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4話 たこわさ
しおりを挟む「ここがご馳走が食べられる場所ですか……?」
「うん? そうだよ。居酒屋と呼ばれてる」
ルシルさんに案内された場所は、かなり古びたお店でした。周りの席を見渡すと、中年の男性、スーツなのでサラリーマンですね。そんな方達が笑い合ってお酒を飲んでいます。
静かに、簡潔に食事をしていた私には信じられない光景でした。
カウンター越しの厨房に立つ、白髪のおじさまはルシルさんを見ると目を細め笑いました。
「お、姉さんいらっしゃい。そちらの可愛い嬢ちゃん
は?」
「大将、いつも言ってるだろ? 俺は男だって」
ルシルさんは女性と言われる事をどこか嬉しそうな表情で言葉を返します。
「初めまして。私はいちごといいます」
私は微笑みます。それは、男性に送る為の笑顔。
白髪のおじさまは少し戸惑った様に
「あ、あぁ……よろしく嬢ちゃん」と答えました。
「こらこら。またそういう仕草をする」
ルシルさんは戒める様に私の頭をぽんと触れました。
……むぅ、私は普通にしているだけなのに。
ルシルさんに言わせると、どうやら私は何かがズレているみたいなのです。
何が違うというのでしょうか?
この国は、この世界は、私の知らない事ばかりです。
「姉さん。その嬢ちゃんは何者だい? 妙に色っぽいというか……おっさん、思わずときめいちまったよ」
「なに、ちょっとむっつりな性格なんだ。この国ではいちごちゃんの年の娘に手を出すのは犯罪になる様だから、大将も気をつけたほうがいい。とりあえず生ひとつ、たこわさ、イカの塩辛、焼き鳥を何本か、いちごちゃんにはノンアルコールで苺味のカクテルを」
「はいよ! しっかし姉さんはいつも顔に合わない物ばかり頼むなぁ」
大将のおじ様はニカリと笑い、厨房に戻っていきます。
「気をつけた方が良いとは……私は風邪か何かではありません!」
ちょっと怒って言うと、ルシルさんは涼しい顔で、「なるほど……風邪とは面白い例えだね。確かに、恋と病は似ている。あぁ……やっぱり人間は面白い」と、妙に感心して私の怒りを受け流してしまいました。
ルシルさんには腹が立ちますが、聞いた事が無いものばかりの、料理には凄く興味があります。
「はいよ! 生一つにノンアルカクテル、お通しとたこわさね」
大将さんの声と共に凄いスピードで料理が運ばれてきました。
たこわさと呼ばれる物が入った小鉢を覗くと……なんだか見た目が凄くグロテスクです……本当にこれは食べ物なのでしょうか?
「お、早いね。じゃあいちごちゃんの初仕事に乾杯!」
ルシルさんは私のグラスにカチンと音を鳴らすとビールを豪快に飲み、たこわさをパクパクと食べます。
「やっぱ美味いねぇ、これ、好物なんだ。ほら君も食べなよ」
ルシルさんに促され、恐る恐る口に運ぶと……
「うっ……なんですかこれ!?」
舌が凄くピリピリします。それに凄くヌルヌルです。
「うぅ……」
飲み込めない……吐いてしまいそう。悲しくないのに、涙も出てきました。
「もしかしてわさびもタコも初めて? アハハ、いちごちゃん新体験だね」
ルシルさんはそんな様子で口を押さえて俯く私を上機嫌で笑っています。
……この人は悪魔です。私は口に手を抑えながら彼を睨みます。もっとも、実際に悪魔の王様なのですが。
すぐに飲み物を飲むと、ようやく一息つけました。
さすが苺です。甘くて、美味しい。私は素晴らしい果実と同じ名を与えられた事に、とても誇らしく思えました。
「さてと、夢魔になりたてのいちごちゃんに、僕ら夢魔の説明をしなきゃだね」
彼はジョッキの中身を飲み干し、いつもより赤らんだ顔で語り始めました。
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