英雄侯爵様の初恋を奪ったのは優しい暗殺者でした。 ~恋愛対象は「俺より強い人」という無理難題に当てはまり、追いかけ回されています~

咲宮

文字の大きさ
上 下
58 / 60

57.船旅をする二人

しおりを挟む



 記憶がある限りでは、初めて海に出た。その景色は非常に美しいもので、辺り一帯が青く澄みわたっていた。それは、空とはまた違う青さだった。

 私とアシュフォードは甲板に出ており、船の端で景色を眺めていた。

「凄く綺麗だな」
「あぁ、驚いたな。本当に一面青いとは」

 アシュフォードから返ってきた言葉は、少し意外なものだった。

「海に出るのは初めてなのか?」
「初めてだ。ハルラシオン国自体、あまり海の向こう側と国交がなかったからな。親しいのも、戦争をするのも、同じ大陸の国だけだった」
「なるほど」

 その答えに納得していると、潮風が吹きはじめた。同時に船体も動き始め、ぐらりと体勢を崩してしまう。

「あっ」
「おっと。意外と揺れるな」
「す、すまない。アシュフォード」

 さっとアシュフォードが手を伸ばして支えてくれたおかげで、転ばずに済んだ。

「そこは感謝だと嬉しいな。謝れるより、何倍も気分が良い」

 アシュフォードの意見には少し同意できることがあった。確かに謝罪は違う気がする。

「そうだな。ありがとう、アシュフォード」
「あぁ。無事で何よりだ」

 朗らかに笑うアシュフォード。潮風で髪がなびいており、とても絵になる様子だった。

「……なんだかカッコいいな」
「えっ」
「アシュフォードは海がよく似合う」
「そ、そうか? 俺の髪は赤なんたが」

 毛先をちょっと引っ張って、不思議そうに聞き返すアシュフォード。

「赤だからかもな。海を背景にしても、アシュフォードがよく目立つ。だからカッコいいんだな」
「……急に褒められると照れるんだが」
「そういうものなのか」
「そ、そういうものだろう」

 照れ臭そうに目線をそらされる。アシュフォードの頬はほんのりと赤くなっており、何だかそれが嬉しかった。

 その後も、せっかくなのだからと二人で景色を堪能し続けた。

「ラルダ、寒くないか? そろそろ日が落ちるから」
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう」

 気を遣ってくれるアシュフォードだが、どこか様子がおかしい。

「……アシュフォード、大丈夫か?」
「な、何がだ?」

 歯切れの悪い回答は初めてだった。じっとアシュフォードの顔をみる。

「もしかして……無理、してるだろ」
「気のせいだ。問題ないさ」
「いや、顔色が少し悪い」
「そんなはずは」
「あるだろう。白いぞ」

 青いとまではいかないものの、それは体調不良を示す顔色だった。

「ラルダ、俺なら大丈夫だ」
「大丈夫そうには見えない。寒そうに見えるのは、アシュフォードの方だ」

 ぐいっとアシュフォードに詰め寄ると、彼はそれに反応するように離れる。顔色も見られたくないと言わんばかりに、私から背けた。

「……お互いのことを共有すると、約束したよな?」
「うっ」

 じっと強い視線を送ると、アシュフォードは渋々というようにこちらへと向き直した。

「……実は、船酔いしたみたいで」
「えっ」
「だから別に、そんな大事じゃない」
「それなら休むべきだろう。部屋に行こう」

 急いでアシュフォードの手を取ると、船内にある部屋へと向かった。アシュフォードはすまない、と言いたげな様子だったが、それをどうにか呑み込んでいた。

「ほら、座ってくれ」
「あぁ……」

 二人でソファーに並んで座る。アシュフォードの様子は、元気がないままだった。

「……カッコ悪いな。船酔いなんて、情けない」

 沈黙が流れたかと思えば、そうボソリと呟いた。初めて聞く弱音のような言葉に、私は目を丸くした。

(アシュフォードのこんな姿、初めて見るな。貴重だ)

