59 / 60
58.初めてのドレス
しおりを挟む少し横になっていると、無事アシュフォードの様態が回復していった。それからは特に何事も起こることなく、帝国に到着することができた。皇帝陛下と叔父様の計らいで、ノワール大公邸で一日休息を取ってから挨拶へと向かうことになった。
そのおかげでアシュフォードは完璧に回復していった。
翌日の朝のこと。
叔父様の手配で、屋敷の中には大量のドレスが用意されていた。公式な場となるので、確かに私の身軽な軽装では城には入れない。
(ドレス……ドレスか)
生まれてこの方、ひらひらとしたものを着たことがない。その上、華やかできらびやかなものなど自分に似合わないと感じていたのだ。それでも、挨拶に行く以上仕方がない。それに、今はもう身分は大公女。叔父様の顔に泥を塗るわけにはいかない。
大公邸の侍女に手伝ってもらいながら、ドレスを選ぶことにした。
(駄目だ……見慣れないからか、どれを着ても変に感じる)
思わずため息をついてしまいたくなるような姿だった。ドレス単体は優雅で美しいのに、私が着ているという事実一つで台無しになる気がしていた。
「お気に召されませんでしたか?」
心配そうに尋ねる侍女の一人に、申し訳なさを感じる。
「ドレスを着たことがなくて……ずっとズボンをはいていたものですから」
「そうなんですか。……それならマーメイドドレスが良い気がします」
「マーメイドドレス……?」
キョトンとしながら話を聞いてれば、侍女達が奥の方から死角になっていた場所から新しいドレスを出してくれた。
「このドレスは、体のラインが綺麗に見えるものになります。お嬢様でしたら、とてもお似合いになるかと」
「そう、なのか……」
似合う似合わないはわからなかったものの、ふんわりとしたドレスよりは抵抗を感じなかった。緊張しながら着替えれば、侍女達から今日一番の反応をもらうことができた。
「とてもお似合いです、お嬢様……!」
少し暗い赤と白を基調とした、シンプルで落ち着いたデザインのドレス。黒髪と相性が良く、大人の女性に見えるような印象を受けた。
(……赤はいいな)
鏡で見る自分への違和感がいくつか払拭され、ようやく及第点を取れた気がした。
ドレスを決めると、基本的な所作を教えてもらってからアシュフォードと叔父様の待つ玄関へと向かった。
「アシュフォード、叔父様。お待たせしました」
できるだけ品の良さを意識して、走らずに静かに歩く。気配を消す歩き方とはまた違うのだが、かといって足音を響かせればいいという訳ではない。一度で覚えるには難しい歩き方だ。
アシュフォードの方に急いで近付くと、固まっているのがわかった。じっと私の方に視線はあるのに、黙り込んでいた。
「どうしたんだ、アシュフォード。まさかまだ体調が」
「いや……ラルダが綺麗すぎて驚いた」
「!」
言葉を失った表情のまま、アシュフォードただ純粋に賛辞をくれた。それが嬉しくて、胸が高揚する。
「よく似合っているよ、エスメラルダ」
「ありがとうございます、叔父様」
叔父様にも満面の笑みで評価をもらった。そのおかげで少しは大公女に見える気がした。自信が付き始めると、もう一度アシュフォードの方を見る。礼装を来て着飾っており、普段より貴族らしい高貴な雰囲気があふれていた。いつも下ろしている髪をセットしているからか、整った顔がいつも以上に良く見えた。
「今日のアシュフォードは、王子みたいだな。凄く輝いて見える」
「輝いてるのはラルダの方だぞ。……本当に綺麗だ。良かった、今日が挨拶だけで」
「……どういう意味だ?」
純粋にアシュフォードの言葉がわからなかったので、疑問を口に出した。
「パーティーだと他の男の目に入るだろう。……今日のラルダは誰にも見せたくない」
熱のこもった視線と言葉に、思わず目を見開いてしまう。頬が赤くなるのがわかっていたが、隠すことはできなかった。
「……先に馬車に乗っているよ」
「あっ、はい」
叔父様の優しい声に頷くと、アシュフォードの言葉に私は素直に喜んだ。
「気に入ってもらえてよかった。赤を選んだ甲斐があったかな」
「……ラルダ、それって」
「アシュフォードの髪色だろう? 侍女に教えてもらったんだ。パートナーの色を着るのがよくあると」
「なんでそんなに可愛すぎるんだっ……」
自慢げに微笑めば、アシュフォードは天を仰いだ……かと思えば、すぐさま私の方に視線を戻した。
「……くそっ、俺も黒い礼装を作るんだった」
「紺色も十分似合っているよ」
「ラルダの色がいいんだ」
「それは……嬉しいな」
アシュフォードの言葉に口元が緩む。
「次は必ず用意する」
「あぁ、楽しみにしているよ」
その日が早く来るといいなと思いながら、私はアシュフォードの手を取るのだった。
23
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

忘れられた薔薇が咲くとき
ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。
だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。
これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。


逆行令嬢の反撃~これから妹達に陥れられると知っているので、安全な自分の部屋に籠りつつ逆行前のお返しを行います~
柚木ゆず
恋愛
妹ソフィ―、継母アンナ、婚約者シリルの3人に陥れられ、極刑を宣告されてしまった子爵家令嬢・セリア。
そんな彼女は執行前夜泣き疲れて眠り、次の日起きると――そこは、牢屋ではなく自分の部屋。セリアは3人の罠にはまってしまうその日に、戻っていたのでした。
こんな人達の思い通りにはさせないし、許せない。
逆行して3人の本心と企みを知っているセリアは、反撃を決意。そうとは知らない妹たち3人は、セリアに翻弄されてゆくことになるのでした――。
※体調不良の影響で現在感想欄は閉じさせていただいております。
※こちらは3年前に投稿させていただいたお話の改稿版(文章をすべて書き直し、ストーリーの一部を変更したもの)となっております。
1月29日追加。後日ざまぁの部分にストーリーを追加させていただきます。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

地味令嬢を馬鹿にした婚約者が、私の正体を知って土下座してきました
くも
恋愛
王都の社交界で、ひとつの事件が起こった。
貴族令嬢たちが集う華やかな夜会の最中、私――セシリア・エヴァンストンは、婚約者であるエドワード・グラハム侯爵に、皆の前で婚約破棄を告げられたのだ。
「セシリア、お前との婚約は破棄する。お前のような地味でつまらない女と結婚するのはごめんだ」
会場がざわめく。貴族たちは興味深そうにこちらを見ていた。私が普段から控えめな性格だったせいか、同情する者は少ない。むしろ、面白がっている者ばかりだった。

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。
バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。
全123話
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる