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43.ラルダの生い立ち
しおりを挟む名前の書かれた紙は、確かににじんでいた。だから“ラルダ”と読めたのも微妙な判定だったのだ。
(……ラルダが正しいか確信を持てたことは無かったが、それよりも長い名前だったのなら腑におちるものがある)
今ではもう紙は手元に無いが、エスメラルダという名前が書かれていた可能性は大いにあった。
「……エスメラルダ」
「あぁ」
あの紙の存在を、大公殿下は知らない。偶然に当てるのは不可能だ。エスメラルダという名前が事実なら、今まで大公が話した内容に嘘はないのだろう。
そう思うと、私は頭に手を伸ばした。そしてかつらをさっと取る。
「この髪が、貴方の言うソルセゾン帝国皇族の証なのか?」
不安な面持ちで大公を見れば、彼は泣き出しそうな顔で笑った。
「やっと会えた……そうだよ、エスメラルダ」
大公の笑みは、私の胸を締め付けた。自分のことがわかったことに対して、複雑な感情が込み上げていた。
(全然、理解が追い付かない……けど、聞きたいことがある)
そして、わかりきっていたことを尋ねる。
「セレスティアとルーカスは、もういないのだろう?」
「ルーカスは海を渡る前に、セレスティアを支持する貴族から逃がすために命を落としました」
ルーカスは、最後までセレスティアと幼かった私を守ろうとしたと言う。
「セレスティアは、戻ってきた船で既に息絶えていたんです」
「!」
「私達はずっと、死因は子どもを失ったセレスティアが憔悴した結果だと思っていたんです。でも、今エスメラルダが生きているのを見て、目的を達した上に、皇女として帰って来たようです」
セレスティアは、自分が王国で命を落とせば関係のない争いが生まれると思っていたのだろう。だからこそ、私を海の向こう側に送り届けたら、自分は帝国に戻ることまでが彼女の頭の中にあったに違いない。
(……命をかけてまで守ってもらっただなんて)
ぎゅっとペンダントを握り締める。自分の生い立ちに加えて、王国に来るまでに払われた犠牲があまりにも重すぎると言う事実が、ずしりとのし掛かった。
「エスメラルダ……ラルダさん。私は貴女に帝国に行こうだなんて選択を迫るつもりはありません。ただ、生きているのなら一度お会いしたかった、本当にそれだけなのです。姉が望んだように、貴女は自分の望む生き方をすべきですから」
温かく向けられた視線の意味が、やっとわかった。しかしそれと同時に、申し訳なさが込み上げてきた。
(私はずっと捨てられたのだとばかり思っていた。それを恨んだことはなかった。……だけど、まさか犠牲の上にある命だなんて)
自分の生い立ちは、無視するにはあまりにも重たいものだった。
犠牲にしたことに対して、私は価値のある生き方をできただろうか? そう思うと申し訳なさが込み上げてきた。
「……すまない。私は母にも、父にも……貴方にも誇れる生き方ができなかった」
「エスメラルダ……」
何せ裏社会で、暗殺者として生きてきたのだ。
皇女の血を引く者だなんてことは知らず、自分の命がどんな犠牲の上にあるのかも知らないまま、それを貶めるような生き方をしてしまった、変えられない事実に涙が溢れてしまった。
「ラルダ、泣くな。君は誰も殺してないんだから」
アシュフォードが私の頬に手を伸ばしながら、優しく涙を拭ってくれた。
「エスメラルダ。私は貴女が生きていてくれたと言う事実が、何よりも嬉しいのです。セレスティアもルーカスも、当然同じことを思っています。だからどうか、謝らないでください」
大公の顔は涙で見えなかったものの、声色は包み込んでくれそうなほど柔らかなものだった。
「ヴォルティス侯爵。貴方の言葉を汲み取ると、エスメラルダは後ろめる必要がないように聞こえるのですが」
「その通りです。ラルダは、一人も殺めていません。それどころか、救っていたのですから」
「……詳しくお聞きしても?」
大公の問いかけに対して、アシュフォードは私に許可を尋ねる眼差しを向けた。崩れた顔のまま、ゆっくり頷いた。
確認が取れたアシュフォードは、私の今までの行動を順を追って全て語った。
王家派と貴族派の対立は、大公も知っているとのことで、アシュフォードは特に隠すことなく現状を伝えた。
すると、大公は嬉しそうにくすりと笑った。
「どうされました?」
様子を伺うアシュフォードに、大公はさらに微笑みを深めた。
「あまりにも、エスメラルダがセレスティアに似ていたもので」
「セレスティア……母は、どんな人だったのですか」
「今の話を聞く限り、本人かと思うほど似てます。不当な権力を許さず、悪意に屈せず、挑むような姿はそっくりです」
その一言で、母はとても強かな人だったのだろうと思えた。感傷に浸りながら、もっと話を詳しく聞きたいのが本心だったが、今は急がなくてはいけないことを思い出す。
「大公殿下、もしよろしければ後程改めてお話をお聞きしたいです」
「もちろん、貴女にならいくらでも」
「ありがとうございます」
自分の生い立ちに関して、整理が追いつかない部分もあるが、一定の話は受け入れることにした。
(スティーブを助けるのが先だ)
目を閉じてぎゅっと手のひらに力を入れると、大公殿下にひとまずの挨拶をしようと視線を向ける。
「大公ーー」
「エスメラルダ、ヴォルティス侯爵。もしよろしければ、なのですが」
大公殿下の凛とした声に重なると、そのまま私は言葉を引っ込めた。
「私にも何かお手伝いをさせていただけませんか?」
「お手伝い……それは王家派を支持するということですか?」
「そうですね。厳密に言えば王家派てはなく、エスメラルダの支援ですが、同じことですよね」
アシュフォードが少し困惑しながら尋ねれば、大公殿下の視線は私に移った。問いかけるような微笑みに、私は驚くことしかできなかった。
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