 意外な様子が見られたことがどこか嬉しくて、思わず笑みをこぼす。
 
「何言ってるんだ。それくらいの弱点があったくらいが、可愛いだろう」
「か、可愛い……!?」

 今度はアシュフォードが目を見開く番で、驚いた顔で固まっていた。

「ただでさえ、英雄として強すぎるんだ。弱点くらいないとな」
「……それは褒めてるのか?」
「もちろんそのつもりだが」

 当たり前だと頷けば、アシュフォードは変な顔になっていた。

「よ、喜ぶべきなのかわからない……」

 どうやら可愛いという言葉は、アシュフォードによって受け取り方がわからないものだったようだ。

「……けど、ラルダが褒めてくれてるんだ。喜ぶべきだな」
「単純すぎないか、それは」
「そうか?」
「まぁ、アシュフォードがいいならいいんだが」

 判断基準が甘くなった気がしたが、本人が満足そうなのでよしとすることにした。

「……ラルダ。横になっても良いか?」
「構わないぞ」

 何も考えずに承諾すれば、アシュフォードは私の膝の上にそっと頭を乗せた。

「ラルダの顔がよく見えるな」
「……少し恥ずかしいんだが」

 まさかこんな膝枕をするとは思ってもなかった。ほんのりと頬に熱が集まりはじめる。

「少し貸してくれ。……落ち着くから」
「……元気になるならいいんたが」

 アシュフォードが目を閉じる。顔色の悪さはまだ戻っていなかったので、私はそっと休ませることにするのだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悩める子爵と無垢な花

トウリン
恋愛
貴族でありながらウィリスサイド警邏隊副長の任に就くルーカス・アシュクロフトは、任務のさ中一人の少女を救った。可憐な彼女に一目で心を奪われたルーカス。だが、少女は一切の記憶を失っていた。彼女は身元が判らぬままフィオナという名を与えられ、警邏隊詰所に身を寄せることになった。失われたフィオナの過去故に、すぐ傍にいながらも最後の一歩を縮めることができずにいたルーカスだったが、ある事件をきっかけに事態は大きく動き始める。 ※他サイトにも投稿します。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
 王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

わたしは婚約を破棄され、捨てられたのだけれど、隣国の王太子殿下に救われる。わたしをいじめていた人たちは……。わたしは素敵な殿下に溺愛されたい

のんびりとゆっくり
恋愛
わたしはリンデフィーヌ。ブルトソルボン公爵家の令嬢として生きてきた。 マイセディナン王太子殿下の婚約者だった。 しかし、その婚約を破棄されてしまった。 新しい婚約者は異母姉。 喜ぶ継母と異母姉。 わたしは幼い頃から継母や異母姉にいじめられていた。 この二人により、わたしは公爵家からも追放された。 わたしは隣国の王都を目指して、一人孤独に旅をし始める。 苦しみながらも、後、もう少しで王都にたどりつくというところで……。 生命の危機が訪れた。 その時、わたしを救けてくれたのが、隣国のオディリアンルンド王太子殿下。 殿下に救われたわたしは、殿下の馬車に乗せてもらい、王都へ一緒に行く。 一方、婚約破棄をしたマイセディナン殿下は、その後、少しの間は異母姉と仲良くしていた。 わたしが犠牲になったことにより、マイセディナン殿下、異母姉、継母は、幸せになったと思われたのだけれど……。 王都に着いたわたしは、オディリアンルンド殿下と仲良くなっていく。 そして、わたしは殿下に溺愛されたいと思っていた。 この作品は、「小説家になろう」様と「カクヨム」様にも投稿しています。 「小説家になろう」様と「カクヨム」様では、「わたしは婚約を破棄され、捨てられてしまった。しかし、隣国の王太子殿下に救われる。婚約を破棄した人物とわたしをいじめていた継母や異母姉は間違っていたと思っても間に合わない。わたしは殿下に溺愛されていく。」 という題名で投稿しています。

【試作】聖女の記憶は消し去った~婚約を破棄されたので、私は去ることを決めました~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出さた聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から婚約を破棄された。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た女神官エリーゼを新たな聖女にすると宣言。 そんなことを言われたので、ノエラは計画を実行することに決めた。 この王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を。 こうしてノエラは人々の記憶から消え去り、自由を得るのだった。 ※本作品は試作版です。完成版として書く前に、とりあえず思いつきで気楽に書いています。 ※試作なので、途中で内容を大きく変更したり、事前の予告なく非公開にすることがあります。ご了承ください。 ※不定期投稿です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...