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53.二人の約束事
しおりを挟む馬車にはアシュフォードと二人で乗ることになった。
思えば初めて乗る馬車で、乗り方がわからなかったものの、先にひょいと乗り込むと何故かアシュフォードが固まっていた。
ルゼフとスティーブには残念なものを見る目線を送られたが、理由はわからなかった。
「手を見せてくれ」
「アシュフォード、何度も言うが大丈夫だと」
「それでも手当をさせてくれ。俺の自己満でもいいから」
いつの間にかアシュフォードは応急処置できるように冷やすものと包帯を手にしていた。それを目にすると、さすがに手を引っ込めるわけにはいかずにアシュフォードに任せることにした。
「痛むか?」
「自分で結んだだけだから、そこまでは痛くないが」
改めて自分の手首を見るものの、少し赤々と色付いているだけであまり感覚はなかった。
「……痛みに強いことはいいが、どうか疎くないでくれ」
「疎い、か?」
「あぁ。強者であればあるほど、まだ大丈夫だと無理をする。どんな大きな怪我をしていても、まるで気が付かないように」
その言葉は、アシュフォードが私に自分を重ねているように聞こえた。
真剣な面持ちで包帯を手にしているが、瞳には不安が映っているような気がした。
「痛いときは痛いと、俺に伝えてほしい。少しの違和感でもいいから」
「……わかった。ただ、アシュフォードもそうしてくれ」
私の返しが意外だったのか、アシュフォードは顔を上げて目を見開いていた。
「強者ほど気が付かないんだろう? それならアシュフォードにも当てはまるはずだ」
「それは……」
「だから。私達は自分のことをお互いに共有しよう。どんな些細な痛みでも」
きっと、私を大切に思ってくれているから出た言葉なのだと思った。その思いは同じだと伝えたかった。
「……ラルダには敵いそうにないな」
目を閉じながらふっと笑うアシュフォードの言葉が同意かどうかわからない私は、純粋に反応をする。
「何を言ってるんだ? アシュフォードの勝ちだろう。私は逃げられなかったんだから」
「ははっ、ありがたく勝利を受け取るよ」
アシュフォードの朗らかな笑みは、私の口角まで上げる力があった。
「ラルダの言う通りだ。お互いに共有するとしよう」
「あぁ」
約束事が生まれると、二人で頷き合った。包帯を巻き終えると、王城に到着した。
王城は厳重な警備体制が取られており、城内外問わず至る所に騎士が待機していた。
馬車から下りようとすれば、アシュフォードが先に降りて手を差し出してくれた。
(……これは、取った方が良いのか? 馬車から下りるくらい簡単にできるんだが)
疑問を抱きながら見つめていれば、アシュフォードが私の方を見て口元を緩めた。
「ラルダ。良ければ手を取ってくれ」
「あ、あぁ」
慣れない動きをしながら、アシュフォードの手に自分の手を重ねた。
「こ、こうか?」
「そうだ」
添えるだけ添えると、颯爽と馬車から下りた。すぐ手を引っ込めようとしたが、アシュフォードに捕まった手は、簡単にほどけなかった。
「アシュフォード。もう問題ないんだが……」
「いや。このままエスコートさせてくれ」
「エスコート……」
エスコートという聞きなれない言葉に思考が固まる。ただ、アシュフォードとなら手を重ねていて大丈夫だと思えた。
「よろしく頼む」
「あぁ。行こう」
嬉しそうに笑みを深める反応を見ると、どうやら選択は間違っていなかったようだ。
アシュフォードにエスコートされながら、ただ歩いた。王城には初めて来るので、不審にならない程度に観察していた。
大きな扉が見えると、そこには叔父様とクリフさんとコルク子爵が待機していた。
そこに近付けば、叔父様は眉を下げながら私に視線を向けた。
「エスメラルダ。怪我はなかったかい?」
「はい。ありません」
「そうか……良かった、無事に帰って来てくれて」
安堵のため息をつく叔父様達へ簡潔にオブタリア公爵邸で起こったことを説明し終えると、彼らも何があったのか教えてくれた。
「オブタリア公爵が到着してすぐに、断罪の場が設けられてね。今から行うとのことだ。……結果はもう覆らないと思うが、見るかい?」
「最後まで見れるのなら」
叔父様の優しさを受け取りながら、私は入室することを望んだ。
最後まで見届けてこそ、復讐が本当の意味で完了する気がしたから。
「わかった。それなら中へ行こう」
叔父様は扉の前に待機していた騎士に開けるよう伝えると、私達は断罪の場へ足を踏み入れた。
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