切ったように彼女の声も段々と涙に濡れ始め、それを呼び水にしてシルフィアの周りからその二人以外の、沢山の人々の嗚咽が聞こえ始める。
どうしたのだろうか?それに、おばあちゃんとは誰の事だろうか?
シルフィアがそう思いながら懸命に瞼を持ち上げると、微かに開いた彼女の瞼の向こうに温室の様な燦々と柔らかな陽の光が差す、艶やかな植物が飾られた美しい部屋があった。
その部屋でシルフィアは中央にある寝台に横たわっており、そして彼女を囲むように沢山の人々が此方を見つめていたのだった。
微笑んではいるが、頬を濡らし、その奥底にある悲しみを、寂しさを隠せない、複雑な表情をして。
その部屋に差し込む陽の光のような彼らの眼差しを見て、シルフィアは思い出した。
そうだ、『おばあちゃん』とは自分の事なのだと、先程の声は自分の一番上の子供の孫・・・つまりは自分のひ孫の声なのだと。
嗚呼、自分は死ぬのか。
怠いばかりで何処も痛くもない体の感覚に、シルフィアは悲しまないで欲しいと皆に話したかったが、瞼と同じように口も優しく塞がれているように開かない。
まるで天におわす御方が、もう休んでよいのだと子供を宥めるかのように。
上手く動かせない体に、沢山の人に心労をかけてしまって申し訳ない気持ちと、こんなに沢山の人が自分との別れを悲しんでくれて嬉しい気持ちとで、シルフィアの胸中がせわしなくなる。
「シルフィア」
申し訳なさがシルフィアの胸を強く支配しようとした時、ふんわりと優しい声が、太陽、というよりお日様と形容した方がしっくりくる愛おしい声が、シルフィアの寝台のすぐ傍ら、彼女に一番近い場所からゆっくりと注がれる。
その声の方にシルフィアが、ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて顔を向けると、夏の月のような柔らかな金色の瞳を丸い眼鏡におさめ、真っ白な髪に深い皺を刻んだ濃い色の肌をした翁が、愛おしげに彼女を見つめていた。
見覚えがあるような、無いような。
シルフィアを見て嬉しそうに微笑む翁を見ながら彼女がそう思っていると、彼はシミや皺だらけの彼女の手を取り、自分の両の手で優しく包み込んだ。
「シルフィア、シルフィ。僕の愛しい人。今まで沢山頑張ってきたね。君が頑張ってくれたお陰で、僕は君と共に在ることができた。僕の力だけじゃ君と有ることは出来なかった。本当にありがとう」
シルフィアを見つめながら、翁の皺だらけの節だった大きな手に力が籠る。
そして彼は少し視線を外し、一拍呼吸を置くと、再びシルフィアの目を真っすぐ見つめた。
「君と出会えて本当に僕は幸福だった。…君は、どうだっただろうか。君を一等幸せにすると誓っておきながら僕ばかり幸せだった気がして」
月に今にも溢れそうな水を湛え、彼は愛おしい人を包んだ手を自分の頬に押し当てる。
まるで、懇願するように。
「君は…幸せだったかい?」
問いかける翁の瞳の奥に、シルフィアからは湖面の月のように不安が揺らめくのが見えた。
それを見て、すうっと静かに、シルフィアは肺に息を送り込む。
嗚呼伝えたい、伝えなくては。
そう思いながらシルフィアは、御手に塞がれていた口をそっと開いた。
柔らかく暖かな場所に目を閉じて横たわりながら、シルフィアはそう思った。
炎の温もりとはまた違う撫でるような柔らかな日の温もりを頬に感じながら、ここは何処なのだろうかとシルフィアは周りを見渡そうとするも、いつもならすぐに開くはずの彼女の瞼は何故か酷く重たかった。
「やだよ、おばあちゃん死なないで…」
シルフィアが瞼を上げようと奮闘していると、近くから幼い子供の声が彼女の耳に届いた。
次いで年若い女の声ーー幼子の母親だろうか?ーーがそれを宥めるが、堰を切ったように彼女の声も段々と涙に濡れ始め、それを呼び水にしてシルフィアの周りからその二人以外の、沢山の人々の嗚咽が聞こえ始める。
どうしたのだろうか?それに、おばあちゃんとは誰の事だろうか?
シルフィアがそう思いながら懸命に瞼を持ち上げると、微かに開いた彼女の瞼の向こうに温室の様な燦々と柔らかな陽の光が差す、艶やかな植物が飾られた美しい部屋があった。
その部屋でシルフィアは中央にある寝台に横たわっており、そして彼女を囲むように沢山の人々が此方を見つめていたのだった。
微笑んではいるが、頬を濡らし、その奥底にある悲しみを、寂しさを隠せない、複雑な表情をして。
その部屋に差し込む陽の光のような彼らの眼差しを見て、シルフィアは思い出した。
そうだ、『おばあちゃん』とは自分の事なのだと、先程の声は自分の一番上の子供の孫・・・つまりは自分のひ孫の声なのだと。
嗚呼、自分は死ぬのか。
怠いばかりで何処も痛くもない体の感覚に、シルフィアは悲しまないで欲しいと皆に話したかったが、瞼と同じように口も優しく塞がれているように開かない。
まるで天におわす御方が、もう休んでよいのだと子供を宥めるかのように。
上手く動かせない体に、沢山の人に心労をかけてしまって申し訳ない気持ちと、こんなに沢山の人が自分との別れを悲しんでくれて嬉しい気持ちとで、シルフィアの胸中がせわしなくなる。
「シルフィア」
申し訳なさがシルフィアの胸を強く支配しようとした時、ふんわりと優しい声が、太陽、というよりお日様と形容した方がしっくりくる愛おしい声が、シルフィアの寝台のすぐ傍ら、彼女に一番近い場所からゆっくりと注がれる。
その声の方にシルフィアが、ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて顔を向けると、夏の月のような柔らかな金色の瞳を丸い眼鏡におさめ、真っ白な髪に深い皺を刻んだ濃い色の肌をした翁が、愛おしげに彼女を見つめていた。
見覚えがあるような、無いような。
シルフィアを見て嬉しそうに微笑む翁を見ながら彼女がそう思っていると、彼はシミや皺だらけの彼女の手を取り、自分の両の手で優しく包み込んだ。
「シルフィア、シルフィ。僕の愛しい人。今まで沢山頑張ってきたね。君が頑張ってくれたお陰で、僕は君と共に在ることができた。僕の力だけじゃ君と有ることは出来なかった。本当にありがとう」
シルフィアを見つめながら、翁の皺だらけの節だった大きな手に力が籠る。
そして彼は少し視線を外し、一拍呼吸を置くと、再びシルフィアの目を真っすぐ見つめた。
「君と出会えて本当に僕は幸福だった。…君は、どうだっただろうか。君を一等幸せにすると誓っておきながら僕ばかり幸せだった気がして」
月に今にも溢れそうな水を湛え、彼は愛おしい人を包んだ手を自分の頬に押し当てる。
まるで、懇願するように。
「君は…幸せだったかい?」
問いかける翁の瞳の奥に、シルフィアからは湖面の月のように不安が揺らめくのが見えた。
それを見て、すうっと静かに、シルフィアは肺に息を送り込む。
嗚呼伝えたい、伝えなくては。
そう思いながらシルフィアは、御手に塞がれていた口をそっと開いた。
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