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44.姪を探して(オレリアン視点)
しおりを挟むソルセゾン帝国にも、ハルラシオン王国の英雄が国内最強の暗殺者を下したという噂は届いた。ヴォルティス侯爵の話は帝国貴族の耳に入っているが、そこまで意識するものではなかった。
私が衝撃を受けたのは、英雄を殺した暗殺者が黒髪だという情報だった。
(黒髪……黒髪だと!?)
帝国の皇族には、何十年かに一度黒髪を持った優秀な統治者が現れるとされている。これは帝国貴族も知ることだが、その中でも皇族にしか知らないことがある。
(黒髪は帝国の皇族しか持たない唯一無二の証。世界のどこを探しても、皇族以外の黒髪は存在しない……!)
つまり、黒髪を持っていることが帝国皇族と証明されているようなものだった。
死亡という話を聞いたが、それでも確認しに行きたい理由があった。
(……姉様の子の可能性が高い)
例え死んでいたとしても、その亡骸を回収したいと強く思った。身勝手かもしれないが、あの子の帰る場所は帝国にあると思ったから。
(……せめて、姉様と同じ墓にいれてあげたいと思うのは勝手すぎるだろうか)
そんな思いを抱きながら皇帝である兄に、王国に行く旨を伝えた。兄は笑っていたが、同時に頼むと後押しされた。
王国に向かうと最初に港町で情報収集に励んだ。王国では暗殺者の死よりも、英雄の活躍の話で賑わっていた。
「殿下、現状黒髪の女性に関する目撃談はありませんでした」
「ご苦労。引き続き調査を頼むよ」
「はっ」
大公家から連れて来た護衛に調査を頼みながら、オブタリア公爵との接触を図っていた。
(暗殺者を裏で動かしていた一人……それなら、黒髪の子の情報も持っているはず)
正直オブタリア公爵自体に興味はなかったが、情報を得るために会うことにした。
できる限り情報を引き出せるようにあることないこと口にしたが、オブタリア公爵が真実を知る術はないため、特に気にしなかった。
「殿下、どうかなさいましたか」
「何が?」
「いえ。何かお怒りのご様子でしたので」
「あぁ……気にしないでくれ」
オブタリア公爵に対して良い感情は抱かなかった。何も知らなかったとはいえ、彼がもし姉様の子をこき使っていたのなら許すことはないと決めていた。しかしこれも仮定の話なので、口にすることは控えた。
(欲にまみれた男だな。考え方も私とは合わない…)
仮定の話を全て差し引いても、オブタリア公爵と関係を構築する未来は見えなかった。意図せずオブタリア公爵の情報が落ちた。情報収集をしていた部下が、オブタリア公爵が人を殺した現場を見たという。
「確かか?」
「はい。発砲する姿も確認しましたので間違いありません」
それなら死体の痕跡があるだろうと思い、現場へ向かった。護衛には周囲を調べさせると、自分は現場を観察することにした。
「綺麗に片付いているな……」
血が飛び散ったという話からは想像できないほど、血の臭いも跡もなかった。じっくりと見て回っていれば、きらりと光るものを発見した。
「これは……?」
そこにはペンダントがあった。誰かの落とし物だろうかと思いながら中を見る。
「ルーカス……‼」
驚きのあまり固まってしまう。思考が停止する中、この持ち主に関して考え始めた。
(……駄目だ。根拠もないのに都合よく考えてはいけないとわかっているのに)
それでも私には、持ち主は黒髪の暗殺者にしか思えなかった。彼女が生きているという証拠はないが、すがりたくなってしまう。
「生きているのか……? エスメラルダ」
ぐっとペンダントを握り締めていると、足音が聞こえた。後ろを振り向けば、護衛ではない人物がこちらに進んで来たのが確認できた。
気が付かれないように壁際によれば、ローブを被った人物が殺されたであろう現場を見始めた。
(被害者の遺族……には見えないな。となればどうしてここに――)
考え始めると、自分の手に目線が移った。もしかしてペンダントの持ち主なのではないか、そう直感的に思ったのだ。
(話しかけてみるか)
勘が外れてもいい。今話しかけないことこそが後悔に繋がると思ったのだ。
「こんにちはお嬢さん。お探しの物はこれかな?」
話しかけて相手を振り向かせた。その瞬間、自分の中で衝撃が走るのがわかった。
(……彼女だ)
黒髪ではないが、目の前の女性の顔には間違いなくセレスティアの面影があった。対話を試みてみれば、喋り方もどこか姉に似ていた。一度そう思考を固めてしまえば、ありとあらゆる細かい部分までセレスティアとルーカスに重なっていった。
(間違いない。彼女がエスメラルダだ)
そう確信を得たものの、突然君の叔父だと言うことはさすがにできなかった。引かれて逃げられるのは手を取るように分かったから。
今すぐ正体を明かしたい衝動を抑えながら会話を楽しんでいれば、予想外にも彼女に刃物を向けられてしまった。
(恐ろしいことをしているが、口から出たのは優しい警告だな)
ふっと笑っていれば、彼女が風のように消えてしまったことに気が付いた。急いで後を追ったが、見失ってしまった。ペンダントもなくなっていたが、焦りはしなかった。むしろ、あのペンダントを取りに来たという事実が彼女をエスメラルダと紐づける理由になった。
大公家の優秀な護衛達に追跡を任せた結果、ようやく彼女と対面することができた。何にも代えがたいほど嬉しかった。黒髪をやっと見れたことで、肩の荷が少し下りた気がした。
(それにしてもオブタリア公爵……本当にエスメラルダを苦しめていたとは)
王家派に着く理由など、それだけで十分だった。話を聞く限り、エスメラルダはとても平穏な日々を過ごしていたように思えなかった。
(エスメラルダ……君を帝国に連れて行けないだろうけど、だからこそ君の幸せのために尽力したい)
姉と義兄がもういないからこそ、自分の姪であるからこそ、エスメラルダを大切にしたいという気持ちがどんどん強くなっていった。
揺るがない意思を持ちながら、彼女に味方になることを告げたのだった。
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