鏡よ、鏡

その子四十路

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最終話 実和子

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 実和子みわこははやる気持ちを抑え、車を走らせている。
 目の上のたんこぶであった姉──里香子りかこをようやく排除できそうなのだ。
 美人で賢い姉。なにかにつけて完璧な姉と比較され、実和子は一族の恥だと蔑まれてきた。
 あの女がいなくならない限り、実和子の人生に平穏は訪れない。

 姉の心を壊すのはたやすく、爽快だった。
 帰宅時間が遅かった姉の結婚相手──義兄に、若い女の影がちらついていると吹き込んでやった。
 姉は実和子の忠告を信じた。疑心暗鬼に陥り、ありもしない罪で夫を責めた。
 若い女など存在しない。実和子のついた嘘である。
 義兄は仕事に励んでいただけ。舅の会社に勤め、入り婿の後継者というプレッシャーがあったからだろう。不憫な男だ。

「わたしと結婚していれば、こんなふうにはならなかったでしょうね」

 姉妹揃っての見合いの席で、義兄と姉は一目で恋に落ちた。
 蚊帳の外に置かれた実和子がどんなに悔しかったか、惨めだったか。
 実和子が姉夫婦にもたらしたのは、家庭不和だけではない。
 横領をでっち上げ、義兄が会社の金を使い込んだように細工した。
近いうちに義兄は会社を追われ、一生消えない落伍者の烙印を押される。
 邪魔者が一気に片付くばかりか、父の会社も実和子の手に入る。地位も名誉も財産も、すべてが実和子のものになるのだ。

「うふふ、ふふふ」

 先刻、姉から奇妙な留守番メッセージが入った。
「鏡に呪い殺される!」と絶叫する声が、鼓膜にこびりついている。
 鏡は義兄に頼まれて、実和子が選んだものだ。のみの市で二束三文で購入した、古ぼけた鏡。
 姉はなぜか、それを呪いの鏡だと恐れている。

「お姉ちゃん? 入るよぉ」

 実和子は声を弾ませ、足の踏み場もないほど荒れた姉夫婦宅に土足で侵入する。ひとの気配はない。
 リビングの絨毯には血痕が散っていた。なにかがあったに違いない。夜逃げだろうか、生死に関わるような事件だろうか。
 ──どちらでもいい。義兄も姉も、地獄の底でのたうち回るがいい!
 実和子は笑みを深くする。

 ごみ山の上で赤ん坊がすやすやと眠っていた。生後間もない姉の子である。
 実和子に抱き上げられても、赤ん坊は泣かなかった。
 思わぬ置き土産だが、仕方がない。
 赤ん坊を引き取って育てよう。実家に恩を売り、養育費を引き出せばいい。
 うんと甘やかして、独りではなにもできない子に育てよう。
 成人したら路頭に放り出して、役立たずの落ちこぼれだと指をさして嗤ってやるのだ。
 姉への恨み辛みは、この子に償わせる。

「おまえも消えちゃえばよかったのにねぇ、聡美さとみ

 実和子は優しい声色で、あどけない姪に囁く。
 鏡には、世にもおぞましい鬼女が映っていた。了
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