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59.両親への挨拶(完)
しおりを挟む誰かの動きを真似することは得意なので、実は昨日一日叔父様を観察していた。アシュフォードは騎士でもある分、普段の動きは貴族らしいものではなかった。本人にもそう説明した上で、叔父様に目線を向けていた。
皇城に到着すると、アシュフォードから差し出された手を取った。
(イメージは叔父様……イメージは叔父様……)
一つ一つの動きに集中して、できる限り周囲に溶け込めるように意識していた。謁見の間に到着すると、叔父様はふわりと微笑んだ。
「エスメラルダ、そんなに緊張しなくても問題ないよ」
「そう、ですか?」
皇帝陛下といえば、やはり威厳のある方というイメージが大きい。実際、ハルラシオン国王はイメージ通りの人だった。
恐れている訳ではないが、自分がどのように見られているかわからない分不安が大きかった。
ガチャリと音を立てながら扉が開いた。小さく息を吐きながら緊張を薄める。そのまま中へと進めば、皇帝陛下が背中をこちらに向けて立って待っていた。
(……あれ? 玉座に座らないのか)
疑問を持っていると、くるりとこちらを向いた。銀髪という髪色や顔立ちは叔父様と同じものだった。少し叔父様よりも貫禄のある雰囲気を持っていた。
「陛下ーー」
「……君が、エスメラルダか」
「……はい」
叔父様が挨拶をしようとした瞬間、皇帝陛下の声が響いた。じっと目線を向けられる。頷くことしかできなかったが、皇帝陛下は静かに目を閉じた。
「この歳になって、こんなに喜ばしい出来事に巡り会えると思わなかった」
「……兄様。ご挨拶させていただいても?」
「あぁ、すまない。もちろんだ」
にこりと微笑みを浮かべる皇帝陛下に、抱いていた恐怖はすっと消えていった。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。エスメラルダです。叔父様……ノワール大公殿下の計らいで、大公家に身を置くことになりました。よろしくお願いいたします」
見よう見まねのカーテシーをして顔を上げれば、皇帝陛下は感慨深そうにこちらを見ていた。
「エスメラルダ……よく無事に戻ってきてくれた」
「は、はい」
予想とは全く違う反応への驚きが、私の中で広がり続けていた。
「そして、貴殿が」
「お初におめにかかります。ハルラシオン王国、ヴォルティス侯爵家当主、アシュフォードと申します」
「ハルラシオンの英雄殿。お噂はかねがね伺っております。素晴らしい実力だと」
「光栄に存じます」
頭を下げるアシュフォードの所作は、やはり騎士らしいものだった。洗練された動きは、個人的に引き付けられるものだった。
「エスメラルダ、ヴォルティス侯爵。どうかゆっくりしていってくれ」
私に向けられた温かで穏やかな眼差しは、叔父様と全く変わらないものだった。
その後は、想像していた固い場でなく、私の人生や皇帝陛下から見た私の両親にまつわる話を聞いていた。そして、私とアシュフォードの婚約も祝福してくれた。
非常に濃密な時間を皇城で過ごすと、叔父様にお願いして、寄り道をしてからある場所へ案内してもらった。
「……ずっと、ここに来たかったんです」
「私も、エスメラルダをここに連れてきたいと思っていたよ」
そこは、亡き母と父が眠る場所だった。
皇族のお墓から少し離れた先に、二人のお墓があった。眠る土地は皇族所有のものだが、夫婦として眠っていることに皇帝陛下と叔父様からの配慮を感じた。
アシュフォードと叔父様が見守る中、私は墓地に向けてしゃがみこむ。寄り道して花屋から購入した花束を、そっと置いた。
「お母さん、お父さん。エスメラルダです。……お二人のお陰で、私は無事に生き延びることができました。ありがとう」
きっと皇女だった母は、娘が暗殺者の道を歩んだとは思いもしないだろう。私の復習劇も、もちろん知らない。
「色々……色々ありましたが、私は元気です。実は今日、一番伝えたいことがあって」
ふっと口元をゆるめると、アシュフォードの方を向いた。視線でこっちに来てほしいと伝えれば、アシュフォードは隣にしゃがんでくれた。
「とても素敵な人と婚約をしたんです。もちろん、結婚します。結婚の日はそう遠くないので、合わせてご報告させてください」
「ハルラシオン王国より参りました。アシュフォード・ヴォルティスです」
お墓に向けて頭を下げるアシュフォードに、私はふふっと微笑む。
「ラルダーーエスメラルダのように、魅力溢れる女性と巡り会えたことが、俺にとって人生最大の幸福です。……エスメラルダは必ず俺が幸せにします」
「ふふっ」
「……ラルダ、俺は本気だぞ」
「あぁ。アシュフォードは私が幸せにする」
「……凄く嬉しいんだが、急に言わないでくれ」
私が生きていたことと、その上で人生のパートナーを見つけられたことの二つを伝えられた。
これ以上ない報告を、両親に届けられた。それに加えて、もう一つ持ってきたものがあった。
「ささやかながら、贈り物を持ってきました」
それはルゼフに用意してもらった、父ルーカスの肖像画だった。小さな写真立ての中に入れて準備したものを、お墓の前に置く。
「エスメラルダ、それは」
「はい。形見のペンダントに入っていた絵を、親しい友人に書いてもらいました」
「……素晴らしい贈り物だね」
「ありがとうございます」
少し驚いた様子の叔父様は、父の絵を見て泣きそうな顔で微笑んだ。
しばらくの間、二人にこれまでのことをアシュフォードの叔父様と語った。
日が暮れる頃には、屋敷に戻ることになった。二人が気を遣って先に離れると、私は花と肖像画を綺麗に整えた。
顔も覚えていない両親だけど、今日ここに来て一番伝えたかったことがある。
「私を守ってくれてありがとうございます。……今凄く、幸せです」
最愛の人を見つけることができたから。
「……お母さん、お父さん。また来ますね」
満面の笑みを残すと、アシュフォードと叔父様の待つ馬車へと向かうのだった。
完
▽▼▽▼
ここまで『英雄侯爵様の初恋を奪ったのは優しい暗殺者でした。 ~恋愛対象は「俺より強い人」という無理難題に当てはまり、追いかけ回されています。助けてください~』をお読みくださり、誠にありがとうございました。
この話を持ちまして、完結とさせていただきます。
何度も更新が止まってしまったにもかかわらず、最後までお付き合いいただけたこと、読者の皆様に心より感謝申し上げます。
読んでいただいた皆様に、少しでも楽しんでいただけたのなら、とても嬉しく思います。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
◆◆◆
新作『義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~』の投稿を始めておりますので、もしよろしければ覗きに来ていただければ嬉しく思います。
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