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50.響いた銃声
しおりを挟む室内は少し段差のある場所にルゼフとローレンが上がっており、その下からサルヴァドールをはじめとした貴族達が二人を眺める構図だった。
(もしかして、スティーブの断罪でもしようとしていたのか)
そんな想像が過るような人の集まり方だった。
「オブタリア公爵の言う通りだ。ルゼフ、お前は死ぬべきだ!」
あらげるような声の出所を見ると、男がにやにやと笑っていた。
(あの顔……ルゼフに暗殺を依頼した貴族か)
傲慢な男言いぶりから、男の正体がわかった。それに一瞬不機嫌な反応を見せるサルヴァドールだが、視線はすぐこちらへと向いた。
「おや、今日のメインが来ましたか」
アシュフォードの髪色を隠して帽子を深く被せた甲斐があったようで、サルヴァドールは看守だと信じて疑わなかった。
私はというと、入室した瞬間息を殺して物陰に移動し、壁と同化した。サルヴァドールの死角にもなる場所を選んだ。
「少し待っていなさい。死者を殺してから、ネルソン伯爵の処遇を決めますので」
死者を殺す。
その発言から、サルヴァドールがルゼフがどんな人物で、ロザクが殺さない暗殺をしていたことを理解していることが紐解けた。
室内に沈黙が流れると、貴族の一人が手を上げた。
「サルヴァドール様。隣にいる人物に見覚えが」
「ほう?」
「奴はヴォルティス侯爵家の犬です。我が家にも来たことが」
「ははっ。思わぬ魚が釣れましたね」
嫌な笑みを浮かべるサルヴァドールに、ローレンさんはピクリと反応をした。
緊張感漂う中、再び部屋の扉か開いた。中に入ってきたのは、侍従の一人だった。
「旦那様。ご報告申し上げます」
「どうした?」
「王国騎士団が調査にやって参りました」
ざわざわと貴族達が騒ぎ始める。
サルヴァドールが冷静に頷く辺り、何か裏があるように見えた。
「誰が来たんだ?」
「ガーランド様です」
「それなら問題ない。皆様、ガーランド卿は貴族派の人間ですので心配はいりませんよ」
サルヴァドールの言葉に安堵の息をこぼす貴族派達。
王国騎士団に属していながら貴族派と名乗るのは、裏切りを示していた。そして、ガーランドという名の人物が裏切り者なのは、私達は既に知っていた。
(ローレンさんの情報は正しかった)
そうとも知らないサルヴァドールは、余裕ある笑みでローレンさんの方を向いた。
「ヴォルティス侯爵家の使者を、王国騎士団に明け渡しますかね。後で抗議できるように」
恐らく、アシュフォードに対して圧をかける材料にするつもりなのだろう。
「さて。余興に戻りましょうか」
再び銃をルゼフに向けたサルヴァドール。ルゼフは微動だにしなかった。
それと同時に、私は胸に忍ばせた銃に触れた。その瞬間、ルゼフが口を開いた。
「……ロザクさんがどこにいるのか、知りたいとは思わないんですか?」
「おや、喋れたのか」
引き金を引く手を止めると、サルヴァドールはにこりと感情のない笑みを浮かべた。
「人を殺せない暗殺者など滑稽なだけだ。そんな人間に興味はない。私が必要とするのは、腕のある暗殺者なのでね」
あくまでも人のことを駒としか見てない男に反吐が出る。
サルヴァドールが引き金を引こうとした瞬間、私は即座に銃を構えた。
(……ここでも、前世が生きる時が来た)
銃を握ったことはある。前世では練習だってした。自分で言うのもなんだが、精度は高い方だ。唯一よぎる懸念は、今回の人生では初めて扱うくらいだ。
(ルゼフの命がかかってる。弱音を吐く暇はない)
取り出した銃を、サルヴァドールへ向けた。目を細めて狙いを定める。
チャキとサルヴァドールが引き金を引いた瞬間。
バァンッ!!!
銃声が鳴り響くと、銃が宙に浮かんだ。
「ルゼフ!! ローレン!!」
アシュフォードはスティーブを横抱きにすると、ルゼフとローレンと共に窓から脱出を行った。
バリンッ!! と窓が割れる音がした。
貴族達は唖然としながら、一連の光景を言葉を失った状態で見続けていた。
サルヴァドールは何が起こったかわからないまま、ゆっくりと私の方を向いた。
「……ロザク」
目を開いて眉をつり上げる様子を確認すると、銃を向けながら壇上へと移動する。血の気の引いた貴族達は、絶望した顔をしていた。
「……お久しぶりです。貴族派の皆様」
無感情な声を出しながら、ようやくサルヴァドールと対峙した。すると、彼は私を嘲笑い始めた。
「ロザク、愚かだな。せっかく王家派に着いたというのに見捨てられたか」
問い掛けに答える気はない。
「犠牲になったところ悪いが、屋敷の外にも貴族派がいる。全員無傷で脱出は不可能だ」
足音が近付く気配がする。サルヴァドールが笑みを浮かべられているのは、ここに来た王国騎士団が味方だと信じて疑わないから。
「愚かなのはお前だ、サルヴァドール」
ふっと鼻で笑うと、私は銃を下ろした。そしてルゼフに用意してもらった血糊で、自分の肩に傷を作る。そして自分の手を縛った後に座り込んだ。
その様子を見ると、サルヴァドールは笑い始めた。周囲の貴族達も私を馬鹿にするように嘲笑った。
「遂に壊れたか。自ら縄に縛られるのならそれもいい。手間が省けたな」
笑い声が大きくなった瞬間、扉が開いて大勢の騎士が中へと入ってきた。その間から、一人の男が整列した騎士の間から姿を現した。
「ガーランド卿。良く来てくれた」
ガーランドと呼ばれた男は、サルヴァドールには目もくれず、私の方へ駆け寄った。
「ご無事ですか、ノワール様」
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